操作魔法・5
充填が終わったのか、ゲイルが動く。
槍を僕に向け、その先端から稲妻を発生させる。
稲妻が不規則な軌道を描き、僕の身を焼こうと迫ってくる。
――だけどっ、それは読んでいる。
全身を覆う様に発生させた《斥力》で稲妻を防ぎつつ、右側から回り込む様に接近していく。
稲妻が、ゲイルの槍の動きにあわせて僕を追いかけてくる。
――それならっ。
地を蹴る足。そのタイミングに合わせ、地面に対し《斥力》を使用する。
《斥力》によって僕の体が加速し、稲妻を振り切る。
着地する足。そのタイミングに合わせ、地面に対し《斥力》を、ゲイルに《引力》を、同時に使って方向を変え、その加速した速度のままゲイルに向かって大盾で体当たりする。
ゲイルは僕の体当たりをもろに受け、槍を手放し、吹っ飛んでいく。
ゲイルが槍を手放すと同時に、その先端から放出され続けていた稲妻が消える。
僕は起きあがるゲイルに向け、吠える。
「僕はぁ! 死ねないんですよ! アイツを殺すまでは!」
鼻水と涙が出る。
鼻水と涙を流しながら叫ぶなんて、子供か。
格好悪いこと、このうえない。
でも、溢れだした僕の感情は止まらない。
僕は鼻水と涙を流しながら叫び続ける。
「だから、僕は……僕は強くならなきゃいけないんだ!」
《引力》と《斥力》を使い、一瞬でゲイルの前まで接近。
剣を振るう。
――これで終わりだ。
ゲイルの腕が動くのが見える。
無駄だ。
僕の剣は《引力》によって加速している。
腕でガードしたところで、その腕を切り落とすだろう。
だけど衝撃が走り、僕の剣の軌道が上へと逸れる。
えっ? なにが起きた?
いや、見えていた。
それでも……それでも脳が理解するのを拒否する。
脳に理解させる為に今、目の前で起きたことを整理しよう。
ゲイルは、高速で迫る剣の腹を殴った。
回避や防御ではなく、攻撃で僕の攻撃を防いだのだ。
……偶然だ。偶然に決まってる。
ちょうど、剣を逸らされた姿勢は、上段に構えたような形になっている。
僕はそのまま、再び《引力》を使い、剣を振り下ろす。
剣が止まる。
致死防御障壁? 違う。
ゲイルに摘まれたからだ。
僕の剣はゲイルの親指と人差し指の二本で摘まれて止まっている。
動かそうと力を入れてもビクともしない。
《引力》や《斥力》でも動かない。
ゲイルが僕に告げる。
「お前じゃ、一生修行しても竜は倒せねーよ」
反論しようと口を開く僕に、ゲイルの蹴りが飛んでくる。
その衝撃の強さに意識が一瞬飛び、地面を転がる痛みで意識が戻る。
素早く立ち上がり、両手を握り、拳を目の前で構えて追撃に備える。
備える……が、なんだこの痛み。
骨の何本かは折れた気がする。
両手が動くかどうか、確認する。
そして気づく。
僕は両手になにも持っていない。
大盾は近くに転がっているし、剣はゲイルの二本の指に摘まれたままだ。
「三年も修行して何を学んだんだ、お前は」
ゲイルは言いながら、僕の剣をゴミのように投げ捨てる。
その行為にムカつき、睨む。
睨む僕に向かって、ゲイルが露骨に挑発してくる。
「あ? どうした? かかって来いよ。ほら、ほら」
両手を広げ、隙だらけで挑発し続けるゲイルに向かって僕は走り出す。
そこまで舐められて良いわけがない。
絶対にぶん殴ってやる。
走りながら《引力》と《斥力》を展開し、加速。
勢いを乗せた右拳で殴りつける。
ゲイルの左頬にめり込んだ拳がそのままゲイルを吹っ飛ばす。
「僕は、絶対に、あのクソったれな竜を殺す」
ゲイルが立ち上がり、言う。
「だ、か、ら、“今の”お前じゃ無理だって」
どういうことだ?
だから修行してるんだろ?
ゲイルはバカなんだろうか。
僕の表情を見たゲイルがため息を吐く。
「はぁ~……、お前ってなんでそんなにバカなのかねぇ……」
「どういうことだよ、確かに“今の”僕じゃ竜は倒せないと思う。だから修行して強くなろうとしてるんだろ?」
「力の問題じゃねーんだよ。考え方の問題だ」
「考え方? どういうことだ」
「お前は人に教えて貰わないと何もできないのか? いいか? それを考えるのも修行なんだよ!」
ゲイルが走ってくる。殴る気だ。僕は腕を上げ、防御の姿勢をとる。
左手を顔の前、右手を胸の前で構え、半身になってゲイルを待ちかまえる。
だが、近づいてきたゲイルがいきなり消える。
否、消えたんじゃない。
高速のステップで僕の右側に回り込んだだけだ。
振るわれるゲイルの拳を回避できずに、無防備な右側頭部を殴られる。
何とか踏ん張り、左の拳で殴り返す。
ゲイルの右頬に拳が刺さり、歯の感触が伝わってくる。
もっとだ、もっと力を込めて殴らないと勝てない。
僕の左拳を耐えたゲイルが、右拳を振りあげるのが見える。
僕は歯を食いしばり、衝撃に備える。
が、そもそも素直に受けてやる必要は無いことに気づき、僕の右拳とゲイルの右拳を《引力》で接続する。
ゲイルの右拳に反応し、僕の右拳が動く。
ゲイルの右拳と僕の右拳がぶつかる。
ぶつかった瞬間、拳が砕けた様な痛みが走るが、拳は砕けずに、ゲイルの拳を止めていた。
僕が拳で受け止めたことに、ゲイルが驚愕の表情を浮かべ、口を開く。
「ほぉ……コレを止めれるのか。……でも、一発だけじゃ無いんだぜぇ!」
そう言って、ゲイルが右拳と左拳を乱打してくる。
僕は右拳と左拳をそれぞれ《引力》で接続し、受け止めていく。
受け止める……けど、拳がぶつかるとすごく痛いから、拳が反応した瞬間に《斥力》を発動させ、弾いている。
何十発と拳の乱打が行われ、僕はそのすべてを弾く。
正直、疲れてきた。
僕の能力の発動には魔力ではなく体力を消費する。
早いところ、勝負を決めてしまわないと、倒れそうだ。
ゲイルが僕に拳を振るいながら喋りかけてくる。
その声は辛そうで、僕は僕だけが、しんどいんじゃなくて、ゲイルもしんどいんだと理解する。
「ま、つまりだな」
「なんですか」
「俺が言いたいのは」
「言いたいのは?」
「英雄気取りは止めろってことだよ!」
言い終わると同時に、今までに無い強さの一撃。
思わず、僕も《斥力》を強くしてしまい、僕の体勢が崩れる。
体勢が崩れた所に、ゲイルの蹴り。
足は接続していない。
回避は……間に合わない。
僕の鳩尾にゲイルの蹴りが刺さり、僕の体がくの字に強制的に曲げられる。
地面に倒れ、胃の中に入っていた内容物をぶちまけてしまう。
……限界だ。
もう体力が持たない。
起き上がり、口の端を手の甲で拭う。
ゲイルとは少し距離が開いた。
――次の一撃で決める。
決意し、ゲイルをしっかりと睨む。
僕の視線とゲイルの視線が交差する。
「いいねぇ、その目。でも、戦いでその目はダメだな」
僕はゲイルが話している間に走り出している。
振りかぶる右拳に全力を込め、放つ。
ゲイルも同じように右拳を僕に放ってくる。
お互いの拳が当たる直前、僕の目の前で光が輝き、視界が白に染まった。
白に染まり、見えなくなったが右拳にはゲイルの頬の感触がある。
僕の体にはゲイルの拳が届いていない。
これが意味することは一つ。
……僕とゲイルの戦いは終わった。




