アコちゃん
「ちょっとびっくりした」と、出て来てくれたアコちゃんが少し笑いながら私の隣のキダをチラっと見て、ぺこっと頭を下げてから私にキダの事を聞く。「え、と?誰?」
「ごめん大きな声で呼んで」キダを見ながら私がアコちゃんに謝った。「小学が一緒だった子。中学は転校してたんだけどまたこっち帰って来て…」
「へ~~。で?同じクラスになったの?」
「ううん。カズミ君は3組」
「カズミ君?あれ?モトちゃんが男子名前呼びするとか結構親しい系?え~~、そんな子がいるなんて知らなかったけど」
「いや、小学でずっとみんなそう呼んでたし。それに今ももう3組の子たちからも呼ばれてたし」
「ふ~~~ん」
そう言いながらもう一度ぺこっとアコちゃんがキダが会釈すると、キダもペコっと会釈する。
3組の子たちは無視したのに、アコちゃんには挨拶するんだ。
「すごいカッコいいね!」アコちゃんがストレートにキダをほめる。「…そっかなんかクラスの子がすごいカッコいい子いたって騒いでたの、このカズミ君の事だね!」
「…」無言のキダ。
「私までカズミ君とか呼んでるけど…」と笑いながらアコちゃんが聞く。「苗字なに?」
「キダ」と、それだけ答えるキダ。
「キダ君か」と、アコちゃんは今度は私に言った。「すごいカッコいいじゃんキダ君」
「…え…と」チラっとキダを見てしまう。
『そんな事ないよ』とか私が謙遜するのもおかしいし、『ありがとう』って私がお礼言うのも変だし。
「うん…まあ…そうだね」と歯切れ悪い返しをする私だ。
すると急に嬉しそうに笑うキダ。いや、そんなに褒めてないけど。なんかゴメン。
アコちゃんが言う。「もしかしてモトちゃん、朝もキダ君と来てた?なんか、そう言えばだれか言ってた。カッコいい子いたんだけど女子と一緒に来てたって」
「家が!」と、急に大きい声で答えてしまって自分で慌てる。「家が近いから。…ひさしぶりにこっち帰って来たからって、それで迎えに来てくれたから」
「へ~~、迎えに来てくれたんだ」
マズい。うちのクラスの子には朝途中で会ったって言ったけど、アコちゃんだからつい正直に答えてしまった。
「私も今日モトちゃんのクラス行こうとしたんだけど」とアコちゃんが言ってくれる。「トイレとか行ってたら時間なかった。自己紹介とかあって緊張していろいろ」
アコちゃんみたいな明るくて素直ではきはきしてる子も緊張したのか…ちょっと安心する。
「私も緊張したよ!」勢い込んで言う私だ。「クラス違う中学の子ばっかでさ。知ってる子スズキ君だけなんだよ」
「あ~~」とアコちゃん。「そうだよね4組。スズキと一緒だね」
アコちゃんはスズキ君を呼び捨てだ。アコちゃんは中学の時女子バレー部で、スズキ君は男子バレー部だったから、私よりたぶんスズキ君にだいぶん近い。羨ましい。
「あ、じゃあモトちゃん、帰ったら電話するからさ、カズミ君待ってるし行きなよ。ね?」
アコちゃんがそう言うとキダがペコっとアコちゃんに会釈した。
「なんかさ」とアコちゃんが私に耳打ちした。「すごいカッコいいのに優しそうだしちゃんとしてる子じゃん」
アコちゃん…そうかアコちゃんにはそう見えたのか。まあパッと見ただけじゃ、今のキダはそう見えるのかも。
「そんな事ないよ。さっきもアコちゃんの事すごい急に叫んで呼んだし」
あ…、つい言ってしまった。キダもすぐ隣にいるのに。
「ハハハハ!」とアコちゃんが笑う。「ひどいねえモトちゃん。ねえキダ君?…あれ?キダ君なぜ嬉しそう?なんで?なんか面白い」
私はもう少しアコちゃんと話がしたかったけれど、アコちゃんは放課後用事があるみたいで、とりあえず電話をくれるっていう事で、結局私はキダと二人で帰る事になってしまった。私に手を振りキダにも同じように手を振るアコちゃんにキダも普通に手を挙げて答える。3組の子たちへの対応と違うよね。
「いいやつそうじゃん」と言うキダ。「アコちゃん」
は?何目線だ?と思ってムッとして強気に言う私だ。「もちろんだよ!」
階段を下りて靴を履き替え校庭の東側の通路を通って東門から出る。そこまでの間にやっぱりチラチラ女子に見られてる感じがする。
「なあ自己紹介で何喋った?」並んで歩きながらキダが聞いた。
「別に何も。名前と出身中だけ。そんだけでいいって先生言ったし」
「3組の担任すげえモデルみてえよな」
へ~~~。キダでもそういうの普通の感覚で思うんだ、と思う。
「4組の先生、すごく髪長いよね。腰くらいまであってちょっとビックリした」
4組の担任は27、8歳くらい男の先生で銀縁の楕円形のフレームの眼鏡をかけて、そして髪が長い。結構カッコいいってクラスの女子も言っていた。
「あ~~」気のない返事のキダ。「髪伸びるのすげえ早えって言ってたな」
「へ~~~」と答える私。
「…あれ?」
キダをチロッと見て言う。「小学の時にもすごい髪長い先生いなかったっけ?」
「いたいたいたいた。長いやついた。微妙に顔似てるような気がする。…苗字も一緒じゃねえ?」
「ほんとに?水本先生だったっけ?すごいね!親戚とかかな。だとしたらすごい偶然だね!そう言えばカズミ君注意されて逃げて追いかけられた事あったよね?」
長めの髪をくくった先生がキダカズミを追いかけているところを思い出す。そう言えばやっぱりキダの今の担任の水本先生と顔が似てるかも。背格好も似てるも。
「お~~」と相槌を打ったキダが付け加えた。「今の可愛かったな」
「へ?」
「『すごい偶然』て行った時の顔」
「は?何言ってんの!?」
へへ~~、と笑うキダ。
…なんだ…またふざけてんのか…もう!
「なんかさあ」と私もちょっとキダをバカにするために言う。「アコちゃんにはちゃんと話してたよね。3組の子たちは無視してたのに。どうしたの?同クラの女子苦手なの?カズミ君に苦手なものとかめずらしい」
「それは木本の友達だからだろ」
…私の友達だから良い感じで接してくれたの?
「木本それに、」とキダが続ける。「帰りも一緒にか?って顔したけどな。迎えに行った時とさっき階段降りるとき」
ドキッとする。バレてるよね。
「オレだけ先帰そうとするしな」
「…ごめん、でもなんかみんな勘違いするから一緒にはあんま帰らない方が…」
「勘違いてなに?」
「それは…」もごもごと言いにくくなってしまう。
「なあ?勘違いてなに?」
「いや別に…」
「なあ」
「…」
「いってもオレは好きだからな」
「…ふぇへ!?」変な声出た。
今確かに『好きだからな』って言われた。
…言われたよね?普通にしゃべってる途中で急に。今ちょうどすぐそばに誰もいなかったけど、いきなり…
「部活何するん?」とキダが聞く。
え…部活?
「中学では何してたん?」とキダ。
普通の会話続けてるけど…あれ?『好きだからな』は聞き間違い?そんな事ないよね!?
キダは普通の感じで続ける。「中学でテニス部入ったのはほんとは知ってたわ。木本、運動あんま苦手なのにってオレが心配した」
「知ってたの?誰に聞いたの!?」
「え、普通にイケダとか」
「ずっと連絡とってたの?」
「まあまあ。あとこっち、ばあちゃんとこ帰る時とかちょっと寄ったことあったけど、そいで木本に会いに来た事もあったんだけど、そん時は木本んち誰も家にいなかったな。すげえ勇気出してすげえドキドキしながらベル鳴らしたけど誰も出てこんかった」
「ほんとう!?」
「ほんとほんと。今朝ベル押した時もドキドキしたけど、そん時の方がはるかにビビってたな。で、何入るん?」
「美術部入りたいなって思ったけど…」
でも担任の高森先生が副顧問て言ってたからな…
いや。そんな事よりさらっと『好きだからな』って言われたよね私…なんで普通の会話続けんのキダ。
「マジか」とキダ。「小学んときそこまで絵ぇうまくなかったじゃん」
「…うんまあ…」よく覚えてるな…。「なんかでも中2の時に1回すごい褒められた事あって、1回賞もとれて、なんかその時から急に好きになった」
「そうなん?木本がどんなん描くのかすげえ見てえな」
「…」
「モデルやったろうか?すげえ変な感じの」
いや、ほんとに普通に話続けてるけど…やっぱ私の聞き間違い?
「隣の席だった時からな、」とキダが言う。「結構ずっと好きだったから。小学ん時の」
ええっ!?
またぶち込まれた!さっきの聞き間違いじゃなかった!
「そんなにビックリすんな」素の感じでキダが言う。「小学ん時からお前の事好き。恥ずいから2回言わせんな。ていうか3回じゃん」
マジでっっ!?と心の中で叫ぶ。
「マジで!?」やっぱり口からも漏れている私の声。
「マジでマジで。…もう~~木本~~!そんなに見んな」
いや見るよ。ビックリしてんだから。
…キダが本当に恥ずかしがってる!変だよ、変、変!
「でもオレ、お前にじっと見られんの結構好きかも」
何っ!?
うわ~~ダメだ何も返せないし目を反らしちゃった。
私の事を好き私の事を好きキダカズミが私の事を好き…
心の中で何回も繰り返す。
…でも…あれ?小学生の時から…?
あんなにカエル入れたり、カエル乗せたり、カエル無理矢理触らせようとしてたのに?