ロビン・4
「お……ロビン?」
オレに声をかけてきたのは、うんこシドだ。
右手に細長い布を持ってつっ立って居る。
体は傷だらけで、足下には有角蠅が一匹、潰れている。
もしかして有角蠅一匹との戦闘であんなに傷だらけになったのだろうか。
……まぁ、うんこシドなら弱いからあり得るかもしれない。
でもなんでシドがここにいるんだ?
朝、オレが家を出た時は、まだ家に居たはずだ。
その後、町から出る一番早い馬車にオレは乗った。
そしてそれにコイツは乗っていなかった。
……おかしい。
コイツはうんこシドじゃないんじゃないか?
そういえば魔物図鑑には、人に化ける魔物が居ると記載があった。
もしかしてそれか。
壁の向こうに居たというのもおかしい。
罠……だろうか。
アリサは気を失ったのか、揺さぶっても反応しない。
オレの背中をイヤな汗が伝う。
シドはオレの返事を待っているのか、なにも話さない。
アリサを背中側に隠すように体勢をずらし、シドに向けて炎弾の呪文を詠唱する。
一瞬、もしも本物のシドだったら……なんて事を考えるが、別に本物でも死ねばいいと思っていたことを思い出し、全力を込めた。
オレの体を覆い隠すほどに膨らんだ炎弾が放たれる寸前、焦るシドの声が洞窟に響く。
「ちょ、おま、待て!」
そんな声に構わず、放つ。
だが狙いは大きく外れ、洞窟の天井へと飛んでいく炎弾。
天井に当たり轟音を響かせた炎弾が、天井の一部を削りパラパラと石を落下させる。
「おい! なに考えてんだよ! 死ぬだろ!」
「お前、本当にシドか?」
シドはオレの問いかけに、何言ってんだこいつ? みたいな顔で返してくる。
ウザい……。
あぁ、でもこのウザい感じは本物だ。
オレがシドを本物だと確信すると同時に、アリサが目を覚ます。
「ふぇ? だれ?」
寝ぼけているような雰囲気のアリサにうんこシドの事を紹介してやる。
アリサとシドがなんだかぎこちない感じで自己紹介をしあっているのを眺めていると遠くの方で何かが崩れる音が聞こえる。
そして続く大音量の羽音。
アリサと目が合う。
オレの頭の中に浮かぶのはさっき閉鎖した小部屋の群れ。
おそらくアリサも同じ事を考えたのだろう。
顔面蒼白になって今にも倒れそうだ。
そのオレたちの様子を、シドがお気楽そうに茶化してくる。
「おいおい、見つめ合っちゃって~。ラブラブか?」
「そんなんじゃない。たぶん大量の有角蠅が来る」
「は?」
「さっき奥に行ってきた。いっぱいいた。土壁で塞いだけど崩れたっぽい」
「それやばくね?」
そう言ってシドは何かを考え出したようで黙ってしまう。
どうする。
逃げる?
この部屋を塞いで、籠城する?
あんな数の有角蠅となんて戦っていられない。
アリサを見るとなにか覚悟を決めたような表情をしている。
シドが口を開く。
「おい、ロビン。洞窟の入り口を塞げ」
「わかった」
そう言って洞窟の外へと向かおうとしたのだが、シドに呼び止められる。
「外からじゃない。中から塞ぐんだ」
正気か?




