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復讐の剣 ~僕はくそったれな竜を殺す~  作者: 西尾 彩子
復讐の剣 ~僕はくそったれな竜を殺す~
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第六話 安息の地

 平原を歩き、町へ向かう道中、兵士から色々教えてもらい、兵舎の中での禁止事項や細かな決まり事を知る。

 現在、近くにロビンとゲイルは居ない。

 町へ戻るこの道中でも僕の顔を見る度に死ね死ね言うのでゲイルが先にロビンを連れ、町へと戻ってくれた。

 ロビンはゲイルが丸ごと全部面倒見てくれるらしい。

 僕としてもロビンにどう接していいかわからないし、頼れる人も居ない状況で面倒を見れるとは思わなかったので、素直に助かった。


 町へ着き、兵舎の前に到着する。

 兵舎に来るのは初めてだ。

 兵舎の言葉から、木造の小さな建物を想像していたが、目の前にある兵舎は煉瓦づくりで三階建てだ。

 中に通され廊下を歩き、案内してもらった部屋にメグ、シャロン、ユキ、僕の四人で入る。

 案内された部屋は、本来は二人部屋らしくそこまで大きくはない、部屋の中にはベッドが二つあり、窓からは町の様子が見えるだけで、他の家具や設備は何もないようだ。

 そのおかげか四人で部屋に居ても息苦しいほどの狭さは感じ無い。

 思わず前世のビジネスホテルを思い出してしまう。

 というか……ベッドが、二つ?

 

 落ち着いて考える。

 二人部屋だから、ベッドが二つなのは当たり前である。

 男の兵士が二人で一つのベッドを使い、寝るなんて、想像すらしたくない。

 だが、僕らは四人だ。

 一つのベッドで二人ずつ寝るか、三人がベッドで眠り、僕は床で寝るのか。

 二人ずつ寝るとすれば、どの組み合わせのパターンで寝るのだろうか。

 僕の頭に色々と妄想が膨らみ消えていく。


 ふと気になり、メグの方を見ると赤い顔をして俯いている。

 おそらく僕と同じ事を考え想像したのだろう。

 こんな状況じゃなければ喜ぶ所だが、今日起こった出来事が、行いが、ロビンの言葉が、僕の心にダメージを与え、全く喜ぶ事ができない。

 そんな事を考えていると、唐突に部屋のドアがノックされる。

 部屋の扉が開き、ゲイルが入ってくる。


 「どうだ、部屋は気に入ったか? 食堂で飯食わせてやるからついてきな」


 僕達はゲイルと共に食堂へと向かう。

 ロビンの姿は無い。

 僕はゲイルに訊く。


 「あの、ロビンの姿が無いようなんですが」

 「あぁ、あの坊主なら飯食ってすぐ寝ちまったぜ?」

 「そうですか、それならよかったです。これからもよろしくお願いします。迷惑かけてごめんなさい」


 ゲイルが立ち止まり、僕達も立ち止まる。

 なにかまずいことでも言ってしまっただろうか。

 謝るべきだろうか。でも何がまずいのかわからない。

 僕が困った顔で考えていると、ゲイルが僕の肩を叩く。


 「かったいね~。カチカチだぜ、お前。

 ハッキリ言っておくが、俺は別に迷惑だとも思ってないし、ボランティアでやってるつもりもない。

 俺は俺の生き方って奴に則って、あの坊主をちゃんと一人前に育ててやるって決めたんだ。

 だからそれを他人にとやかく言われる筋合いはないし、言わせない」


 僕はゲイルの目を見る。

 ゲイルも真剣な眼差しで僕をまっすぐ見返してくる。

 発言に嘘や偽りは無いように見える。


 「ロビンは僕の親友の弟ですが、僕にとっても大事な弟です。よろしくおねがいします」


 ゲイルは僕のその発言に「おうよ」と返し、再び歩き出す。



 食堂に着き、僕達が椅子に並んで座るとすぐに、ご飯が運ばれてくる。

 おそらく僕達の為に用意してくれたのだろう、周りには食事する兵士の姿はない。

 僕達と向かい合う様にゲイルが座り、他の兵士が食堂から出ていく。

 僕はそれを少し気にしながらも運ばれてきたご飯を食べ始める。

 あんな光景の後でよく食べられるなと自分でも思うが、朝ご飯以降、何も食べていなかった僕達は空腹による食欲にあっさりと降参した。


 僕達がある程度食べおえた頃、ゲイルが真剣な声音で訊いてくる。


 「お前達、これからどうするつもりなんだ?」


 僕は飯を食べ終えたら部屋に戻って寝るつもりだ。

 だけどこの質問がそんな事を聞きたいのでは無いことはわかる。

 正直、今の僕に明日からの予定など全くない。

 どうしたらいいのか、どうするべきなのか、どうしないといけないのか、何も、わからない。

 家を失い、家族を失い、親友ともを失った。

 僕は一体、何がしたくて生き残ったんだろう。

 悩む僕の隣でメグがポツポツと答え始める。


 「私は、あの竜神様が、憎いです。

 できることならこの手で……」

 「竜神様って言うって事は竜神教か。それなのにあの竜を殺したいのか?」


 対するゲイルの声は攻める風でもなく、ただ単にメグの気持ちを確認しているように聞こえる。

 メグがゲイルに答える。


 「別に熱心な教徒というわけではありません。私は周りの子達からハブられないように、竜神教の教徒として振る舞っていた程度でしかありません。それに、私の両親は竜神教の教徒ではありませんでした」


 おぉ、メグがそう言う風に頑張っていたなんてしらなかった。

 まぁ、僕は今日まで竜神教の存在すらしらなかったんだけど。

 メグがさらに続ける。


 「竜神……竜を殺したい気持ちはあります。でも、この幼い姉弟の事を思うとそれは選択肢として消えてしまいます」


 自分のことが話しに出たのがわかり、驚いたのかユキとシャロンがメグを見ている。

 ゲイルがメグに訊く。


 「それは“逃げ”じゃないのか? 俺には姉弟を言い訳に逃げているように聞こえるが――」

 「当たり前じゃないですか!」


 ゲイルの発言を遮って、立ち上がりながらメグが話す。


 「……当たり前じゃないですか。お母さんもお父さんも死んじゃったんですよ……? もし私まで死んだらこの子達はどうやって生きていくんですか? 誰がこの子達の面倒見るんですか? 誰が……」


 メグはそこまで喋ると力無く椅子に座る。

 俯いてしまい、表情は見えないがテーブルの下で固く握られた拳に水滴が落ちている。

 黙ってしまったメグの代わりとばかりにゲイルが僕にも訊いてくる。


 「で、お前はどうするんだ」

 「僕は……」


 僕は考える。

 僕にはメグのように竜を殺したい欲求はない。

 みんなを、家族を、親友を見捨ててまで拾った命をむざむざ危険に晒す気は無い。

 それに、今頃あの竜は死んでいるだろうと思う。

 ジェミールと言うのが誰かは知らないが、その人が兵を率いて向かい、その後からミラが残りの兵を率いて向かったのだ、それで恐らくあの竜は終わりだ。

 村の外の戦いを思い出すと不安が少しあるが、あれは正規兵では無かったのだ。

 今回は正規兵、それも人数は三百人を越える。

 僕ができる事などないだろう。

 そして、明日からの事は何もわからない。

 ミラと少し話したい。

 どうするか決めるのはその後でもいいだろう。


 「僕は、わかりません」


 僕の答えを聞いたゲイルは、少し悲しそうな表情を浮かべ、立ち上がった。


 「そうか。もしお前達が力を欲するなら俺はこの町の騎士団、団長補佐としてできる限りの支援をするつもりだ」


 ゲイルは、いつでも待ってるぜと言い残し、食堂を出ていった。

 重い空気の中、残りのご飯を食べ終え部屋へと戻る。

 寝る組み合わせはユキの希望で、僕とユキ、メグとシャロンになった。

 兵士から渡された服に着替える。

 上の服を脱ぐ。

 赤い石の付いたネックレスが僕の胸元で光った。

 三人お揃いのネックレス。お揃いだったはずのネックレス。

 こみ上げる涙を堪え、一気に着替える。

 ユキに涙は見せるべきじゃないだろう。

 自分の着替えの後、ユキも着替えさせてやる。

 脱いだ服を見ると、僕の服もユキの服もあちこちに破けや焦げ、血の跡があった。

 別にユキに見せるものでもないと思い、そっと隠す。


 メグは食堂から戻ってもずっと無言だ。

 なにか考えているのだろう、僕は着替えの様子を横目で覗きながら、そっとしておこうと決め、ベッドへと入る。

 ユキとひっついて目を瞑る。

 広々とまではいかないが、窮屈さを感じずになんとか寝れそうだ。

 すぐにやってくる睡魔に負け、僕は眠った。



 扉の外から聞こえる兵士達の慌ただしい足音で目を覚ます。

 窓から見える空はまだ暗い。

 メグとシャロン、ユキは寝ているようだ。

 ユキを起こさないようにベッドから抜け出し、部屋の外にでる。

 忙しそうに慌てた様子で廊下を走ってくる兵士に何があったのか訊こうと思ったのだが、僕を無視して走り去ってしまった。

 一体、何があったんだろう。

 聞こえてくる兵士達の声の中に「団長が」という言葉が混じっている。

 もしかして、ミラになにかあったのだろうか。

 悪い予感が胸に、頭に広がっていく。


 「どうした、顔が悪いぞ」


 後ろから突然、声をかけられて体が小さく跳ねる。

 振り返るとミラが立っていた。よかった。

 鎧は脱いだのか、青い布地に金の刺繍が施されたジャケットを着て、同じ色のスカートを履いている。

 これは確か、騎士団の制服だったはずだ。

 ミラが死んでいなかった事に安堵の息を吐きながら、ミラの間違いを指摘する。


 「ミラ、悪いのは顔じゃなくて、顔色、だよ」

 「む、アレンと比べれば世界中の全員の顔は悪いが」


 アレンの名前をミラが出した事で、一瞬ドキッとする。

 そんな僕を見て、ミラが謝る。


 「すまない、私の中で未だにアレンが死んだ現実を受け入れられていないようだ」

 「いや、僕もまだまだ無理だよ」


 お互いに気まずい空気が流れてしまう。

 僕は話を変える。


 「みんな忙しそうだけど、どうしたの?」

 「私が帰還し、ジェミールが――」

 「団長! 三番から二十番までの患者が目を覚ましました!」


 走ってきた兵士の報告により、ミラとの会話が中断される。

 ミラが兵士の報告を聞き、新たに指示を出す。


 「では目覚めた者にも治療を手伝わさせ、魔力の無くなった者は交代で休息だ」


 兵士が短く返答し、来たときと同じように走っていく。

 それを見届け、ミラが話を続ける。


 「あー……なんだったっけ?」

 「ジェミールさんがどうかしたの?」

 「あぁそうだった。あいつは死んだ。で、今は私達が連れ帰った兵どもの治療中だ。だから皆、忙しいのだ」


 え。ジェミールが死んだ?

 じゃあ竜はどうなったんだろう。

 ミラが帰ってきたってことは竜は死んだんだよね?

 僕の不安が顔に出ていたのか、訊いていないのにミラが

説明してくれる。


 「あのクソトカゲならジェミールを殺し、暴れるだけ暴れてどこかへ消えたとの報告が来ていたぞ」

 「ミラは竜と会ってないの? 殺せなかったの? どうして!?」


 思わず攻めるように言ってしまう。

 どうしてあの竜がまだ生きているんだ。

 なんで、どうして。

 焦りと恐怖で手が震え、唇を噛む。

 そんな僕を落ち着けるように、ミラが優しい声音でゆっくり話してくれる。


 「私はクソトカゲと会っていない。私がジェミールの隊と合流した時には既にクソトカゲの逃げた後だったのだ。だが私はクソトカゲを許しはしない。絶対に殺す」


 絶対に殺す。ミラが力強く言ったその言葉を頭の中で繰り返す。

 だんだんと落ち着いてくる。

 兵士の走っていった方からミラを呼ぶ声が聞こえてくる。

 ミラが僕の頭を撫でる。


 「まだ夜が明けるまでしばらくある。もう一度、部屋に戻って寝な」


 僕はミラに促されるまま部屋に戻り、ベッドに戻る。

 ユキの穏やかな寝顔を見ながら、ミラから聞いたことを思い出す。


 竜が死んでない。

 その事実が僕の心を荒れさせていく。

 しかしユキの眠るベッドの中は暖かく、僕を再び睡魔が襲う。

 荒れる心の中とは裏腹に、穏やかな眠りに落ちた。



 ユキに揺さぶられ、僕は目を覚ます。

 窓の外はさっきより少し明るくなっているがまだ太陽の出る朝では無いようだ。

 ユキが困った顔をして僕を見ている。

 どうしたんだろう。


 「あ、あのね、シド兄ちゃん。おしっこ、行きたい」


 僕は慌ててベッドを飛び出し、部屋をでて、廊下を走り、トイレまでユキを連れていく。

 「一人でできる」というユキをトイレに放り込み、廊下で待つ。

 さっき起きたときには慌ただしかった兵舎が静かになっている。

 けが人の治療が終わったのだろうか。

 もう少しして夜が明けたら朝ご飯のはずだ。

 その時にミラに少し時間をとってもらって聞いてみよう。

 それと、これからについての相談に乗ってもらおう。

 そうこう考えているうちに、トイレから出てきたユキと共に、部屋に戻る。


 メグとシャロンはまだ寝ていた。

 ユキをベッドに寝かし、ユキの頭を撫でてやる。

 安心したのか、ユキはすぐに眠りに落ちた。

 ユキから離れ、床に座り、メグの方へ視線を向ける。

 シャロンと抱き合い眠るメグ。

 長いまつげが綺麗だ。

 眠っているメグを見ながら僕は考える。

 僕とメグ達のこれから。

 竜が死んでないという事実。

 メグが竜と戦いに行くかも知れない可能性。

 そうなったら僕はどうすればいいんだろう。

 僕はどうしたいんだろう。

 心の中で自問自答を繰り返す。

 僕は……僕は、メグを死なせたくない。


 「僕が守るから」


 自然に出た言葉。

 それは僕の中から出たことで、僕の気持ちをより明確にさせる。

 明確になり、形を持った気持ちが、さらに僕の口から言葉になり出ていく。


 「好き。僕は、メグの事が、好きだ」


 告白。

 寝ている相手への一方通行な言葉。

 でもそれでいい。

 今の僕には面と向かって愛を告げる資格はないと思う。

 だからこれでいいのだ。

 僕は自分の気持ちを落ち着け、メグの長い睫を見ながら床から立ち上が――ろうとして、止まる。

 メグの目が開いている。

 もしかして、聞かれてしまっただろうか。

 心臓の鼓動が早くなり、僕の耳が、顔が赤くなっていく。

 メグは僕の目をまっすぐ見つめている。

 な、なにか言わないと。

 焦る気持ちとは、うらはらに僕の頭は全く働かず、言葉が出てこない。

 メグが優しい笑みを浮かべている。


 「私も、好きだよ」


 メグはそう言うと、真っ赤に染まった顔をシャロンの陰に隠す。

 僕も全身を真っ赤に染めながらユキの眠るベッドへと戻る。


 「おやすみ」

 「おやすみ」


 僕らは眠りの挨拶を交わし、再び眠る。

 メグの寝息を聞きながらも、僕の心の中では、幸福感と罪悪感、不安と希望、色々な感情が混ざりあっていた。

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