第十話 内面
「……なら、殺してやる」
アレンの握る木剣が死の雰囲気を纏って僕に迫る。
僕はいつの間にか右手に握っていた木剣でその攻撃を防ぐ。
メグはもういない。
木剣がぶつかり合い、乾いた音が響く。
後ろに下がり、僕はアレンと距離を取る。
「何でだよ!」
僕の問いにアレンは答えてくれない。
答えの代わりとばかりに再度、アレンが僕に迫る。
頭上から真っ直ぐ振りおろされる木剣を、体を右に捻って躱す。
「なぁ! 僕はアレンに謝りたいだけなんだって!」
攻撃を躱したことで近くなったアレンの顔。
その目に怒りが浮かんだような気がした。
なんなんだよ……。
僕はアレンの肩を掴む。
「おい、聞けって!」
アレンの動きが止まる。
しかしそれは一瞬。
アレンは無言のまま、煩わしそうに、アレンの肩を掴んでいた僕の手を木剣でぶった切る。
僕の手首から先が僕とさよならし、涙の代わりに血が噴き出す。
あまりの出来事に呆然とする僕の首をアレンが跳ねる。
視界が傾き、思考が途絶える。
気付くと僕は再び、森の中の広場に立っている。
目の前には木剣を構えたアレン。
「俺はお前と喋る気は無い」
その言葉が僕に届いた直後、アレンはさっきと同じように攻撃を仕掛けてくる。
木剣で受け止め、躱し、距離をとってアレンに問う。
「僕がアレンを倒せば、話し聞いてくれるか?」
アレンの顔に微笑が浮かぶ。
どうやら倒せば聞いてくれるらしい。
僕は木剣を握り直す。
アレンを倒す方法を考える。
僕とアレンの間を風が抜けていく。
僕から仕掛けるか……?
悩む僕に向け、アレンが木剣を投げつけてくる。
真っ直ぐ僕の顔めがけて飛んでくる木剣。
僕はその木剣を大きく躱す。
九歳の頃、僕との勝負で負け続け、やけくそになったアレンが、木剣を投げつけて攻撃してきた事を思い出し、少し笑いが漏れる。
大きく躱したのは、木剣に気を取られている隙に接近し格闘術を叩き込むアレンの得意戦法を同時に思い出したからである。
格闘術に備え、回避しながらアレンの方を見るがアレンは初期位置から動いていない。
両手とも武器を持っておらず隙だらけだ。
なんで、武器を投げた?
疑問は浮かぶが、後回しだ。
このチャンスにアレンを倒して話を聞いてもらおう。
僕の背中に何かがぶつかるような衝撃。
アレンに向け、踏み出した僕の足が止まる。
目線が下がる。
僕の胸から生える木剣の先。
口から溢れる血。
なんだこれ。
疑問は口から言葉になる前に血の海へと混ざっていく。
アレンの声が聞こえる。
「お前がミラから貰ったこの力、嫉妬するぜ。後何回お前を殺せば俺の物になるのかな?」
僕は意識を失い、またアレンと向き合い立っている。
アレンは黙ったまま、動かない。
さっきのはなんだったんだ。
アレンの言葉の意味を考えろ。
ミラから貰った力?
僕はミラから何かを貰った記憶なんてない。
ミラはアレンの彼女である。
僕になにかをくれるなら、そのまえにアレンにあげているだろう。
いや、ちがう。
アレンはまだミラと付き合っていなかった。
いや、それも違う。
アレンは……アレンは、死んだんだ。
目に映る全てが歪む。
森の木々が消え、アレンの姿も歪み、崩れていく。
アレンが崩れさり、代わりに別の人物が現れる。
……僕?
目の前に僕が立っている。
でもこの世界の僕では無い。
前世の僕だ。
「おいおい、せっかく僕が“お友達”と遊ばせてあげてたのに気付いちゃうなんてダメだよ?」
目の前の僕が意味不明なことを言う。
なんだ? なにが起きている?
前世の僕が気持ち悪い声で笑う。
「僕が君の体使ってあげるんだから、君は僕に殺されて消えちゃってよ」
前世の僕がどこからか長剣を取り出す。
銀色に輝く刀身を煌めかせ、僕にゆっくりと近づいてくる。
僕の手には何もない。
だめだ……逃げないと。
しかし足が動かない。
前世の僕が楽しそうに言う。
「獲物はさぁ、殺されるために生きてるんだよ。逃げる為じゃない」
僕の目の前まで来て、前世の僕が止まる。
「命乞いしてよ」
前世の僕はこんな奴だったんだろうか。
自覚も記憶も無いが、こんな奴ならあの時死んで正解だったとも言える。
僕は無言のまま前世の僕を睨む。
殺すなら殺せばいい。
僕を消すなら消せばいい。
ただ、こんな奴の言いなりにはなってやらない。
そんな僕の態度に、不満を込めた舌打ちをする前世の僕。
虫を見るような目で僕を見ながら、長剣を横薙に振るう。
脳が命の危機に反応して加速したのか、全てがスローモーションのように流れだす。
銀色の長剣が僕の命を奪いにくる。
狙いは首だ。
剣の軌道が見える。
避ける道筋も見える。
でも体は動かない。
痛みを想像し、思わず目を閉じてしまう。
金属同士がぶつかる甲高い音が聞こえ、目を開ける。
スローモーションの終わった世界で、僕の目の前、前世の僕との間に、アレンが立っている。
前世の僕の持つ剣がアレンの持つ剣によって止められ、鍔迫り合いが続く。
「おいおい、俺とこんな奴を間違えんじゃねーよ」
アレンの優しくもキザったらしい喋りかたが懐かしい。
前世の僕が剣を跳ね上げ、アレンの剣が飛んでいく。
武器を失ったアレンが前世の僕に斬られ、崩れ落ちる。
僕らの向こう側にアレンの剣が落ち、金属音が響く。
アレンが倒れ、前世の僕の顔が再び見える。
返り血に塗れた顔に浮かぶ狂気の表情。
舌を出し、血を舐める仕草がその狂気を際だたせる。
あまりにも現実感のない光景。
あの血はアレンの血だろうか。
僕はそんなどうでもいいことを考えてしまう。
アレンの叫び声が頭の中に響く。
「おい、ボケっとすんなシド! ミラに貰った力を使え!」
力ってなんだよ。
わかんないよ。
どうすんだよ。
「お前ならできるよ、シド。どうしたいかをイメージしろ」
僕は、目の前のコイツを殺したい。
じゃあなんだ? 何が要る?
剣だ。剣が要る。
なら簡単だ。
剣はそこにある。
僕らの向こう側に落ちたアレンの剣に願う。
僕の元へ来い!
コイツを、殺す為に。
来い!
剣が動き、飛んでくる。
そのまま前世の僕を背中から貫く。
前世の僕が驚愕の表情を浮かべ、血を吐き出す。
なにか喋っている様だが、口から出てくるのは血だけで、言葉にはならない。
前世の僕が光の粒子となり、消えていく。
勝った……のか?
「シド、お前の勝ちだよ」
良かった……。
僕の疑問に答えてくれたアレンも光の粒子になっていく。
え?
アレンも消えるの?
そんなの聞いてないよ!
せっかく会えたのに!
いっぱい言いたいことあるのに!
待って! 待ってよ!
アレンは笑っている。
「泣いてんじゃねーよ」
「だって、だって、アレ……アレンが、アレンがぁ!」
「別に、もともともう死んでんだし、しょうがないだろ」
「あ、ああのね、えっと、ごめん!」
「ばーか」
いつもと変わらないアレンの態度に僕も思わず笑ってしまう。
僕が笑ったのを見て微笑むアレン。
アレンが完全に光の粒子となり、消える。
僕の頭の中にアレンの声が響く。
「言い忘れてた! 目ぇ覚めたら、ちゃんと力の使い方練習しろよ! またな!」
一人残された僕も光の粒子へと変わっていく。




