夕焼け
「だからな、」とキダ。「なんかやっぱ嫌だな。スズキと委員会一緒なのが」
「…」
そんな事言われても。私は別に立候補したわけでもないし。先生に選ばれたんだから。スズキ君と。
「なんかやっぱ嫌だな」ともう一度同じことを言うキダ。
「それは先生が…」
「まあ仕方ねえけど。昨日言ってたじゃん。オレのうちの確認。今日寄ってくか?」
「え?いや…でも…」
「いやなん?」
「いやっていうか…そういうんじゃ…ないけど」
なんで私が行かなきゃいけないの?っていう言い方をするのもどうかと思ってあやふやな答え方をしてしまう。
「ていうかな、」とキダ。「1回小学校行っときたい」
「小学校?」
「一緒に行っときたい」
「一緒に?…私とって事?」
「そうそう」
「…なんで?」
引っ越して、帰って来て懐かしいから?
「行きたいから」と言った後キダが少し恥ずかしそうに「一緒に」と言った。
キダが恥ずかしそうにするなんて。
キダが恥ずかしい事を言って、恥ずかしい、と自覚するなんて。
「なあ、ちょっと寄ってみよ」とキダはなおも言う。「帰りはまた家まで送ってやるから」
「いや、それはいいけど。それに小学生、まだ遊んでるよきっと」
「お~~、そうだな。じゃあちょっと覗くだけ」
「覗くだけなら朝来るときも見たでしょ?うちに迎えに来てくれる時とかも」
「木本と一緒に」
「…なんで?」
「なんでもなんでも」
「…」
んんん~~~…と思うが、今日の放課後の中学一緒の子たちとの中にいたキダカズミの姿を思い出す。
みんなに溶け込んでた。まるで本当に同中だったみたいにそこにいたけど、でも違うんだもんね。それもちょっと感じてた。
一人だけ違うところで3年間も過ごしてたんだもんね。
どんな風だったんだろ…小学みたいな感じではなかったって自分でも言ってたけど。やっぱり女子にはモテたよね。どんな感じの友達がいたんだろ…
あれ?もしかして…その中学で付き合ってた子とかもしかしていたんじゃ…さっき送って帰ってって言われたって言ってたし。
「やっぱなんか」とキダが言う。「昔はもっと広く感じたよな」
東側の校門からちょっと入って体育倉庫の脇のフェンスの所から校庭と校舎を見渡す。もう校舎にはたぶんだれも入れないように鍵がかかっていて、空いているの職員室のある校舎だけだ。校庭に残って遊んでいるのもまばらで、ほぼ高学年の男子と学童保育の子たちだけ。
もう落ちかかる太陽が向こうの西門の脇の『けやきの森』っていう名前の結構大きめの木が何本も植えられている辺りに陰りを差す。それをただぼんやりと見るだけの私たちだ。
でもそうやって私の横で黙ってぼんやりしているキダカズミがキダカズミじゃないように思えて、つい私から沈黙を破ってしまった。
「なんかちょっと寂しい感じだよね、この時間」
そう私が言ったのにかぶせる様に下校を促す放送が鳴る。『下校の時刻になりました。校庭に残っている生徒は帰りましょう』。
「むかしこの放送が鳴っても残ってて」とキダが言う。「イケダたちとな。そいで門占められて、占められた門登って帰った事あったな」
「…そっか」そういう事も絶対してたよね。
「2、30回な」
「2、30回も!」
「もっとあったかも」
でしょうね!あんたたちなら。
「その時な、」とキダがちょっと恥ずかしそうな顔で言う。「その時ってその門によじ登ってる時な、木本と一緒だったらまずかったなって思った事があった」
「…」
どういう事!?
「…いや」と何言ってんのかわからん、と思いながら言う。「私、そんな遅くまで遊ばないもん。結構お母さんうるさかったから」
「だよな。女子は危ねえからな。でも放課後木本が一緒に遊んでて遅くなって一緒に門よじ登ったりしたらやっぱまずいじゃん、て話」
「…意味わかんないけど…」
「意味わかんなくてもそういう話」
ほんと意味わかんない。だから言う。
「私たちももう帰ろ。小学生帰ったらほんと寂しいし。ほんとに門占められるから」
「だな」と言って素直に従ってくれるキダカズミ。
やっぱりむかしとは変わったね。
家まで私を送ると言うキダだが、断る。もちろんまだ暗くはないからだ。それでも送るというキダカズミ。
「いやほんと大丈夫。マジで」とキツい感じで断ってしまう。
家に迎えに来てもらって、また家まで送られるなんて、本当に付き合ってる子たちみたいだ。母に見られて騒がれるのも嫌だし。
「私家まで5分くらいだし。ほんとに大丈夫」
「明日また迎えに行くし」
「え?」
「明日も迎えに行く」
「…カズミ君…」
いいよもう別々に行こう、と本当は強く言いたいのだけど、さっきの校庭を見る時のちょっと寂しそうな、切なそうな、変な感じの顔を思い出してしまって、そんなに強く言えない。
なんであんな顔するかなキダカズミなのに。
「カズミ君もちゃんと早く家帰んないと」と小さい子相手みたいな事を言ってしまう。
ハハハ、と笑うキダカズミ。「小学ん時も木本がいつも一緒にいて、早く帰ろうって言ってくれたらオレはすげえ早く帰れてたかも」
「いやそんな事絶対ないって」
「ハハハ」
いや本当に家までは送らなくていい、ほんとにほんとに、と拒否する私をじっと見て、キダカズミは「じゃあここから見えなくなるまで見てるし、帰り着いたらライン送って」と言う。
「ラインなかったら家に行くからな。心配だから」
ほんとかな、と思って見つめてしまうと、「そんなに見んなって」と言われる。
心配って言うのに、見るな、とか。
家に帰り着いた私はキダカズミが本当に確かめに来そうだからすぐに「帰り着いたありがと」とラインを入れた。すぐに既読がついて「よし。また明日な」だけの返事。
『また明日な』か、と思う。やっぱり明日も迎えに来る気でいるのか。断ったのにな。…来るんだろうな。わざと早く行くのってどうなのかな…それかもう1回ラインで『明日は先に行くよ』って送るか…送ったらキダも早く来るだろうし、わざと早く行くのってどうなのかな…
繰り返してそう思うのは一緒に帰りに小学校の校庭で見た夕焼けのせいだと思う。
そして私は夕焼けの印象が強すぎたのか、それを夢にまで見てしまった。放課後の校庭で、『やっぱ教室入ってみよ』って言い出した小学生のキダカズミに、『ダメだって!鍵かかってるし、無理に入ったら先生に怒られるって!』と止める夢。それでも嬉しそうに笑いながら校舎の方へ走るキダに大声で『ダメ!』って叫ぼうと思ったけど喉が詰まった感じになって叫べない。よく怖い夢であるやつだ。怖いから『助けて!』って叫ぼうとして叫べないやつ。
とにかく私は叫べなくてキダはどんどん走って、だから私もちょっと追いかけるんだけど私は遅くて、なぜだか校舎もどんどん遠くなって、キダもどんどん、どんどん遠くなって、私が一人で校庭に残されてメッチャ寂しいって夢。
疲れた。すごい疲れる夢だった。キダがバカだから私があんな夢を見てしまう。校庭で一緒に夕焼けなんか見たから。
でもすごく寂しかった。一人校庭に残されるのは。キダがどんどん離れて行くのが怖かった。キダの事もすごく心配でしかも自分も怖いっていう疲れた夢だ。
なのにだ。なのに朝、キダは私を迎えに来なかった。