ハーミッシュ村・3
男は、少し間をあけて|二つ目の道(選択肢)を提示する。
「そこにいるアリサちゃんと一緒に、破壊した建物を修復する。これが二つ目の道だ」
こんなの二択じゃない。修復しなければ殺すって言われているのと同じだ。
でも元々、破壊してしまった建物は直そうと思っていたし、別にこの提案を断る理由はない。
オレは横目でアリサの様子を伺いながら、その|道(選択肢)を選ぶことを告げる。
「修復する道を選びます」
「よし、なら話は終わりだ。ただ……この村では魔法の使用は禁止だ」
「…………わかりました。」
魔法禁止を告げられてもオレの答えは変わらない。
オレの答えが変わらないことに老齢の男は満足げに頷き、左に居る熊の様な男に視線を送る。
老齢の男に視線を送られた熊男が立ち上がり、野太い声を発して宣言を行う。
「よし、じゃあコイツは俺が連れていくぞ」
熊男がオレに向かって手を伸ばしてくる。
どうやらオレはこの熊の様な男によって、修復作業へと連れて行かれるらしい。
だが、老齢の男を挟んで反対側に座っていた男が、熊男に突っかかる。
「ダメだ、ダメだ! そいつは危険だ! さっき私を殺そうとしたんだぞ!? それにそいつは魔法使いだ! なら、村の掟に従って死刑にするべきだろ!?」
オレはその声を聞いて、この男がさっきまで扉の向こうにいた人物だと確信する。
顔を見たことにより、さっきの怒りが再び甦ってオレの心を満たしていく。
――今すぐコイツを燃やしてやろうか。
オレの不穏な魔力の揺らぎに気づいたのか、アリサが小さくオレに向けて咳払いする。
その咳払いにより、オレは少し落ち着く。
怒りで魔力が漏れ出しそうになるのを抑え、オレはこの場の流れを見守る事にする。
怒りに任せて暴れるのは、今じゃない。
この場がオレの死を望む決定を下してからでも遅くないはずだ。
それに、ここにオレを連れてきたのはアリサだし、そのアリサは未だ無言で座り続けている。
それはつまり、オレにまだ何もするなと言っているのと同じだ。
だからオレはクソ男がわめき散らすのを静かに見続ける。
クソ男は、老齢の男と熊男に如何にオレが危険で凶暴な存在なのかを説いていく。
クソ男の御高説が続く中、アリサが小声でオレに話しかけてくる。
「アンタさぁ、あいつに殴られてくれない?」
「え?」
唐突な話にオレは思わず聞き返してしまう。
「オレが、アイツに、殴られるの?」
「うん、そう。思いっきりね!」
アリサは嬉しそうにそう言った。
オレはそのアリサの態度で、既に拒否権は存在しないことを知る。
思わずため息がこぼれてしまう。
オレのため息など聞こえていないクソ男が声高に宣言する。
「我らが敵の代表であるこの少年には、死を持って罪を償っていただきましょう!」
そのアホみたいな主張にオレは耐えきれずに吹き出してしまう。
オレの視線と態度に気づいたクソ男が机を乗り越え、近づいてくる。
クソ男がオレの胸ぐらを掴み、オレを持ち上げて顔をのぞき込みながら言う。
――臭い息が顔にかかる。
「何がおかしい?」
クソ男の声を無視するかのようにオレは無言のまま、クソ男の目を見つめ返してやる。
視線と視線が至近距離で交差し、オレの殺意が男へと入り込んでいく
ただそれだけで、クソ男はたじろいでしまう。
オレは止めを刺すように男にだけ聞こえる声で言ってやる。
「おまえにオレは殺せない。ビビり君」
オレの言葉にクソ男が激昂し、拳を振りかぶる。
胸ぐらを掴まれて空中に浮いた状態のオレにそれを回避する手段はない。
クソ男の拳が顔面を直撃し、オレは勢いよく吹っ飛ばされる。
わざと受け身をとらずに、床をバウンドしながら転がっていく。
背中が壁にぶつかり、体の回転が止まると同時に不自然では無い程度に頭を壁へと打ち付ける。
衝撃で視界が乱れ、オレはすぐに立ち上がれなくなってしまう。
そしてオレの側頭部から出血しているのを確認し、呻き声をだす。
――完璧だ。
「ロビン!」
アリサの声が聞こえる。
その声は本気でオレを心配しているように聞こえるが、オレはさっきのやりとりでそれが演技であることを知ってしまっていた。
オレには白々しく聞こえるが、ほかの三人にとっては違う風に聞こえているのだろう。
パニックを起こして泣き叫ぶように振る舞うアリサを見て三人の男たちはそれぞれが違う反応を見せる。
すぐに駆け寄ってきた熊男はアリサに指示を出しながらオレの頭の怪我の止血を開始したが、老齢の男は椅子に座ったまま呆然としていて役に立ちそうにはなく、クソ男に至っては自分の手を見ながら「俺じゃない」と繰り返しているだけだった。
オレの頭の血が止まり、落ち着きを取り戻した様に見えるアリサが老齢の男に向かって静かに言う。
「これって囚人虐待ですよね」
黙ったまま動こうとしない老齢の男、その代わりのつもりなのかクソ男が口を開く。
「ち、違う! 私は正義の鉄槌を下しただけだ!」
「ふ~ん、じゃあこの子のお姉さんに聞いてもいいんですか?」
「お、お姉さん? それが何だと言うんだ!」
「あれ? 言ってませんでしたっけ? この子、レギオンの町の騎士団長の弟なんです」
「なっ……」
その発言だけで男三人が息をのむのが分かった。
「魔力封じの首輪の付いた無抵抗な囚人を殴り飛ばす。それが正義なんですよね? じゃ、ちょっと聞いてこよっかな?」
アリサのふざけるようなテンションに、老齢の男が絞り出すような声で答える。
「それは、ダメだ。許可できない」
「あれ? そんな態度でいいんですか? あなたたちのとるべき|道(選択肢)は一つだと思うんですけど?」
「いいや、ここで君たちを消すという道も残っているのだよ」
老齢の男は笑いながら、アリサが言う道とは別の道を創り出す。
熊男とクソ男が体から闘気を放出して、戦闘態勢に入る。
子供二人と大人三人。だから勝てる、とでも思っているのだろうか。
確かに、オレたちを殺してしまえばこの件を知る人間は居なくなるだろう。
だけど、そんな道は無い。存在しないのだ。
アリサは戦いの構えすらとらずに、男たちの数倍の闘気を放つ。
アリサの放出する闘気によって、周囲の空気が歪んで見える。
相棒であるオレですら、恐怖を抱くほどの闘気が応接室の中に満ちていく。
そしてアリサが微笑み、その道が存在しないことを無言で示す。
道が無いことを理解したのか、老齢の男は床に額を擦らせて謝罪の言葉を口にする。
オレは立ち上がり、村長の側へと近づいていく。
ーー後は村長にオレが「許す」と伝えて終わりだ。
ただ、その光景をクソ男は受け入れない。
「村長! 何をしているんですか! やりましょう! 私ならコイツ等をやれま――」
話の途中だったようだが、ムカついたからぶん殴ってやった。
クソ男はオレの一撃で気を失い、戦闘不能になる。弱い。
だけどこれで、二対二。人数でなら対等だ。
オレは熊男に戦闘の意志があるのか確認する。
「どうする?」
「いや、俺に戦う気はねぇ。俺は村長に従うぜ」
オレはアリサを見る。
アリサが言う。
「貴方たちには二つの道があるわ。どちらを選ぶかは貴方たち次第だけど……」
アリサは少し間を開けて、ニヤケた顔で再び口を開く。
「片方は囚人虐待の罪で死刑の道だね。もう一つの道は――」




