冬の雪はキラキラと 【あなたのうしろのメアリーさん前日譚】
「あ〜・・・・、あたしもうダメかも・・・・」
病床に伏せる神酒が、ボソッと愚痴をもらした・・・。
新しい年を迎えた鳳町。
この町の籠目小学校に通う6年生の神酒たちも、もう3月には卒業を迎える時期となっている。
籠目小学校では新年の恒例行事として、毎年1月にクラス対抗の球技大会が行われているのだが、今年は今になって6年生の間で風邪が大流行し、大会は延期。
神酒も病魔の直撃を受けてしまい、彼女たちのクラスは学級閉鎖に追い込まれてしまった。
風邪による学級閉鎖ということで、生徒たちの外出は固く禁じられていたが、
神酒のことが心配だった輝蘭が、こっそりと彼女の家にお見舞いに来ていたのだが・・・・。
「何言ってるんですか。風邪ぐらいで『この世の終わり』みたいな声出しちゃって」
「だって。頭は痛いし、体はダルいし・・・・・」
「だから、それが風邪の症状なんですってば・・・・」
普段は元気者で、滅多に風邪などひいたことがない神酒は、自分のベッドの上で、思いのほか意気消沈の様子である。
そんな気落ちした神酒の表情を見た輝蘭は、彼女のことを心配する反面、神酒の落胆振りを少々面白がって眺めていた。
「でも、よくよく考えてみると、ミキさんが風邪をひいたのって初めて見たかも知れませんね」
「・・・・・・・キララ。今頭の中に『バカ』って言葉、浮かんでない?」
「ミキさんて、もしかして人の心が読めるんですか?」
体調不良ではあったものの、それでもいつものように取り留めの無い会話を楽しんだ2人。
やがて長居をするのも神酒の体には毒と考えた輝蘭は、
明後日に再開される球技大会までの回復を彼女に約束させ、神酒の家を後にした。
神酒の見舞いを終え、家路につく輝蘭。
その日は朝から雪が深々と降り続き、冬と呼ぶにふさわしい1日になっていた。
鳳町は、普段はあまり多くの雪が降り積もる町ではない。
しかしここ数日は雲が厚く垂れこめ、冷たい冬風と共に降雪の続く日が続いている。
「ミキさんの風邪、あさってまで治るかしら・・・?」
厚めのニット帽をかぶり、少し大きめのマフラーに半分顔を埋めた輝蘭は、雪の降り積もった自宅への小道を、白い息で自分の手を温めながら歩いていた。
まだ昼を過ぎて間もない時間だが、辺りは雪雲のせいで思いのほか暗い。
冷たい風は先程より勢いを増していて、さらに天候は悪くなる様相を見せている。
降雪と言うより、吹雪に近い状況だ。
「少し急がないと、私のほうが風邪をひいてしまいますね・・・」
輝蘭は身に付けていたマフラーで口を隠すと、家路を急いだ。
しかし、しばらく歩いた頃である。
意外なことに、急に風が止んだ。
不思議に思った輝蘭が空を見上げると、雲の間から穏やかな陽の光が射し込んでいた。
どうやら雪雲のちょうど切れ目に差し掛かったようだ。
暖かな陽射しの中、輝蘭は深く羽織っていたコートから顔を出し、ふぅとを息ついた。
「・・・・・・あ、ここは・・・・」
輝蘭が辺りを見回すと、ちょうどそこは空き地の前だった。
ここは彼女が神酒たちとよく遊んだ場所の1つで、今は浅く一面に雪が積もっていて、まるで目の前に白い草原が広がっているように見える。
淡い陽の光を浴びて、キラキラと風花が舞う白銀の空間。
予期せず現れた幻想的な光景にしばらく見とれていた輝蘭だったが、その時・・・・・。
『なにしてるの?キララさん・・・・・』
・・・・・・・・・・・え?
風に舞う花びらのような白い光の中、ふいに後ろから神酒の声が聞こえたような気がした輝蘭は、その声に誘われるように、誰もいないはずの後ろを振り向いていた。
ニットの帽子の間から伸びる黒髪が、輝きと共にサラリと流れる。
気のせいですね。
でも、思い出してしまいました。
あの日の景色に似ている気がします・・・。
輝蘭が思い出していたもの。
それは、初めて神酒と輝蘭が分かり合えた日の出来事。
キラキラと優しく輝く雨の中、この空き地でいなくなった2匹の子ネコを想い、一緒に涙を流したあの日の小さな思い出だった。
どうして今頃、急にあのことを思い出したのかしら?
答えはすぐに見つかった。
輝蘭が振り向いた小道の向こう側を、2匹のネコを抱いた幼い兄弟が、笑顔で駆け抜けていったのである。
それはまぎれもなく、あの日に輝蘭の下から去っていった2匹のネコたちで、あれから2年以上の時が過ぎ、すっかり大きく成長した姿を見せていた。
もう2度と逢えないと思っていたネコたちの姿を見ることができた輝蘭は、驚きと共に、万感の思いで走り去る幼い兄弟を見送りながら、
「良かったね。ずっと一緒にいられて・・・・。
彼女は小さく、そんな独り言を呟いていた・・・・・。
そして、それから2日後。球技大会当日。
その日は朝から快晴だった。
昨日までの大荒れの天気は嘘のように過ぎ去り、半分雪に埋もれて歩き難くなった道を輝蘭が歩いていると・・・、
「キララー!!」
道の向こう側から、すっかり元気になった神酒が、笑顔で彼女のところへ駆け寄ってきた。
「ミキさん!もう風邪は治りましたか?」
「OK!もうすっかり元気だよ!」
「良かった!安心しました」
「キララ。今日の球技大会ガンバろうね!」
「はい!」
並んで歩き出す神酒と輝蘭。
しかし、降り積もった雪道の途中。
なぜか輝蘭の頭に、急に昨日の2匹のネコのことが浮かんでいた。
いつか私にも、ミキさんとお別れする日が来るのかしら・・・・・・?
「ん?どうかした?キララ」
急に心の中を見られたような気がした輝蘭は、慌てて笑顔を作った。
「・・・いえ!!なんでもありません!!」
「変なキララ・・・」
「あの・・・・・ミキさん・・・」
輝蘭は小さな声でポツリともらした。
「いつまでも、一緒にいられたらいいですね・・・・」
それは、輝蘭の1番の願い。
しかし、この言葉はあまりにも小さすぎて、神酒の耳には届いていなかった。
「なんか言った?キララ」
「いえ、なにも・・・・・」
「今日のキララ、かなり変なような気が・・・・」
「向こうにナミさんとリコさんがいますよ!追いかけましょう!!」
「あ、ちょっと待ってよ〜!」
爽やかな冬の朝日の中、学校に向けて駆けていく2人の少女。
卒業式を2ヵ月後に控え、少しずつ大人への階段を上り始める神酒や輝蘭たち。
彼女たちの道の行く末を見守るように、再び舞い始めた風花が、キラキラと朝日の中で煌いていた。