竜・4
少し小高い丘に生えた一本の大木、その木の横に立つ僕の頬を、風が撫でていく。
風に誘われるように視線を落とすと、そこには僕の住む町があって、そこから聞こえてくる人々の喧噪は普段の物とは少し違い、それが僕に、紅竜の死が現実の出来事だったんだと告げてくれる。
僕は視線を戻し、目の前にある木に手を添え、ここに来るまでに見た町の様子に思いを馳せる。
紅竜による襲撃と龍神教信者の暴徒化。
その結果として、町の施設のほとんどは破壊されてしまい、瓦礫と化した。
当然、町に住む人々にも被害は出たし、その被害は恐らく少なくない。
町の中心に近い場所では、未だに火がくすぶっているのか煙が上がっていたし、南側に至っては無傷の建物はほとんど存在していないようだった。
それなのにそこに住まう人々は僕を見かけると、口々に感謝の言葉をかけてくれる。
僕は住民の為に紅竜を殺した訳じゃないし、住民を守るために戦った訳じゃない。
だから僕はそんな感謝の言葉の数々を、むずがゆい気持ちとともに、苦笑いで受け取っていく。
そして人々が忙しそうに町の復興作業に取りかかっていく中、僕はそんな感謝の言葉の波に耐えきれず、逃げてきたのだ。
木に手を添えたまま、一度深呼吸する。
僕の頭の中に紅竜を倒した瞬間の光景が浮かぶ。
そして続く疑問。
紅竜を倒したときに見たアレンは本物だったのか。
あのあと気がついたらアレンは居なくなっていた。
いや、そもそも初めから居なかったのかもしれない。
あの場に居たミラ達に訊いてみても、誰もアレンを見ては居なかった。
だから本当は居なかったのかもしれない。
でもあの時、僕の剣はあのままじゃ届かなかったはずだし、なにより僕はアレンを見たんだ。
だから――。
強い風が吹いて、僕のネックレスが揺れる。
「肩の力抜けって言っただろ?」
風の音に混じってアレンの声が聞こえた気がした。
そして僕は唐突に理解する。
アレンは居たし、居なかった。
僕がアレンと一緒に紅竜を討ったのは事実だし、皆が見ていないのも事実だ。
だからどっちでもいいんだ。
信じたいことを信じた方が幸せだ。
だから僕は自分の復讐の為に紅竜を殺しただけで、市民の為に紅竜を殺した訳じゃないけれど、皆がそう思ってくれているならそれでいい。
僕は大木に別れを告げ、町へと降りていく。
今度はもう少しうまく笑えそうだ。




