操作魔法・2
団長室の扉をノックし、所属と目的を告げる。
「特務隊所属のシド。昨日の任務報告へ参りました」
本来ならばもう少し形式ばった挨拶なりなんなりが必要なのだろうが、僕はこれでOKになっている。
ミラ曰く「めんどくさい」とのことだ。
扉の向こうから返事が返ってきたのを確認し、入る。
よかった、今日は居るようだ。
ミラは両手を組んで椅子に座っていた。
背後の窓から差し込む朝日を受けた魔導義手が妖しく光りを反射する。
昨日はその魔導義手の調整に行っているとの事で、報告ができなかった。
できれば、調整など行かずにずっとこの部屋で待機していてほしい。
任務にも行かず、戦闘にも行かない。
そうすれば、僕が大事な人を失うリスクが減るのに。
僕のそんな思いを全く知らないであろうミラが静かな声で話し出す。
「ゲイルから話は聞いた。だがお前からの報告も必要だろう。話せ」
ゲイルさんが報告に来たの?
驚く僕に部屋の隅、書類の山の向こうからゲイルさんの声が聞こえる。
「早い方がいいかと思って、報告しといてやったぜー」
なるほど。
そうして、捕まって、今は書類整理させられているのか……。
僕は見慣れた光景に若干呆れながらも、昨日の朝、ミラから受けた“任務”の報告を始める。
「昨日の任務、『目隠しをしたまま能力だけで有角蠅を倒す』ですが、滞り無く終了しました」
「ほぅ、時間はどうだった? 壁の崩落前にやれたのか?」
「はい、そうです。倒した後、目隠しを外したところで崩落が起きました」
「なるほど、合格だ。それで角蠅王と遭遇したのか」
「はい、崩落した壁の向こうに居たロビンとその相棒アリサの二人を追ってきた有角蠅の群れを討伐後、角蠅王が出現したため、これを撃破しました」
「よし、わかった。それじゃあ今日の任務だが……」
考えこむミラ。
その姿は凛々しく、美しい。
今ならアレンが惚れた理由もわかる気がする。
見とれる僕の肩を、いつの間にか書類の山から出てきたゲイルさんが叩く。
「あのなぁ、俺から一ついいか?」
「なんですか?」
「お前、ちょっと最近浮かれてないか?」
「そんなことないです」
浮かれてる? 僕が?
そんなことはない。
僕は僕の村を破壊し両親を、親友を殺した竜を殺すために努力し続けている。
この特務隊だってそうだ。
ミラが僕を修行させ、なおかつ給料を出すために捻りだした案だ。
だから僕は頑張り続けているし、浮かれてなんていない。
「だったらなんで、角蠅王が出たときすぐに撤退しなかった? お前なら撤退できただろ? 英雄にでもなりたかったか?」
「違います。撤退は無理でした。だから討伐しました」
「幼い子供を魔力枯渇まで追い込んでか」
「それは、僕の指示じゃないです。僕にはもっと安全に倒すプランがありました」
「じゃあアイツが魔力枯渇引き起こす前に何でしなかったんだよ!」
あ、まずい。ゲイルさんが怒ってる。
でも、そんな事を言われても、あの時の僕にはできなかったし、ロビンだって勝手にやったのだ。
それが僕の責任だ! なんて言うのはおかしいと思う。
そして、後からタラレバを語るなんて誰でもできる。
「じゃあゲイルさんだったら撤退できたって言うんですか?」
「は? 当たり前だろーが」
あぁ、そうだった。この人は僕の知る限り――特務隊所属になってからの三年間――直接の指揮下で誰一人として死者を出していない。
つまり、撤退するのが上手いということだ。
でも、それがどうした。
僕の心はイライラの炎で揺れていて、もう収まりがつかない。
「安全ばっかり追求してるから、皆にチキンだって言われるんですよ!」
これは真実だ。
兵の皆はゲイルさんの事を陰で呼ぶときにはチキンと言っている。
臆病者ゲイル。
それが裏の呼び名なのだ。
だけど、まずい。
言い過ぎだ。僕は言い過ぎた。
「おい、てめぇ。表に出ろ。お前の英雄願望なんて俺が叩き折ってやる」
完全に切れてらっしゃる……。まずい。
助けを求めてミラの方を見る。
微笑を浮かべ、僕に向かって口を開く。
「よし、今日の“任務”はゲイルとの模擬戦だ。決定!」




