ロビン・1
舗装されていない道を走る馬車の中で、オレは魔物図鑑の頁をめくり、今回の討伐目標である有角蠅の情報を確認する。
「ねぇ、それそんなに面白いの?」
目の前に座るアリサがオレに訊く。
その声音にはありありと、不満の感情が込められている。
オレは手に持つ魔物図鑑から目を離し、目の前に座る白い服を着た少女を睨む。
「面白い、面白くない、じゃないでしょ。ちゃんと情報の確認しておくのは大事なんだよ」
オレの言葉に返す言葉を探しているのか、黙るアリサ。
ツインテールに結ばれた黒い髪が、馬車の揺れに合わせて同じように揺れる。
艶のある黒髪が日の光を反射して綺麗に輝く。
黙っていれば綺麗なのになぁ……。
アリサが黙ったことで、馬車の進む音以外の音が消え、心地よい静寂が訪れる。
オレが魔物図鑑に目を戻すと、アリサが間髪入れずに怒鳴る。
「そんな頭でっかちだから、七歳になっても毛が生えないのよ!」
「なっ!?」
――なんで知ってる!?
喉まであがってきた言葉を無理矢理飲み込んで踏みとどまる。
危ない……これはアリサの常套手段だ。
知っているはずがない。
もう少しでいつものように、自分からバラすところだった……。
落ち着け、落ち着くんだオレ。
「あら? 脇の話よ? どこを想像したの? やっらし~」
オレの顔が真っ赤に染まっていく。
自分の顔が熟れ熟れのトマトのように真っ赤になっていくのがわかる。
くそっ、負けた……。
魔物図鑑を横に置き、アリサに向き直る。
オレの目の前で、アリサが両手に付けた白銀色に輝く手甲を撫でてニヤケている。
オレはその光景に少々呆れながらも、少女が待ち望んでいるであろう言葉を発してやる事にした。
「アリサ、さっきから嬉しそうだけど、それどうしたの?」
「よくぞ訊いてくれました、ロビン君」
少女は嬉しそうに笑顔を浮かべ、待ってましたと言わんばかりに俺に手甲を見せつけ、語り出す。
「これはね、魔道具工房の最新作で、魔法陣組み込み型の手甲なんだよ」
「へー……。それって凄いの……?」
魔道具にあまり興味は無いのだが、機嫌を損ねないように一応の返事をする。
アリサはそんなオレの返事を気にするでもなく、得意げに機能の説明をしていく。
「なんと! 魔物をブン殴るだけで、組み込まれた魔法が発動するのです! さらに――」
アリサの説明を聞きながら思う。
魔道具好きな人って、別に自分で作ったわけではないのに、どうして自慢するんだろうか。
その態度が、雰囲気が、オレに親父を思い出させる。
――イライラする。
「ねぇ、聞いてる?」
アリサがオレを疑念の籠もった顔で見てくる。
まずい。聞いてなかった。
イライラする気持ちを隠し、答える。
「聞いてたよ、凄いね」
「でしょー! それでね、それでね――」
アリサは単純だ。
オレの、凄いねの言葉に機嫌を戻したアリサが再び説明を始める。
その説明を聞き流しながら、適当に相槌を打つ。
説明が続き、オレの相槌と共に時間が流れていく。
もうすぐ到着するはずだけど、それまでに説明は終わるだろうか。
オレがそんな事を考えながら、うんうん相槌を打ち続けているとアリサが黙り、オレの目の前に腕を突き出してくる。
オレを見るアリサの顔が般若のように歪む。
しまった。
相槌を間違えた様だ。
ゴツい手甲とアリサの白く細い腕を見ながら最適解の返事を探す。
だが、適当に聞いていたせいで、何を言えばいいのか分からない。
喋らないオレに痺れを切らしたアリサがため息を吐く。
アリサが肘を曲げ、腕を上に向けて拳を握る。
アリサが拳を握ると、鋭い音と共に手甲の先から、刃物が生えた。
長さ三十センチ程の刃物はアリサが拳を開くと手甲の中へと戻っていく。
な、なんだそれ! カッコいい!
魔法使いのオレにも使えるだろうか。
アリサがオレを静かに睨んで言う。
「ね、聞いててね。次はその本に穴が開くからね」
「いや、本はダメだろ」
オレは魔物図鑑を守るように抱える。
アリサならマジでやりかねない。
「この本は高いんだからな!」
オレのその言葉に、アリサが笑う。
よかった、機嫌が戻ったようだ。
なんで機嫌が戻ったのか分からないのが不安要素だが……。
とにかく、本の安全が確保されたことは良いことだ。
オレは抱えていた魔物図鑑を膝の上に置く。
「あ! あー! ねぇ! それ! ちょっと! それみせて!」
アリサがオレの手を掴む。
掴むというよりも、捻りあげると言った方がいいかもしれない。
そのせいで、オレとアリサの距離が近くなり、いい匂いがする。
「ねー、ねー! これって魔法障壁の指輪でしょ!? なんでアンタが持ってんの!? 買ったの!?」
「ちょっ、痛いって!」
興奮するアリサを席に戻し、説明してやる。
「今朝、あのクソ野郎に貰った。欲しいならあげようか?」
「えー! マジ、くれんの!? それ高いんだよ?」
高いのか……。そんな物を買う余裕があるならメグ姉ちゃんにもっと生活費渡せばいいんだ。やっぱあのクソはクソだな。うん、クソ野郎だ。
「ね、ねぇ……大丈夫? 怖い顔してるよ……?」
あぁ、しまった。
いつもだ。あのクソの事を考えてたら、ムカついてしまう。
アリサに「ごめん」と言い、指輪を外して渡してあげる。
嬉しそうに受け取ったアリサは指に付けようとして止まる。
そして涙目でオレを見て言う。
「手甲と同時につけられないよぉぉぉ」
しばらくの間、手甲を外して指輪を弄くりまわした後、
すごく残念そうな顔を浮かべるアリサから指輪が返却され、馬車が停止する。
外を覗くと木々の生い茂る森がある。
馬車で進める限界地点に到着したようだ。
馬車から降りたオレたちの前には森が広がっている。
この森の中にある洞窟――有角蠅の巣――そこで蠅どもを狩るのがオレたちの目的だ。
アリサを見る。
さっきまでのフザケた空気は既になく、真剣な表情へと変わっている。
オレたちは魔物達の気配漂う森の中へと足を進めていく。




