第三話 親VS竜
門の方から歩いてくる六つの人影。
僕らが探し求め、待っていた六人だ。
今朝見たときとは全く違う雰囲気と装備を身に纏っている。
「もー、お母さんちゃんとお昼までに帰ってきなさいって言ったのに!」
「アレンもよ! 何聞いてたの!」
「あれ~? うちのメグ達が居ないよ~?」
「お? そういえば俺のロビンも居ないぜ?」
「ん。シャロン、ユキ、いない」
「おい、シド。メグちゃん達はどうした」
近づいてきた父さんに聞かれ、僕は逃がした事を伝える。
アロンおじさんが肩からクソでっかい鞄をぶら下げて歩いてくる。
鞄は膨れ上がっているのに全く重さを感じさせない足取りだ。
アロンおじさんがアレンの肩に手を置き感慨深そうに喋り出す。
「いや~やっぱ青春いいわ~」
「フザケてる場合じゃないだろ。親父」
アレンがアロンおじさんに注意している。
アロンおじさんの横を、銀色に輝く鎧に身を包んだ父さんが歩いてきて僕の頭を撫でる。
「よく頑張ったな、あとは俺たちに任せてアレンと一緒に見てろ」
そういうと、両親達六人は僕らを守るように陣形を展開する。
男三人が前にでて、その後ろにお揃いの黒いローブに身を包んだ女三人が並ぶ。
僕とアレンはさらにその後ろだ。
竜の咆哮が響き、それが合図であったかのように戦闘が始まる。
父さんが黒い刀の様な剣を抜き、竜へと走る。
竜から火球が吐き出されるが父さんはそれを姿勢を低くし回避、加速して竜へと迫る。
「その程度で俺を止めれると思うなよ!」
どんどん速度を上げ竜へと接近していく。
父さんが回避した火球が僕らへと飛んでくる。
火球の射線上にダンおじさんが立ち、盾を構える。
まっすぐ飛んできた火球はダンおじさんの盾に当たり、消滅する。
「ん」
ダンおじさんがドヤ顔でこっちを見ている。なにか言ってあげるべきなんだろうか。
アロンおじさんが鞄から何かを取り出し、竜へと放り投げる。
「さーて、竜ちゃんこれはなにかな~?」
投げられた何かは激しい光と音を放ちながら竜の上を通過していく。
魔道具だろうか。
竜の意識がその何かに引き付けられ、父さんから視線が外れる。
父さんの黒刀が竜の首を叩き切る。
しかしその攻撃は赤い鱗を数枚砕いただけに終わってしまう。
竜が父さんへと意識を戻す。
喰らいつくために竜の口が大きく開かれ、父さんへと高速で迫る。
あぁ! 父さんが食われる!
そう思った。
でも竜の口は空を噛んだだけで、そこに父さんは居ない。
父さんは竜の周りを跳ね、高速で飛び回りながら、鱗を砕き、竜の身を切り裂いていく。
「なんだあの動き」
思わず独り言を口走ってしまう。
ワイヤーアクション? ワイヤーなんてこの世界で見たことは無いが。
それに父さんの背中や、体に紐の様なものは見えない。
目を凝らし続ける僕の隣で、アレンが説明してくれる。
「あれは操作魔法だ」
「そんな魔法聞いたことないんだけど」
「俺の母さんの独自魔法なんだ。使えるのは、母さんとミラだけだ」
「えっ? アレンは教えてもらわなかったの?」
「……俺も教えてもらったが、習得できなかった」
アレンが悔しそうに顔を歪ませる。
しまった。デリケートな問題に踏み込みすぎてしまったようだ。
これはまずい。
すぐに話題の変更が必要だ。
僕がどうしようか悩んでいると、父さんの声が響く。
「操作魔法の機動甘いよ! 腕鈍ったんじゃないの? ビビちゃん!」
僕らの前でビビおばさんが父さんに向けて両手を掲げているのが目に入る。
ビビおばさんの手の動きに合わせて、父さんの体が重力を無視した動きで、竜を翻弄する。
竜と父さんが戦いながらも、高度を上げ、空へと上っていく。
ビビおばさんが苦しそうな声をだす。
「ちょっとシン! あんた太ったでしょ! 重いのよ!」
「ドロシーの飯がうますぎるんだよ」
父さんが言い訳をしている。
母さんの声がする。
「あー、シン君が私のせいにするー」
母さんの発言に動揺したのか、父さんの体を竜の鉤爪が掠る。
鎧が紙きれの様に引き裂かれ、父さんの血が吹き出す。
ビビおばさんによって父さんが母さんの前に降ろされる。
母さんの詠唱が響き、母さんの手から白い光の玉が放出され、父さんに吸い込まれていく。
父さんの体から血の流出が止まる。
「あー……クソが! 痛いっつーの!」
竜の方をみるとアロンおじさんが鞄からいくつもの魔道具を取り出して竜を翻弄し、それでも翻弄しきれずに飛んでくる攻撃の中から危険な物だけをダンおじさんが防いでいる様だ。
「おーいシン! 治ったら早くきてくれー。 正直、つらいんだよーん」
「ん」
アロンおじさんの口振りからは全くそう思えないが……。
父さんが口元に小さく笑みを浮かべ、竜へと走り出す。
走りながら小さく跳ね、その体をビビおばさんが操作魔法で加速させながら竜へと飛ばす。
空中から竜へ高速の一撃。
竜の鱗ごとその身を大きく切り裂く。
竜の血が傷口から吹き出す。
竜の口から苦痛の叫びが鳴り響く。
その叫びに重なるように、メナおばさんの声が大きく聞こえる。
「――今ここにその力を示せ。《雷神の裁き》」
みんなが竜から慌てて距離を取る。
僕とアレンもそれぞれの母に腕をひかれてさらに後方へと下がる。
上空から極太の雷が轟音と共に竜へと降り注ぐ。
凄まじいまでの光と音。
地面と空気が激しく振動し視覚と聴覚が奪われる。
数瞬の後、光と音が収まり視覚と聴覚が戻る。
さっきまで竜の居た場所には大きなクレーターが出来ている。
クレーターの中心には黒こげになり体中から煙を上げ、ピクリとも動かない竜が居る。
死んだ……のか?
大人たちの会話を聞きながらも僕は竜を凝視し続ける。
「いや~やっぱメナちゃんの魔法は凄まじいね~」
「お前さっき俺ごと消そうとしてなかったか?」
「え~そんなことないよ~」
「ん」
竜が動いた……気がした。
僕はいつまでも腕を掴んだままの母さんに伝える。
「あ、あの、母さん! 竜、まだ生きてる!」
「そんなわけないでしょ、怖がり過ぎなのよ」
そう言われ、竜に視線を戻す。
竜はさっきまでと同じ体勢で体から煙を上げている。
あれ、やっぱり動いてない?
アレンが隣で僕を見てニヤニヤと笑っている。
ちょっと恥ずかしい。
僕は母さんの手から腕を外し、アレンに言ってやる。
「お母さんと仲良いんだね」
アレンは慌ててビビおばさんの手を振り払う。
ククク、僕を笑うからだ。
アレンが僕に何か言おうと口を開くが、そこにビビおばさんの声が被さる。
「お前――」
「ほら、アンタたちも父さん達の手伝いしてきな」
父さん達を見ると、動かない竜に向かって歩きだしていた。
なにをするんだろう。僕は母さんに聞いてみる。
「手伝いって?」
「いまからあの竜の解体するのよ。
討伐報告に頭持っていかなきゃいけないし、竜の素材は高く売れるからね」
なるほど。
それにしても、倒してすぐに解体とか某狩りゲーみたいだ。
僕は内心わくわくしながら、アレンと一緒に走って父さん達をおいかける。
父さん達と一緒にクレーターの真ん中で倒れている竜に近づく。
間近で見るとやっぱりすごくでかい。
所々、鱗が焦げて肉から煙が上がっている。
メナおばさんの魔法の威力の高さにビビる。
僕はメナおばさんは怒らせないようにしようと心に誓う。
「よ~し、じゃあお前等は綺麗な鱗を剥がしてくれ」
アロンおじさんの指示に従って、綺麗な鱗を探し、引き剥がしていく。
でも、割れていたり、黒こげだったりでなかなか見つからない。
数枚剥がし、ポケットに入れる。
竜の頭の方では、父さんとダンおじさんが笑いあっている。
「よし、お前等。今からコイツの首ぶった切るぞ」
「ん」
僕らは頭の方へ集まり、その瞬間を見守る。
前世的感覚ではかなりグロテスクな光景だが、さっきまでこの竜に殺されかけていた僕としては、頭が落とされる瞬間を見て安心したい。
父さんが黒刀を振りかぶる。
竜の首を切断しようと、父さんが黒刀を振り降ろした刹那、竜の目が大きく開き、その巨体が再び動き出す。
父さんが竜の首によって吹き飛ばされるのが見えた。
竜の首は切れていない。
竜はそのまま首を振り回し、僕らを弾き飛ばす。
弾き飛ばされる寸前、ダンおじさんがカバーしてくれたおかげで飛ばされただけでどこも怪我はしていない。
すばやく立ち上がり、周りを確認する。
アレンもアロンおじさんに庇ってもらったようで大丈夫そうだ。
父さんは少し離れた所で既に立ち上がり、黒刀を構えている。
母さん達の声が後ろから聞こえる。
「まだ生きて――」
「早く下がっ――」
「もう一回、詠唱――」
母さん達の声は竜の咆哮で遮られる。
咆哮と同時に竜が翼を広げ、大きく立ち上がる。
竜鱗がバラバラと音を立てて落ちる。
竜の体の色が変わっていく。
焦げた赤色の竜鱗がすべて剥がれ落ち、その内側から真紅の鮮やかな竜鱗が現れる。
父さんの焦った声が響く。
「おいおい、赤竜じゃなくて紅竜だったのかよ」
僕とアレンはアロンおじさんの指示で母さん達の後ろまで下がる。
既にメナおばさんの詠唱が響き始めている。
ビビおばさんの両手は掲げられ、父さんが宙を飛び、竜と戦闘を開始する。
紅竜の攻撃は凄まじく、さっきまでとは比べものにならない速度で父さんを追いつめる。
ビビおばさんの必死の操作魔法でもって、なんとか紅竜の鉤爪や牙を回避している様な状況だ。
黒刀と鉤爪が交差し、一撃切り合うごとに父さんの体から血しぶきが舞う。
母さんの手から、宙を飛ぶ父さんに白い光がいくつも飛び、血が舞う度にその傷を癒しているが父さんの体に疲労が蓄積されていくのが離れていてもわかる。
紅竜が父さんと切り合いながらも、隙を見ては火球を放つ。
しかしなんとかアロンおじさんの魔道具によって火球の放つ方向はコントロールされ、僕らに飛んでこない。
少し離れた所に落ちた火球が爆発し、小さなクレーターができる。
うおぉ、やべぇ。
ビビおばさんが苦しそうな声をだし、父さんが地面へと降ろされる。
ビビおばさんの顔色は真っ青だ。
地面に降りた父さんは走り出す。
しかし、そんな父さんへ向け、紅竜が火球を放つ。
ダンおじさんが火球と父さんの間に入り、盾で火球を防ぐ。
しかし防がれた火球はすぐに消滅せず、盾の表面を少し溶かしてから消える。
紅竜が少し嗤った様に見えた。
続けていくつもの火球が放たれ、ダンおじさんの持つ盾がどんどん溶けていく。
まずい。このまま火球を受け続けたらどうなるかなんて僕でもわかる。
父さんの声が大きく響く。
「全員撤退だ! バラバラでもいい! すぐに逃げろ! 殿は俺とダンでやる! アロン、皆を頼んだぞ」
父さんとダンおじさんが紅竜に向かって突撃する。
飛んでくる火球を回避して、紅竜へと接近。
振るわれた鉤爪をダンおじさんが小さくなってしまった盾で受け止め、その影から飛び出した父さんの黒刀が紅竜の右目に突き刺さる。
「いけぇぇぇぇ!」
父さんのその声を合図に僕は走り出す。
メナおばさんの詠唱の声が聞こえる。
「――今ここに事象化せよ。《泥沼》《暴風》」
メナおばさんの魔法が発動する。
暴れる紅竜の足下がぬかるみ、その巨体が沈み始める。
紅竜は抜け出そうともがき、翼を広げるが吹き荒れる風により、飛ぶことができないようだ。
その様子を確認し、門とは反対、メグ達が逃げていった方向、町へと向けて全力で走る。
後ろからは凄まじいまでの怒りの咆哮が聞こえてくる。