ロビン・5
抗議しようとするが、だんだん近づいてくる羽音と、アリサの「早くしなさいよ!」の声に負けて仕方なく洞窟の入り口を塞ぐ事にする。
あぁ、この場合は出口……か?
羽音の近づき具合から言ってまだほんの少し時間がありそうだ。
入り口兼出口の前に立って詠唱、土壁を出現させ、空間を完全に塞ぐ。
塞いだことによって真っ暗になった空間に、光源の魔法で小さな明かりを付けておく。
よし、これで何とか見える。
それにしても、あーぁ……塞いでしまっていったいどうするんだよ……。
心の中で言っただけのつもりだったんだけど、アリサがオレを見て呆れた風に言ってくる。
「あのさーそんなこともわからないわけ?」
「なにが」
「あの数の有角蠅がここの外に一気に溢れたら周辺の村がどうなると思う?」
あ、そうか。
そんなこと全く思いつかなかった……。
ちょっとだけシドのことを見直す。
あれ、でも……。
「ねえ、でもそれってつまり、オレたちだけで全部倒すって事?」
「当たり前でしょ?」
さも当然! みたいに言うアリサを見て思う。
お前さっきゲロ吐きまくりだったけど、大丈夫なの?
オレの不安そうな顔を何か勘違いしたのか、アリサが笑う。
「大丈夫だって! アタシがアンタをちゃんと守ってあげるから」
語尾にハートマークを浮かべるように、ウインクを付けて喋るアリサを見てオレは頭が痛くなりそうだ……。
大きくなってきた羽音に負けないようにシドが大声で叫ぶ。
「おーい、そろそろ羽虫どもが来そうだぜー」
シドが、短く作戦を伝えてくる。
オレたちがそれを理解するのと同時に、洞窟の奥から夥しい数の蠅がうじゃうじゃとやってくる。
光源の魔法を解除し、オレたちと蠅の間に火壁を展開し、待つ。
火の熱に吸い寄せられるように蠅が壁に突っ込んできて、焼け死んでいく。
まさに飛んで火にいるなんとやらだ。
ほとんどの個体はそれだけで死ぬが、中には壁で死なずに突っ込んでくる個体が居る。
オレは火壁の維持で動けない。
抜けてきた蠅は魔力の流れが見えるのか、一直線にオレめがけてキリモミ回転しながら突っ込んでくる。
あの角、まるでドリルだ。
刺さればただではすまないだろう。
だがオレは逃げ出さない。
オレは知っている。
蠅がオレに到達することは絶対にないからだ。
オレと火壁の間で踊るように動くアリサが蠅を叩き落としてくれる。
アリサに殴られた蠅に魔法陣が浮かび、その体を爆散させていく。
飛び散った足や羽がアリサに降り注ぐ度にアリサの動きが、ぶれるのが少し不安だけど……。
火壁の燃える音、蠅の羽音、爆発の音が洞窟に響きわたる。
オレの魔力が尽きかけて頭痛がし始めた頃、有角蠅の群れが終わる。
火壁を解除し、アリサがオレの後ろに下がったのを確認してから、だめ押しに特大の火槍を洞窟の奥に向かって放つ。
洞窟の壁に張り付いていた数匹の蠅がその身を焦がし、死ぬ。
火槍が洞窟の内部形状にあわせて曲がって見えなくなる。
え?
火槍は直線に飛ぶ貫通力の高い魔法だ。
曲がったりするはずはない。
驚いて思わず周囲を見るとシドが両手を突き出していた。
何してるんだこいつ。
「なにしてんのシド」
無視される。
ムカつくなぁ……。
石を拾って投げる。
なんなくシドに当たって、石が地面に落ちる。
シドが叫ぶ。
「ああぁぁもう! 何するんだよ!」
「無視するんじゃねーよ」
「せっかく洞窟の中、焼き払ってたのに」
あ、やっぱりシドの仕業だったのか。
アリサを見ると髪の毛についた虫の足や羽、残骸を悲鳴をあげながら取っているところだった。
「あー、もう最悪! 早くお風呂はいりたい! 帰る!」
「そうだな、帰るか。ロビン、土壁解除してくれ」
そう言われて、さっき作り出した壁の前に立ち、解除しようと詠唱を始める。
羽音。
衝撃波。
背中を壁にぶつけ、空気が肺から抜ける。
吹き飛ばされたと理解した瞬間、目の前に今までの個体の三倍近い大きさの有角蠅が飛んでいた。
頭の中に魔物図鑑の角蠅王の頁が浮かぶ。
有角蠅の王。
通常の個体と違い、炎に強い耐性を持ち、巨大な体、巨大な角を武器にする魔物。
確認された個体数が少なく、弱点は不明。
その素早さは通常個体の比ではないとされる。
また、その素早い飛行動作によって衝撃波を発生させることもあるという。
詠唱を途中で止められたせいで土壁はまだ健在だ。
逃げることはできない。
アリサ、シドは同じく衝撃波で吹っ飛ばされたようでその姿を確認できない。
無事だろうか。
シドはどっちでもいいけどアリサが気になる。
確認したい気持ちを抑え、角蠅王と対峙する。




