チョコ
「あれ?」とイケダが言う。
そしてなんかニヤッと私を見て笑ってから言った。「なんかでもあれよな。カズミ、むかし『木本はチョコくれんかった』って言ってたよな」
は?
「なになに、どういう事?」とアコちゃんも食い付く。
「学校の帰り道女子に捕まったりとか、オレら遊んでた公園に女子が来たりして、バレンタインの時な、カズミが結構無理くりたくさん渡されてて、その時言ってたよな?『木本はくれんかった』って。『木本からもらったやついんのかな』って。オレらが『木本は誰にもやらねえんじゃね』って言って、『木本から欲しかったんか』って騒ぎ始めたら、『隣の席なら渡して来てもよくね?』みたいなな、言ってたよな」
なんでそういう季節外れの事まで思い出して今ここで喋ったイケダめ。
が、イケダは続ける。「で、オレらが『隣の席関係なくね?』って言ったら、『隣の席になったやつは毎年くれてる』って。『別クラのよく知らんやつまで渡してきたのに』とか言ってな。オレらの身にもなれって男子全員に当然言われるわ」
黙れ黙れイケダ!と言いたいが、スズキ君が感嘆した様子で「すげえなキダって。やっぱな~~」と明るく爽やかに言ったので、それ以上しゃべるな、っていう目をしてイケダを見つめるしか出来ない。
「そいでな、」とまだ続けるイケダ。「誰かが『隣の席だからって別にチョコ渡してこんだろ』って。でもそん時隣の席のヤツからもらったヤツがいて、まあそれはオレなんだけどな」
自慢げなイケダだ。これが言いたかったのか?
「イケダが?」とアコちゃんも驚く。
「驚くなカワイ。失礼だぞ。そいでお前、1回も名前で呼んでねえぞオレの事」
「でもどうせ義理なんでしょ?」とアコちゃん。
「重ねて失礼だぞカワイ」とイケダ。「せっかく渡してくれた彼女に失礼だろうが。キダのこのくだりを詳しく覚えてんのも、オレが隣のヤツから義理チョコもらったからだから」
スズキ君も誰かからかもらった事あったのかな。そりゃあるよね。
「男子バレーとさ、」とアコちゃん。「女子バレーでお金出しあっていろんな種類が入ってるチロルチョコ買って箱に入れて目をつぶって取るっていうのやったよね」
「あ~~やったな!」とスズキ君が答えた。「1個だけ当たりが付いてて顧問からタオルもらえるっていうどうでもいいようなヤツ」
すごく楽しそうな企画!やっぱり。男子バレー部と女子バレー部は仲良かったもんね。いいなあ~~。
「最終的に」と、タカハシが急にぼそっと、やっと喋った。
タカハシは小6でうちの小学校に引っ越してきたけど、おばあちゃんの具合が悪くなって一緒に住むために転校してて、そして中3の時にこっちに戻って来た男子で、もともと静かな子なので私はほぼ喋った事がなかった。静かなんだけどそれでもイケダや、そしてキダとも遊んでいた。
「みんなで公園で食べたよな、カズミがもらったチョコ。オレ、あんときが人生で一番チョコ食べたかも」
「あ~~だっただった」とイケダ。「みんなで食べたよな」
「最低!」とアコちゃん。「あげた子はキダ君だけに食べて欲しかったに決まってるじゃん!」
「いいんだよ」とイケダ。「最初カズミは『いらない』って断ってたけど、『もうみんなで食べていいからもらって!』って女子に泣きつかれて無理やり渡されてたから。そばの地面に置いて帰ったやつとかもいたよな。お供えみたいに。あれはオレらも仕方なかった」
「最低」きっぱり切り捨てるアコちゃん。
アコちゃんがまたスズキ君に振った。「スズキも中学の時結構もらってたよね」
やっぱもらってたか。
「義理と友ばっかな」とスズキ君が笑いながら言う。「でもありがたいけど」
義理でも友でも渡せるのってすごいと思う。私なんて父といとこのお兄ちゃんと隣に住んでる幼稚園の子にしかあげた事がない。スズキ君に渡してみたいな…スズキ君なら嫌がらずに受け取ってくれそう。
「じゃあやっぱ」とスズキ君がニコニコしながら言う。「キダと木本ってむかしから仲良い感じなんだな」
どの話を聞いてそう思った!?
「そうそうそうそう」とイケダ。「カズミがこっち帰って来てな、まず木本のとこ行くとかな。まずオレんとこだろ!って事だよな。なあカズミ?」
イケダは余計な事しか言わない。私はキダカズミがここで、私の事が好きだから言うんじゃないかと思ってハラハラしてしまう。
そこで極めつけにイケダが言った。
「すげえ聞かれたんだけど女子に、カズミと木本は付き合ってんのかって」
しんとする一同。ぎゅん、とする私の胸。
「あ、そいで今日ヤマダが来れないって言ってたわ」とイケダ。
…あれ?
どうしてイケダは急に話変えた?
それで誰もここで、『それで?』って促さない?
そこでスズキ君がしんみりとした感じで言い出した。「オレも小学校の時、隣の席の女子と割と仲良くしてたけど、中学で一緒のクラスに1回もならなかったらもうしゃべる事もなくなったもんな。高校違うからもう話す事ないと思うし。ちょっと会いたいと思うけど、会っても喋れなさそう」
誰の事だろそれ!?と思ったら、「誰それ!?」とアコちゃんが大きな声で聞いてビクっとした。
「いや、まあまあそれはいいんだけど」と、はにかむスズキ君。
「だれだれだれだれ」とアコちゃん。「すんごい気になる!」
「や、ごめん。別にその…キダと木本の話を聞いて思い出してなんかぺらっと喋った」
いや、つい喋ってしまった感出すけど、そんな話めっちゃ気になる。
「だれだれだれだれ」とアコちゃん。「気になるじゃん教えてよ」
「いやごめん。なんで言ったんだろオレ」とスズキ君。
「それは」とイケダ。「会いに言ったら付き合えるんじゃね?」
「もしかして」とタカハシ。「やっぱそれでカズミは木本んとこまず会いに行ったん?」
タカハシ。静かなくせにズバッと聞くよね。
が、キダカズミは言った。「いや、学校一緒行きたかったから」
「「「「おお~~~~~~」」」」と応じる、私とキダ以外の4人。
そうこうしているうちにミライ公園のそばの信号で他のクラスの同中の子と合流した。
アコちゃんと同じクラスのナカイさんも別のクラスの女子と来ていて、私もアコちゃんと一緒に少し話をした。ナカイさんは女子版のタカハシみたいな感じの子で落ち着いていて感じの良い話しやすい子だった。
そして、嘘のようにうちの中学のメンバーとなじむキダカズミ。はしゃぎすぎる事もなく、もちろんそれは絶対有り得ないけど人見知りするわけでもなく、本当にうちの中学いたんじゃないかっていう感じの素の馴染み感。でもキダと面識のなかった女子3人に囲まれて、「やっだ!マジで同じ中学だったらよかったのに!」と言いまくられていた。同小だった女子も2人いたが、その子たちは結構大人しめの子で、私が最初キダを見た時のように、キダの変わり様に驚いているみたいだった。
でも私もちょっと見たかったなって思うよね。キダがどんな中学生だったか。小学生だったキダから今のキダにどんな風に変わったか。
予定通り、1時間くらいお互いのクラスの事や他校に行った共通の友達の事をだらだら話したりして帰る事になる。
途中全員の前でイケダがまた私とキダの事について言い出すんじゃないかと心配していたがそれはなく、キダカズミがみんなの前で変に私に絡む事もなかった。良かった。
キダカズミ、私を迎えに来てくれたことをタカハシに聞かれて、学校に一緒に行きたかったからって普通に答えてたし。
スズキ君と小学で仲良かったっていう同中の女子って誰だったんだろう。それも気になるし、他にも話したい事はあったけれど、アコちゃんは夕方用事があるらしくて帰ってしまうで私も帰る事にするが、イケダたちも一緒だったのに、帰る方向で途中から当然のようにキダカズミと二人になる。
分かれ道で、「仲良く帰れよ!」と、私たちにわざとらしく手を振って見せるイケダに何も答えないキダカズミと、イケダめ~、と睨む私。
イケダは、キダが私を好きだって言ってることを知ってるんだろうか。本当にふざけてからかってるだけか良くわからないな。
まあでも普通にみんなに馴染んでたしな、と思う。良かった。
「カズミ君、普通に馴染んでたね、うちの中学の子たちに」
「あ~~小学一緒のヤツも半分くらいいたからな」
「小学一緒だったタナベさんたち、カズミ君の変わりように驚いてたね」
「そんなに変わってねえのにな」
「え?変わったと思うけど!?」
「そうか?」
「うん。でもなんかもう普通に中学一緒だった、みたいな感じだったね。すごいかも」
そう言うとキダカズミはものすごく嬉しそうに笑った。