第七話 再会
窓から差し込む朝日の光で目を覚ます。
同じベッドで眠るユキが目にはいる。
そのまま顔だけを動かし、隣のベッドを見ると、メグとシャロンが眠っている。
昨日のこと全てが夢である可能性にほんの僅かに希望を託していたのだがそれは無情にも砕かれてしまった。
しょうがない。
僕は家族と親友を失った。
でも、それは僕のせいじゃない。
しょうがなかったのだ。
僕にはどうしようもなかった。
それが現実だ。
そしてそれらが現実だということはさっきのメグと僕の告白も現実だということだ。
なら大丈夫だ。
僕は、大丈夫。
大丈夫なはずだ。
メグが起きそうな気配を感じ、僕は慌ててベッドを抜け出し、部屋をでる。
なんだかメグと顔を合わせるのが恥ずかしかった。
廊下に出たものの、やることはない。
どうしようか迷っていると廊下を歩いてこっちに向かってくる兵士と目が合った。
ちょうどいい、朝食の時間を聞いてみよう。
「あの、すいません。聞きたいことがあるんですけど……」
「ん? あぁ! 団長のお客さんだね? 起きたら団長室に来るようにって言ってたよ」
「全員で、ですか?」
「どうだろう。団長はせっかちだからね。ごめんね、僕も全員かどうかまでは聞いてないよ」
「そうですか。では一度、僕だけで行ってみます」
兵士に団長室の場所を聞き、僕一人で向かう。
兵舎の中は色々な音で溢れ、新しい一日が始まる事を僕に告げてくるようだ。
兵士の案内通り進み、団長室と書かれた質素な扉の前に到着する。
数度ノックし、返事をもらって中に入る。
団長室の中では、机に座るミラとゲイルがこっちを向きすらせずに書類の山と戦っていた。
ロビンは居ないが、どうしたんだろう。
疑問を持ちつつも、なんだか声を発するのが躊躇われる空気の中、意を決しミラに話しかける。
「あの、呼ばれていたようだったので来ました」
「ん? あぁなんだ、シドか。よし、ちょっとまて」
ミラは目の前にある書類の山を、ゲイルの前に積まれた書類の山に重ねる。
ゲイルの悲痛な叫びが団長室に響く。
「あー! ちょっと何すんですか、団長!」
「私は用事ができた。後はお前に任せる!」
「そんな……酷いですよ、団長……」
うなだれるゲイルを無視し、ミラは僕と向かい合う。
僕は立っていて、ミラは座ったままだ。
無言で見つめ合ったまま、少しの時間が流れる。
これはミラがなにかを真剣に考えて居るときの間だと僕は知っている。
僕も真剣な話しに備えて気持ちを切り替えていく。
ミラの隣では、ゲイルが書類になにかを書き込んで、どんどん書類の山を低くしている。
僕はミラが口を開くのを待つ。
ミラは一度目を閉じ深く息をして、再び目を開き僕を真っ直ぐ見据え、静かに話し出す。
「シド、お前はこれからどうしたい」
「まだ決めていません」
「じゃあ昨日の事について何か思うところはあるか?」
アレンの事だろうか。
僕は最低だった。でもそれは僕のせいだけじゃない。
しょうがなかった事だ。
そうだ。全部どうしようもなかったんだ。
「悔しいとか、悲しいとか色々あります」
僕の答えを聞いて、ミラの表情が恐くなる。
僕は、なにか間違えただろうか。
「じゃあなんでなにもしない?」
責めるような言い方で放たれた言葉。
それに対し、僕は少し苛立つ。
なんでなにもしない? そんなのはミラが“できる人”だから思うだけだろう。
僕みたいに何もできない人だって居ることを学ぶべきだよ。
僕は苛立ちを隠さずにミラにぶつける。
「僕には何も、できる事なんて無いです。竜を倒す力もなければ、傷ついた人を治す魔法だって使えない。そんな僕に何ができるっていうんですか?」
「お前は、自分にはできないからって言い訳して、誰かに“しょうがない”って言ってもらうのを待っているのか?」
そんなことはない。と反論しようと思うが声がでない。
僕はミラの言うように“しょうがない”って言ってもらいたかったのだろうか。
悩む僕にミラが続ける。
「いいか? この世の中にしょうがないことなんて無い。お前の家族が、大事な人達が、アレンが、死んだのはお前のせいだ」
それは言い過ぎだ。
皆が死んだのは僕のせいじゃない。
あの竜が殺したんだ。
僕が殺したわけじゃない。
「それは違うよ、僕が殺した訳じゃ――」
「違わない。お前が“弱かった”から皆死んだのだ」
暴論だ。
そんな事を言い出したら世の中の悪いこと全て僕のせいにできるじゃないか。
「そんなの暴論だよ」
「いいや、違う。これは事実だ。クソトカゲが暴れ出した時、お前が一刀の元に切り捨てていればこんなにも人が死ぬことはなかったのだ」
「それなら、あの場に居なかったミラのせいでもあるじゃないか」
「あぁそうだ。あの場に、居なかった私のせいでもある。ただ、私のせいでもあるが……それでシド、君の“弱さ”の責任が無くなるわけじゃないのは理解しているか?」
なんだよそれ。
それなら騎士団や兵士の役目はなんなんだよ。
意味がわからない。
僕の目が潤む。
「なんだよそれ! 僕には力がないんだ、しょうがなかったんだ!」
僕は叫びながら、自分が言ってる事の子供っぽさに気がつく。
でも溢れてくる感情を抑えられない。
叫びは続く。
「父さんや母さん達が僕に逃げろって言ったんだ! アレンだってそうだ!」
「師匠達や、アレンが死んだあの場に私が居たら、誰も死なせなかった」
「僕には力が無いんだ。しょうがなかったんだ!」
「違う」
一瞬の間を置いて、ミラが続ける。
「お前が持ってないのは“力”ではない」
「じゃあなんなのさ!」
「“勇気”だ。そしてそれを持たないのがお前の“弱さ”だ」
僕はミラの言葉に反論できない。
黙った僕にミラが止めを刺す。
「君が“弱い”からアレンは死んだ」
その言葉に、言の葉の刃に耐えきれず、僕は団長室を飛び出す。
これ以上、ミラの話を聞きたくなかった。
廊下を走る。
廊下の途中で、メグとすれ違う。
メグは驚いた顔で僕を見て何か言いたそうにしていたが、泣き顔を見られたくない僕はそれを無視した。
そのまま廊下を走り抜け、兵舎から町の中へ出る。
兵舎の中から誰かが追いかけてくるような気配。
僕は走りだす。
通りを抜け、立ち並ぶ店の角を曲がり、後ろからついてくる足音を振り切り、夢中で走る。
ふと、メグやシャロン、ユキの事が頭によぎるが、もう、どうでもよかった。
ミラの言葉を聞いて、僕の“した事”が暴かれるのが怖かった。
それを知られたら皆、僕から離れていくんじゃないかと思った。
軽蔑され、避けられるぐらいならもうこのまま二度と会わない方がいい。
そうすれば僕の中で皆は僕のことを好いてくれているままだ。
事実なんてどうでもいい。
残酷な現実を突きつけられるぐらいなら幻想とともに死ぬ方がましだ。
だから僕はミラに断罪される前に逃げ出した。
行くあてなんてない。
少し、一人になりたいと思った。
冷静になろう。頭を冷やそう。
人通りの少ない道を選び、いくつかの角を曲がり、通りを抜けていく。
太陽が真上に輝き始めた頃、僕は自分の空腹に気がつく。
腹が減った。
そう言えば朝からなにも食べてない。
せめて朝ご飯だけでも食べてから飛び出せばよかったか……。
メグ達はちゃんと朝ご飯食べただろうか。大丈夫だろうか。
だいぶ落ち着いてきた頭で考える。
僕はこんなところで何やってるんだろう……。
戻ってミラに謝るべきだろうか。
メグ達は弱い僕を受け入れてくれるだろうか。
受け入れてくれそうな予感はある。
でも、それからどうするんだ?
僕は一体どうしたいんだ?
メグを守るって言ったって、一体どうやって守るんだ?
そもそもどうやって生活するんだ?
冒険者になる?
あぁそうだ、それしかないだろう。
でも、僕にできるだろうか。
できるはずだ。
父さんも母さんもできていたんだ、僕にもできるだろう。
僕は冒険者になる方法を詳しくは知らない。
これはミラに謝って教えてもらおうか。
でもミラは騎士団の団長だ。
冒険者より、騎士団に入団させてもらった方がいいんじゃないだろうか。
定期収入で、安定した暮らし。それも悪くないかも知れない。
よし、まずはとにかくもどらないと……。
現状を確認しよう。
僕は今、町の中の見知らぬ場所にいる。
どこだ、ここ。
別にこの町の地理に詳しい訳じゃないが、なんどかはこの町にも買い物で来たことがある。
でも、こんな場所には初めてきた。
辺りを見渡してみると、スエタ臭いのする建物が密集して建ち、並んでいる。
やばい、現在地にまったく見当がつかない。
半ば諦めつつ、適当に歩く。
大きい道へと進んでいけば、いつか知ってる道に戻れるはずだ。
僕は歩きながら、さっきのミラの言葉について考える。
ミラは僕の罪を暴いてどうしたかったんだろう。
アレンが死んだ責任で、僕を死刑にでもしたかったんだろうか。
でも、それならどうして僕を助けてくれたんだろう。
紅竜の前にミラが飛び出して守ってくれたのは何故だろう。
あの時、ミラがきてくれなかったら僕は死んでいたはずだ。
僕を殺したいならあの時、そのまま見殺せばよかったのに……。
もしかして、自分の手で殺したいのだろうか。
そんな事になんのメリットがあるんだろう。
わからない。
わからないって事はもしかしたら僕が間違っているのだろうか。
ミラの言葉をもう一度思い出してみる。
確か、君の弱さのせいでアレンは死んだ、だ。
僕の弱さは、勇気が無いことだ、とも言っていた。
勇気がないってのは、僕の臆病で狡い性格のことだろう。
そんな事、ミラに言われるまでもなくわかっている。
だけど、人に言われると認めたくなくなってしまう。
認めなければ、僕はそんな人間ではないと言える。
そうだ、僕はそんな人間じゃない。
僕は――
思考に耽りすぎていたようで、角を曲がった瞬間に何かとぶつかってしまう。
思わず閉じた目を開き、確認する。
立ち止まっていた男の人の背中にぶつかったようだ。
僕は謝る。
「あ、あの、すいません」
謝りながら男を観察する。
僕の方とは反対を向いていて、背中しか見えない。
着ている服はボロボロで、焼け焦げた跡もあり、この場所にお似合いとも言える。
スラム系の住人なのだろうか。
そうなら早急に立ち去るべきだろう。
僕は歩きだそうとするが、男の持つものに目が釘付けになる。
あれは……父さんの黒刀?
え、父さん……なの?
男をもう一度よく見る。
背丈は父さんと同じぐらいだ。
え、生きてたの?
皆は? 皆も生きてるの?
アレンは!? アレンも生きてるの!?
僕は男に声をかける。
「……父さん?」