第一話 成人の日
閉められたカーテンの隙間から朝日がまぶしく差し込んでくる父の部屋。
僕と父は向かい合っている。
夏の暑さのせいか、今この場を満たす緊張感のせいか、僕の背中を汗が伝う。
僕は美しい牡丹の模様が装飾された鞘を左手に握り、右手で鞘から剣を一気に引き抜いた。
綺麗な音を微かに鳴らしながら目の前に銀色に輝く細身の刀身が現れる。
父が僕に告げる。
「お前も今日で十八だ。これからは子供ではなく成人として恥ずかしくない様に生きろ」
僕は静かに頷き、剣を鞘に納めると父の部屋を後にする。
階段を下りながら、思わず口角があがってしまうのを我慢できない。普段とても厳しい父から剣を貰ったのだ。これで僕ももう一人前だ。変な笑いが出る。ぐふふ。
それにしても僕がこの世界に来てもう十八年か。
トラックにひかれて死んだあの瞬間が思い出される。
転生したんだと理解した直後はチートやハーレムの薔薇色人生に期待が膨らんだ。
だけど僕のこの体に特殊な能力なんてなかったし、ただの高校生だった僕は特別な知識も持っていなかった、もちろんハーレムなんて起こらなかった。
僕が顔を引き締めなおしてからリビングに戻ると、三家族の大人達が慌ただしく部屋の中で暴れる三匹の魔物を巧みに操り、戦闘を繰り広げていた。
魔物の代表とでも言うべき年長のロビンが先頭を走り、それにシャロンとユキが続く。
走り回る三人をダンおじさんがその巨体でブロックし、
部屋から出てきた僕の父さんが「遊ぶか?」と言葉で攻撃する。
魔物達は厳つい父さんの顔にビビったのか絶叫し、
反転して今度は飾り付けをしているメナおばさんの元へ、突撃を開始する。
しかしその道中、アロンおじさんが色とりどりの紙で魔物達の心を誘惑すると魔物達は簡単に釣られてしまう。
そのまま机へと誘導された三匹の哀れな魔物達はビビおばさんの「今度走り回ったら追い出すよ!」の魔法の言葉に止めを刺され、大人しくなった。
子供たちに絶叫されたのがショックだったのか、父さんは部屋の隅で母さんに慰められている。
部屋に静寂が戻る。
僕がリビングで目にした光景は簡単に言うと、皆が部屋の飾り付けをしてくれているところだった。
三人の子供達は楽しそうに走り回り、叫び、飾りに色を塗っている。
いつもは静かなこの家に、今日は何人もの人が集まっているせいかすごくうるさい。
けどみんな楽しそうだ。僕もみんなにつられて楽しい気分になってくる。
リビングに”シド君、アレン君、メグちゃん成人おめでとう”と書かれた飾りが掲げられ、準備はとりあえずの終わりを迎える。
僕が父の部屋から戻って来たのに気づいたアレンが少し長い金髪をかきあげながら僕に近づいてくる。
「今から俺と勝負しにいかないか?
で、俺が勝ったらお前にはメグに告白して貰う。
もう、いい加減にお前等のもどかしい感じは見飽きた。
俺たちももう成人だし、そろそろはっきりさせるんだな。
お前だってメグの気持ちはわかってるんだろ?
よし、じゃあちゃんと告白しろよ。なっ!」
「なんだよそれ! じゃあ僕が勝ったらお前はミラ姉ちゃんに――」
僕の返事を遮って、アレンは大人達に「ちょっと出かけてくる」と大きな声で告げる。
大人達の中からアレンのお母さんが出てきて、笑いながら「じゃあこの子達、年少組も連れていってあげて」なんて言って魔物三人を僕らに押しつけようとする。
元気で騒々しいアレンの弟と、大人しいメグの姉弟がアレンの母と僕の母に促されて前に出てきた。
子供達は出かけるとわかって大はしゃぎだ。
僕とアレンは仕方なく子供達に外に出るように言う。
メグの姉弟は素直に靴を履いて外に出てくれたが、アレンの弟のロビンがなにやらグズっている。
僕はメグの姉弟と一緒にアレン兄弟の様子を見守る。
「兄ちゃんたちどこいくの?」
「秘密だ」
「兄ちゃん、僕おなかすいたー」
「我慢しろ」
「のどかわいたよー」
「じゃあ何か飲んでこい」
「靴はかせてー」
「それぐらい自分でやれ」
「僕まだ四歳だからできないよー」
「あーもう! 貸せ!」
「いい、自分でやる! ……ねぇねぇみぎあしってどっっち?」
「剣を持つ方が右で盾を持つ方が左だ」
「僕はママみたいに魔法使いになりたいから剣じゃなくて杖だもん」
「……じゃあ杖を持つほうが右だ」
「えっとね、杖もったことないからわかんない」
「こっちが右だ」
「やった! ちゃんと履けた!」
靴を履いて外に出るだけで、どっと疲れた様子のアレン。
笑いを堪えられず吹き出したら思いっきり睨まれた。
やっとの事で外に出た僕たちに僕の母から声がかけられる。
「お昼までにはミラちゃんも到着する予定だからそれまでにはもどってくるのよ。それと――」
僕は口うるさい母の言葉を適当に聞き流し、アレンと共に子供達を見失わないように気をつけながら村の外、森の中にある広場まで歩いて向かう。
途中で栗色の髪を風に靡かせながら全力で走るメグを見かけ、アレンが呼び止める。
「おーい、メグ。君の愛しい彼氏ならここにいるよーん」
「なっ! おいアレン! 僕たちはそんなんじゃないって」
メグは顔を真っ赤にしながら僕らの所に走ってくる。
「あ、あのコレ! 成人おめでとう!」
僕はメグから綺麗な布に包まれた小さな箱を押しつけられる。
僕がありがとうと伝え、箱を受けとる。
僕はアレンに促され、包みを開け箱の中身を取り出す。
中から出てきたのは赤い宝石のついたシンプルなネックレスだった。
メグは僕に渡したのと同じ様な箱をアレンにも渡す。
アレンも箱を開ける。箱の中には僕のと同じネックレスが入っていたようだ。
「ありがとう、メグ。まさか俺にもプレゼントがあるとは思わなかったぜ」
「三人一緒の年に成人になる記念にお揃いだよ、ほら」
そういってメグは胸元からネックレスを引っ張りだして見せてくれる。
ちらりとメグの鎖骨が見え、僕は自分の顔が赤くなるのを感じる。
僕はごまかすように後ろを向き、貰ったネックレスを付ける。
「ありがとう、メグ。すごく気に入ったよ」
「ううん、えっとね、あ、あのね、それ気に入ってくれたなら嬉しい……です」
アレンがニヤニヤして僕らを見ている。
「いやーあついねぇ。
そうだ、今から俺とシドで成人記念の勝負しに行くけどメグもついてくるか?
ちなみに勝負の後でシドからメグに大事な話があるってさ」
「え、大事な話?」
「そうそう、とーっても大事な話だぜ」
「おいアレンそれは僕がお前に負けたらって話だったはずだろ」
「細かいことは気にしない、気にしない」
ヒラヒラと手を振りながら先に歩いていくアレンを僕はメグと一緒に子供達を連れて追いかける。
子供達は、普段来ない村の端でしか目にしないものが珍しいのか、気になったものを指さしながら次々に質問してくる。
「ねぇねぇあの木の壁って何であるの?」
「村を悪い人や悪い魔物から守るためだよ」
「あ、それ俺知ってる! 城壁って言うんでしょ!」
「よく知ってるねー。えらい、えらい。」
「ねぇねぇ、あっちの塔みたいなのはなに?」
「ん? あぁあれはあそこから魔物や悪者を見張ってるんだ」
「上に居る人はなにしてるの?」
ロビンの質問にアレンがぶっきらぼうに答える。
「だから見張ってるんだよ」
「ふ~ん、あっちょうちょさんだー」
「どこどこ?」
「あのおはなのなまえなに?」
「お姉さんってシド君の彼女なの?」
「ねぇねぇお姉ちゃんもうちゅーしたの?」
「すきなのー?」
「ひゅーひゅー、もしかしてシドお兄ちゃんメグお姉ちゃんに告白するの?」
アレンが子供達に混ざってふざける。メグはまた顔を真っ赤にしている。
僕はアレンの鳩尾に拳を突き刺してやる。
アレンは「ごめんごめん」なんて言ってるが全然反省している様には見えない。
そうしてふざけたり喋ったりしながら歩き続け、目的の塀の場所に到着する。
建物の陰で、監視塔からはよく見なければ死角になっているはずだ。
塀の横には木箱が乱雑に置かれているだけで特に変わった所は無いように見える。
しかし僕とアレンが木箱を動かすと塀に空いた小さな隙間が現れる。
アレンと共に得意げな顔でメグと子供達を見るとメグは呆れたように僕とアレンを見ていた。
「秘密の通路だ」「秘密基地だ」と口々に騒ぎだす子供達に静かにするように言う。
塔の上の監視係に見つかったらすごくやっかいだ。
まずアレンと僕がくぐり抜け、子供達とメグを順番に通らせる。
メグは隙間をくぐり抜け、乱れた髪を手櫛で整える。
「へー、こんな抜け道あったんだね。知らなかったよ」
「僕とアレンだけの秘密だったからね」
「毎回、門からでてるとブト爺がうるさいからな」
そう言ってアレンがブトおじさんの真似をする。
「こらーまたお前達か! 村の外で遊んではいかーん」
「完成度高すぎだよ……。一瞬、本物のブト爺かと思った」
「さすがに何回も怒られたからな」
僕らは本物のブト爺がくる前に移動する。
子供達は悪いことをしている感じが嬉しいのかにやけ顔で静かに、そして素直についてくる。
森の中の少しだけ開けた場所、僕とアレンの秘密の広場に着くと、子供達とメグを適当な大きさの石で作った簡易な観客席に座らせる。
メグに父からもらった剣を預かってもらい、僕とアレンは近くの茂みの中に隠してあった木剣を手に取り、少し離れてから半身で向かい合う。
アレンの「よし、始めるか」の声で、さっきまでのふざけた空気はどこかへ飛んでいき僕とアレンの間に真剣な空気が流れる。
アレンと僕の距離はおよそ五メートル。
メグの前で醜態を晒すわけにはいかない。
僕はアレンの動きに集中する。
アレンも僕の動きに集中している様だ。
息を吸い込み、吐く。それすらも監視されているような気がして息苦しい。
アレンが動く。
右足で踏み込んで一気に距離を詰めてくる。
それに対し僕も踏み込みさらに距離を詰める。
アレンが僕の間合いに入った瞬間、素早く木剣を振るう。
アレンも木剣を振るってくる。
振るわれた木剣どうしがぶつかり、乾いた音が響く。
二度、三度と音が響き、僕らは再び距離を取る。
少し息が上がる。しかしそれを悟られないように複式呼吸でゆっくりと整える。
アレンは肩で息をしながら笑っている。
剣から片手を離し、僕に向かって手招きをして挑発してくる。
ほぅ、乗ってやろうじゃないか、僕は素早く頭の中でアレンを倒す方法をシミュレートし、どう攻略するか決める。
僕は一気にアレンに接近すると、アレンの頭めがけて木剣を振るう。
それは、アレンの木剣で防がれてしまうが、僕の狙いは別にある。
僕はひたすらアレンに襲いかかり木剣を振るい続ける。
アレンに反撃させないよう高速で何度も何度も木剣を振るう。
頭、胸元、足、首。複数の場所への高速攻撃。
アレンは少しずつ後退しながらそれらの攻撃を防ぐ。
しかし後退しつづけたアレンの背中には木が壁となり現れる。
アレンは驚いた顔を浮かべている。
ふふふ、チャーンス!
僕は思いっきり力を込めて木剣を横凪に振るう。
だが、アレンはニヤリと笑いその身を屈め、僕の横凪の一撃を躱す。
僕の木剣は木に当たり、木片を散らさせる。
僕は飛んでくる木片により一瞬、視界を奪われる。
目を開けたとき既にアレンの姿はない。
アレンは!? アレンはどこに行った?
僕の後方でアレンの荒い息と声がする。
「なかなか、やるじゃないか。今のはちょっと焦ったぜ。
でもな、お前はここぞって時に力込めすぎなんだよ。
どこに攻撃がくるかわかっちゃうから避けるのも簡単だぜ?
ここぞって時こそ、もうちょっと肩の力抜いてみ? ほら、な?」
「戦闘中に力抜いてどうするんだよ。僕は全力で戦う方が強いと思うけど……」
「しょうがない、じゃあ説明代わりに俺の必殺技を見せてやろう」
アレンはそう言うと両腕を下げ、戦いを諦めた様にも見える姿で僕と向かい合う。
正直、隙だらけに見える。
でも僕は必殺技という言葉と明らかに集中しているであろうアレンの目に動けなくなってしまう。
どうする、どうすればいい。僕にできることはなんだ。
木剣を握る手に自然と力が入る。
必殺技に警戒しながら僕はアレンとの距離をじわじわと詰める。
アレンが何をしてくるかわからないがそれでも行くしかない。
僕は覚悟を決め突撃する。
姿勢を低くし、一歩で距離を詰める。
全身をバネの様に使い、下から振りあげる一撃。
アレンに上半身を反らされ回避される。
まだだ。
上まで振りあげられた剣をそのまま逆に振りおろす。
しかしこれも回避されてしまう。
アレンは少し距離を取り僕に声高に宣言する。
「必殺! 全回避!」
必殺ってか避けてるだけじゃん! 僕は心の中で突っ込む。
必殺技の宣言を聞いて子供達が騒ぎだす。
「えー、必殺技だって」
「かっこいいー」
「二人ともガンバレー」
「お姉ちゃんはどっち応援してるの?」
「んー私はやっぱりシド君かな。あ、でもこれ秘密ね」
「わかったー。シドお兄ちゃんがんばれー」
「お姉ちゃんはシドお兄ちゃんの事好きなのー?」
「えっ、う、うん。好き……だよ」
「メグ姉ちゃんが応援してるってー」
「シドお兄ちゃんがんばれー」
「がんばれー」
僕は思わずアレンを睨む。
おいおいどうするんだよ、これ。全部聞こえちゃったよ。
僕達の間から真剣な空気が霧散していく。
アレンも苦笑いしてる。
でもここまで応援されたらなおのこと負けられない。
僕は顔と気持ちを切り替えてアレンを睨みつける。
アレンもそんな僕の雰囲気に答えるように真剣な顔に戻る。
いつの間にか太陽はほとんど真上に来ている。
恐らく次の攻防が最後だろう。
なら、いくしかない。僕は覚悟を決め、タイミングを見計らう。
アレンの呼吸を観察する。
吸う、吐く、吸う、吐く。
今だ! 僕は数歩分の距離を、一気に詰める。
木製の剣が空気を切り裂き、アレンの木剣を躱し、アレンの横腹へと吸い込まれていく。
「あー……くっそ!!!」
アレンは悔しさを言葉にして吐き出している。
それを慰めている弟が健気に見えて可愛い。
そんな光景を見ていると僕も少し弟が欲しくなる。
慰められて元気が出たのかアレンが立ち上がる。
「よし、少し休憩したら戻るか」
僕がアレンの言葉に同意し、メグの横に腰をおろす。
メグの姉弟は必殺技について詳しく聞きたいようでアレンの周りに群がっている。
メグは顔を赤らめ下を向いている。
僕は意を決し、訊いてみる。
「あ、あのさ、さっきの――」
「ねぇ!あれなに!?」
僕の声はメグの妹、シャロンによって遮られてしまった。
子供達の叫び声が次々に響く。
子供達は空に向かって指をさしている。
指さすほうを見ると僕らの頭上を大きな赤い竜が通り過ぎ、村の方へ飛んでいくところだった。
村からは非常事態を告げる鐘の音が激しく打ち鳴らされている。
僕とメグ、アレンはお互いに顔を見合わせると子供達を連れて村へと走りだした。