ロビン・8
ベッドで目を覚ます。
ここは、どこだろう。
寝ころんだまま、周りを見渡す。
騎士団の兵舎の医務室だろうか。
懐かしい。
魔法の練習を始めた頃はよく倒れて運ばれてきた。
いつぶりだろう。
そんなことを思っているといつのまにか、上にゲイルさんの顔があった。
「よぉ、気分はどうだ?」
気分……最悪?
魔力枯渇で倒れたから最悪に決まってるじゃないですか。
そう言おうとして気づく。
普通に寝て、起きたときと変わりない。
何故だ?
体を起こし、確認する。
……普通だ。
「……普通です」
「まっ、そうだろうな」
ゲイルさんはそう言ってくくくと笑う。
何がおかしいんだろうか。
「お前を連れてきた時のシドの顔、見せてやりたかったぜ」
シド?
なんで、あいつが?
あぁそうか、あいつもいたもんな。
あれ、アリサは? アリサはどうした!?
「アリサは? アリサは無事ですか!?」
オレの問いにゲイルさんが暗い表情をする。
「残念だが……」
そんな……。そんな馬鹿な……。
最悪の想像がオレの頭の中に充満していく。
「残念だが、あの子は」
最悪の想像。
オレは助けられなかったのだろうか。
「あの子は、お前が起きるまでしばらくかかるだろうから、工房に行ってくると言って出ていったぞ」
え?
あ、そうなの?
オレ、心配して損しちゃったよ。
体に異常が無いことを確認してベッドから出る。
礼を言って出ていこうとするオレにゲイルさんが言う。
「あのさ、言っとくけど、お前の魔力な、緊急補充してくれたのシドだからな。ちゃんと礼ぐらい言っとけよ」
「……別に頼んだ訳じゃない」
ゲイルさんが背後で何か言おうとしていたのがわかったけど無視して部屋を出る。
小走りに兵舎を後にして工房へと向かう事にする。
一応目覚めたことをアリサに伝えておこうと思ったのだ。
兵舎の外へ出ると、空は赤くなっていて夕方だった。
意識を失ってからそんなに寝ていたわけではなさそうだ。
工房への道を歩きだしてすぐアリサが歩いてくるのが見えた。
「おー! ロビンじゃーん! おはよー」
手を振りながらアリサが走ってくる。
「もう起きて大丈夫なの?」
「うん、アリサこそ大丈夫?」
確か頭を怪我していたはずだ。
アリサは頭を触りながら言う。
「ん? あぁもう大丈夫! 治癒魔法一発で直ったよ」
よかった。
頭を触っているその手に新しい手甲がつけられているのが見えて思わず聞いてしまう。
「それ、どうしたの?」
「あ、これ? 聞いてくれる? あの手甲の刃すぐ折れたでしょ? だから――」
アリサの武器の話が延々と続き、オレたちはオレの家へと着いてしまう。
別に家に向かって歩いていた訳ではないんだけど、話を聞かされながら無意識に歩いていたら家に着いた、そんな感じだ。
ちなみに、アリサの話はまだ続いている。
どうしよう……。
話を切り上げて家にはいるか、このまま話の終わりまで聞いているか。
悩んでいると、オレたちの横をシドが通る。
アリサが武器の話を止め、シドに話しかける。
「あ、お兄さん!」
「ん? あぁ、ロビンとそのお友達だっけ?」
「アリサです! それと友達じゃなくて相棒です。相棒!」
「あ、あぁそうだったね。こんばんは、かな? 家の前でなにしてるの? 家入ったら?」
シドの提案にアリサは「いいんですか!?」などと言って喜んでいる。
おいおい、マジかよ。
オレ、仕事とプライベートは分けたいタイプなんだけど。
オレの希望やライフスタイルは無視され、シドが家の中へと消えていく。
アリサに「早く、入るよ」と言われ、仕方なしにオレも家へと入る。
オレの近くにきたアリサが小声で言う。
「あんたちゃんとお兄さんにお礼言えないでしょ? あたしが手伝ってあげる」
「……別に言う気ないしいいよ」
オレの答えアリサが大声で怒る。
「はぁぁああ? あんた自分の命助けてもらっといてお礼も言えないわけ? それってかなりダサいよ?」
「別に助けてくれとか言ってないし、アイツが勝手にした事になんでオレがお礼言わなきゃ行けないんだよ!」
「……はぁ、もういいわ。あんたって、ほんっとに馬鹿なのね」
なにがだ。
なんでみんなからそんなこと言われなきゃいけないんだ。
オレは間違ってないはずだ。
……でも本当にそうだろうか。
みんながそう言うってことはオレが間違ってるんじゃないだろうか。
でも多数が間違える時もあるし……。
オレが考えているとアリサが再び口を開く。
「アタシはあんたに助けてもらっ嬉しかったよ。ありがとう」
それを聞いてオレの胸になにか不思議な感覚が広がる。
アリサが続ける。
「別にアタシはあんたに助けてって言った訳じゃない。それでもアタシはあんたに感謝してる」
オレは理解する。
いや、理解なんてしていない。
でも、シドに礼を言う必要があることは何となくわかった。
ゲイルさんにも明日謝りにいこう。
「ありがとうアリサ。オレにもわかった」
アリサは満足げに頷いて、オレの手をとって家に入る。
家の中に入ったオレたちを待っていたのは、食卓に並べられたたくさんの料理だ。
大きな鍋でスープを作りながら、メグ姉ちゃんがアリサに訊く。
「あなたも食べていく?」
「え、いいんですか!?」
「もちろんだよー。好きなところに座ってねー」
アリサはオレの隣に座るようで、オレに席を聞いてきた。
適当に答えてやると、オレと腕を組んで引っ張ってくる。
その様子を見ていたシャロンが、手に持っていた皿を落としてしまう。
なんだ?
「か、彼女?」
シャロンが震える声で訊いてくるけど、そんなわけないだろ……。
オレが否定すると「だ、だよねー」と言う。
わかってるなら初めから訊かないでほしい。
隣でアリサがむくれている。
「あのさぁ、ロビンは私のことどう思ってるわけ?」
「どうって、別に、相棒だと思ってるよ」
オレの返事を聞いたアリサがため息をつく。
なんか間違えただろうか。
近くに座ったユキが笑っている。
あいつは答えがわかったみたいだ。
後で聞いてみよう。
そうこうしているうちに料理が配膳され、全員が席に着く。
メグ姉ちゃん、シド、ユキ、シャロン、オレ、それからアリサを入れて六人での食事だ。
いただきますの挨拶の直後、アリサがオレに肘打ちしてくる。痛い。
「なんだよ」
「あんたいつになったらお兄さんに言うの?」
「……後で言う」
「どう考えても今言うべきよ」
まじで?
なんか嫌だ。あとでそっと言う方が楽そうだ。
だけどアリサが大声で宣言してしまう。
「ロビン君からお兄さんにお話がありまーす」
アリサ以外の全員の注目がオレに集まる。
……言うしかない……よな?
アリサを見るとウインクしてきやがった。
しょうがない。
覚悟を決めてオレは言う。
「助かった、ありがとう」
オレの一言に全員の動きが止まり、再び動き出す。
シドは目頭を押さえて俯き、メグ姉ちゃんはシドの頭をなでている。
シャロンは持っていたフォークを落とし、ユキは代わりのフォークを取りに行った。
おいおい、なんなんだよ。
アリサもみんなのあまりの驚きように苦笑いしている。
「ロビンの家族ってなんかいいね」
アリサの言葉を聞きながら、楽しく食べた飯の味はなんだか照れくさい味だった。




