委員決め
キダがスズキ君に変な事を言うんじゃないかと心配したが、普通だったので安心した。でも放課後キダも来るのはちょっと不安。イケダとかもいるし。
お昼の後の少し眠くなって来たところに、放課後のミライ公園の事ばかり頭に浮かぶ。授業が普通に行われるようになったら6時限まであるが、最初の1週間くらいは5時限で帰れるし、今日は帰りの掃除もまだない。だからみんなでミライ公園に寄れるのだ。午後の委員決めの時間、先生の説明は教室の天井の辺りに1回ぼんやりとたまったものが頭の中にぬうぅん、と降りてくる感じ。
が、すぐに教室中がザワザワし始めた。
うちのクラスは36人。今は2学期制の所も多いらしいがこの『やまぶき高校』は3学期制だ。1学期、2学期、3学期で12人ずつ、委員会の仕事は確実に全員回る事になる。
学級委員2名、風紀委員2名、美化委員2名、学習委員2名、図書委員1名、補助委員1名、飼育委員2名。その他、放送委員は2年と3年だけ。選挙管理委員会も生徒会の選挙に出るのがほぼ2年生だけなので、委員は3年生がするらしい。
飼育委員て!
小学生以来だなそんなの。中学でもなかったのにそんな委員。クラスの中も少しザワっとする。
補助委員と飼育委員だけ仲間はずれな感じがするが、補助委員は他の委員が休みの時にどうしても参加しなければならない委員会や持ち回りの仕事が合った場合の代理をするらしいので、結構他の仕事より仕事量は少なくても責任が重いかもしれない。
美化委員とか図書委員とか、比較的楽そうな委員を早めにやってしまおうと立候補する人もちらほらいる中、誰一人飼育委員には立候補しない。
それにしても飼育委員なんて懐かしい。
そう言えばキダカズミと一緒にやった事もあったな…仕事と言えば飼育小屋にいたウサギとチャボとアヒル、池にいた鯉に先生が用意してくれた餌をあげるのと、飼育小屋の中を軽く掃除するくらいだったけど、いろんな事をさぼったり忘れたりするキダカズミが、めずらしく飼育委員の仕事だけはちょっとだけまじめにやっていた。でも『もっと欲しがってたから』と言って餌をあげ過ぎたり、『こっちのほうがうまそうだから』って家から持って来た何か良く分からない変な臭いのする草をやろうとしたり、給食の残りを捏ねて固めて団子状にしたものを『おすそわけ』って言ってやろうとしたり、掃除しながら小屋の中でウサギを追いかけて遊んだり、アヒルを池に連れていってそのまま放置したり、…そう言えば1回、1匹ずつ子ウサギを家に持って帰ろうって誘われた事もあったよね…いや、それより何より、あいつはウサギを教室に連れて来て床に解き放った事があった。
小学4年生の時の事だ。
キダとその時飼育員だった私は、担任の桜井先生と一緒に、走り回るウサギを教室の床から回収して飼育小屋に戻した。もちろんウサギが教室の床にポロポロ落とした糞も掃除した。
桜井先生はむかし話に出て来る仙人みたいな先生で、ぼさぼさの白髪頭、白いあごヒゲまで生えていた。当然あだ名は仙人だったが、白いあごヒゲは生えていたのではなかった。それは付けヒゲで、でもとても良く出来ていて、私たちは卒業までそれが先生の本当のヒゲだと思っていたのだ。卒業式でパッと外して見せて式場がどよめいた。
いや、今桜井先生のつけヒゲの話はどうでもよくて、先生はその教室にウサギ放し事件の何日か後の放課後、私とキダを飼育小屋の前に呼び、「今日だけだからね」と言い中庭にウサギを運ぶようにと言った。中庭には大きな囲いが作ってあって、私たちはそこにウサギを放した。
「教室みたいに床張りのところはウサギも走りにくいんだよ」と桜井先生は淡々と私たちに言ったのだ。
そして今日だけだと言った桜井先生が、その後校長にかけあってくれたおかげで、週に何回か、どの学年のどのクラスも、「けやきの時間」という週1である小学生用のホームルームみたいな時間に、その囲いの中にウサギを放して遊ばせたり観察したりする事ができるようになったのだった。
桜井先生、すごく良い先生だったよね。厳しくするところは厳しいんだけど、ちゃんと落ち着いて私たちに理解できるように教えてくれた。元気かな。あの時すでにずいぶん歳をとっていたように思えたけど…。
桜井先生はキダに「キダはいかんなぁ」とキダの頭に優しく手をポンポンと置きながら、何の役にも立たないイタズラばかりをして回るキダをいつも優しい目で見つめていた。
あの教室の床の、机と椅子と私たちの足の間を縦横無尽に走り回る5匹の茶色いウサギ…
無茶だったけど楽しかった。懐かしいな。本当に後始末が大変だったけど…
「高校生になって飼育委員てあるんですか?」という誰かの声で、我に返り先生の話をちゃんと聞き始める。
先生が言うには、2、3年生で構成されている飼育委員が後3名足りなくて、1年の担任の間であみだくじを引き、いちばんのはずれを引いた高森先生のクラス、つまりうちのクラスから2名、次のはずれくじを引いたもう一人の先生のクラスから1名を抽出するらしい。
先生があみだで負けたせい?
どんな動物がいるんだろ…そういう施設なさそうだったけど。池もなかったし。
「大丈夫だから」と今日もウソみたいに綺麗な高森先生が言った。「ウサギとカエルとフクロウしかいないから」
フクロウ?
教室のあちこちで『フクロウ?』と言うのが聞こえた。
「いや私がはずれを引いたのが悪いんだけどさ!全てはこの世の運が決める事で私にはどうしようもなかった。毎日やるわけじゃないし。でもこれちゃんと決めないと校長が煩いから他の委員の前にまずこれ決めます。じゃんけんとか、あみだとか時間がかかってしょうがないから今回私が決めま~~す!」
え~~~!とあちこちから上がる声とざわめき。自分があみだで負けくじ引いたくせに開き直りだ。
「はい、うるさいです。なんか文句あるの?文句ある人~~」
言ってクラスを見回す高森先生。
自分があみだで負けくじ引いたくせに恐ろしく勝手な提案をしてくる担任に、誰もはっきり文句を言えない。
クールビュティーだよね~~と思う。みんなたぶんそう思っているだろうけど、誰もそんな事を言ってちゃかす勇気のある子はいない。
先生が言った。「じゃあ木本ね」
「え!?」
私の驚いた声が教室に響いた。
え!?私って言った?先生、私って言った?
突然?私目立ってないし、何にも発してない私を突然指名する?
「いいじゃん」と高森先生がしれっとした声で言った。「動物好きでしょ?」
「いえっ!」
即答したにも関わらず先生は綺麗な顔で続けた。
「木本ってなんか動物得意そうじゃん」
そんな事言われた事ないですって!
ぶんぶんと首を振って見せたが、高森先生は極上の笑顔で返すだけだ。
私、なにかしたっけ。
先生に目をつけられるような事、なにかしたっけ?もしかして昨日のあれ?朝礼でキダに呼ばれて振り向いて静かにさせたけど、トイレの所で先生に注意されたやつ?あのせい?
どうしよう。反論しないと飼育委員やらされるだろうけど、反論は許されるのかな…。余計先生に睨まれたらどうしよう。まだ高校生活はじまったばかりなのに。
「あの…」とウソみたいに小さい声を出しかけたが、その声は高森先生の良く通る綺麗な声に飛び蹴りをくらったように消された。
「ん~~~と…じゃあ後スズキ?」
え?と思う。
「悪いんだけどさ、」と高森先生。「木本と一緒にやってください」
有無を言わさぬ物言いだな。『やってくれる?』とかじゃないもんね。『やってください』だもん。
…美人だからか?自分に自信があるから今までもそうやっていろんな所でごり押ししても美人で許されて来たから今こんなか?
「同中なんだよね」と高森先生。「木本とスズキ」
スズキ君が立ち上がって言う。「え、と…僕はまあ他にやる人いなかったらやろうかなとは思いますけど、木本にももちょっと希望を聞いてあげて下さい」