世界を敵に回しても
炎が消え、オレの前には炭化した七つの山が現れる。
――一人居ない!
オレはその敵の出現に備え、全方位に意識を集中させ視界を動かして警戒する。
――どこだ? どこからくる? オレならどこから攻める?
警戒し続けるオレの耳に、草を踏みながら走り去っていく足音が届く。
――逃げるのか!
オレは即座に追いかけようとして、踏みとどまる。
罠の可能性が頭をよぎった。
眠り草を仕込んでいたとはいえ、あまりにも弱すぎる敵。練度の低すぎる追っ手になった隊員。それに怒鳴る隊長。
その全てがこの罠の為の布石の様な気がした。
というか、仲間を全員殺されて逃亡なんてありえるか?
判断に必要な情報は全く足りず、不必要な情報だけがオレを惑わす。
オレは去りゆく足音を聞きながら、その場で警戒し続けた。
足音が離れて消え、周囲が静寂に包まれる。
そして……眠っているアリサが居るはずの方角から女の子の悲鳴が聞こえた。
オレは悲鳴を聞くと同時に走り出している。
罠の可能性は考えない。考える必要はない。
今の悲鳴は間違いなくアリサだ。
オレはアリサを守るためにここにいる。
ならアリサの悲鳴が聞こえた以上、自分の身の安全なんて気にしている場合じゃないはずだ。
オレの足が地を蹴り、空を駆け、加速していく。
肉体の限界に迫る勢いまで加速したオレは、勢いを殺すことなくアリサの眠っている馬車の前へと到着する。
止まるために足を着けた地面が派手な音を立て、削れていく。
そしてオレはそこに居るはずのアリサの名を叫ぶ。
「アリサァァァ!」
だけどそこには一組の男女が立っていて、口論を繰り広げているだけだった。
男と女――クソ男とアリサ――その両方と目が合う。
「え、ロビン。なに?」
「いや、何じゃないだろ」
アリサは心底呆れた様な顔で溜め息を吐き出す。
クソ男がオレを無視してアリサに詰め寄る。
どうやら興奮していて、オレに構っている余裕は無いようだ。
「どーいうことだこれは! 俺の……俺の大事な部下が死んだんだぞ!」
「それは、そっちが弱すぎただけでしょ? アタシの所為にされても困る」
「なっ……なんだと。貴様ぁっ!」
クソ男がアリサへと拳を振り上げる。
そして、クソ男の頭が胴体と切り離され、飛んでいく。
その光景を見ていたオレは飛んでいく頭から目が離せずに、男と目が合ってしまう。
男は自分の頭が飛んでいることを認識できていないのか、口を動かしていた。
だが、音はない。
オレは男の頭から目を離し、アリサの方へと視線を戻す。
男の胴体も頭が無くなったのを認識していない様で、そこにつったたままだ。
アリサが男の胴体を蹴り飛ばす。
胴体は何の抵抗を示すこともなく地面へ倒れ、やっと死んだことを認識したのか、切断面から血をまき散らせ始めた。
オレはその光景を見ながら一歩も動けない。
アリサがクソ男を殺したのは間違いないだろう。
ただ、どうやったのか。なんの武器を使ったのか。その一切が分からなかった。
もちろんこんな動き、今までの狩りや討伐依頼の時にも見たことはない。
そしてオレは男とアリサの会話から、アリサがこの襲撃を手配した可能性を考えている。
もしアリサがオレを裏切っているのなら、戦うしかない。
でも、オレにアリサを殺せるか? いや、そもそもさっきの動きが見えなかった以上、オレが一方的に殺される可能性の方が高い。
オレはゆっくりと近づいてくるアリサを見ながら身構えた。
体の震えを無理矢理に静まらせて、アリサの目を見つめる。
今までの日々が脳裏に流れていく。
オレが一歩も動けない間に、アリサが目の前に到着する。
それでもアリサは歩みを止めない。
そしてひたすらに接近し続けてくる。
額と額が触れ合い、やっとアリサは歩みを止めた。
――近い、近すぎる!
オレの顔にアリサの吐息がかかる。
その吐息は甘い香りがして、オレは息を吸うだけしかできなくなってしまう。
一瞬前のドキドキとは違う種のドキドキを感じながら、オレは動けないままアリサがどうするつもりなのか待ち続ける。
オレの肺が空気を排出させろと抗議する中、アリサが口を開く。
「ねぇ、ロビンはアタシが世界を敵に回しても横に居てくれる?」
オレは質問の意味を理解できずに考える。
世界が敵? 謎かけだろうか。それとも何か事件を起こすつもりなのか? 今の村の襲撃者との事で不安になっているだけか? 考えてもわからない。
視線を感じ、アリサを見る。目が合う。理解する。
アリサの目は縋るような、突き放すような、複雑な感情を湛えている様に見えた。
だからオレは答える。
意味なんてわからなくてもいい。
オレは――――。
「オレは――――」




