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サン、天へのりこむ

 サンはマルタと一緒に大きくていかにも重そうな扉の前にいた。

 本来なら扉の前に天使の扉番がいるはずなのだが、マルタはアンデレに、サンが来ることを先に報告していたので、おそらくどこかにやってくれたのだろう。

「マルタ、この扉は、光縛されし者の部屋への扉だろ。開けられるの?」

「アンデレさんには遠く及びませんが、これでも私はアルビトロですからね。」

「えっ、いつアルビトロになったの? 知らなかった。」

 サンの驚きにマルタは、イーが皆には話していない事を知り、それは彼らが神の子というだけで過敏になるのに、アルビトロなどと言えば、さらに神経を立てると考えての配慮だろうと思った。

(私の友は、いつも周り全てを見て考え、優しく動く、ひとりで抱え込み過ぎだ、イー。)

 マルタは心の中で思った。

「サン、中にアンデレさんが待っておられます、入ったら指示に従いなさい。私は扉の外で待っています。あまりゆっくりは出来ませんよ。」

 言い終わると扉に手をかざした、光とともに光縛されし者の部屋への扉が開く。

 目の前には、優しく微笑むアンデレが立っていた。

「久しいですね、サン。あの時以来ですか、さあ、ミイの所へ。」

「アンデレさん、あの時も、そして今日もありがとうございます。それに、ミイを助けて下さって、本当にありがとうございます。」

「お礼などいいです、さっ、急いで。」

 サンはアンデレの後に続いた。

 真っ白な装束に、漆黒の真っ直ぐな長い髪と黒い瞳。後ろ姿を追いながら、サンはなぜかレイを思い出した。

「ここです、体の方はもう大丈夫ですが、心が・・、浄化は完全に済んでいます。しかし、私の問いかけには一切応えてはくれません。全ての反応がないのです。食事も全く口にしない、これでは生きる屍です。消えたギルを心が追っているのでしょう。奈落の淵まで心は堕ちている。」

「俺が連れ戻してやる!」

 サンが光縛の光の縁まで進むと、アンデレが光縛を解いた。

「ミイ、おかえり。」

 サンの優しい声に今までなんの反応も無かったミイが、サンの方を見た、しかし、ただ見ただけで、その瞳は虚ろなままそれ以上の反応は無い、サンはそのままミイを見つめ、

「ミイ、しあわせだったか? ギルは優しかったか? ギルと一緒に行くと言ったあの時のおまえ、キラキラ輝いてた。あいつはおまえをこんなに輝かせられるんだって、俺、ちょっと嫉妬したよ。可笑しいだろ、男なのに・・、だから、今のおまえ見たらあいつ落ち込むぞ! あいつは・・ギルは・・ミイの笑顔が好きなんだ! 笑っているミイを愛しているんだからな! だから・・笑ってくれよ・・・ミイ・・」

 サンの大きな緋色の瞳から、ポロポロと涙の粒が落ちた。

「サ・・ン・・、サンが泣いてちゃ、僕笑えないよ。」

 サンの瞳から、零れる涙の粒を手の平に受け、ミイが小さく言った。

「ミイ!」

 サンは抱きしめた、もともと小柄だった体が、さらに小さくなっていたが温かかった。

「ただいま、サン。」

 ふたりの姿を見つめながらアンデレは優しく微笑み、マルタの言葉を思い出していた。

 サンをミイに会わせて欲しいと言ってきた時、初めは駄目だと答えた。神に背くことの恐れより、見つかればマルタもミイも、そしてあの7人も、そのままではすまない。しかしマルタ達はそれを恐れず、サンならミイの閉じた心を開くことが出来ると信じていた。

(偉そうなことを言って結局は、神に背くことを恐れたのかもしれない。私も歳を重ね過ぎて、彼らのような真っ直ぐな心を失っているのかもしれませんね。)

 と、アンデレは思った。

「違います、アンデレさん。」

 ふたりが同時に言い、サンは、

「アンデレさんは、ミイをすぐにご自身で連れ戻しに降りて下さった。」

「そして光縛の中にある僕を、毎日見守って下さった。」

 ミイが続けて言い、ふたりは声を揃えて言った。

「アンデレさんがいなければ、今はなかった。」

 アンデレは苦笑し、

「君達は、私の心まで見ましたね。赤目族の前では油断禁物でした。」

 そう言い、皆が笑った時だった、部屋に凄まじい風が舞い三人は壁に叩きつけられた。

「大丈夫ですか? ふたりとも。」

「アンデレ、死神の心配をしているとは余裕だな。最も私に近い、アルビトロの頂点に立つおまえが私を裏切るとは。」

 どこからともなく聞こえる低く響く声は、まさしく神の声だった。

「決して裏切ったつもりはございません。」

「私の意に背くことが、裏切りではないと? 私は何度我が子に裏切られねばならぬ。」

「神様、違います! アンデレさんは裏切ってなどおられません。罪があるのは僕! 罰を受けるのも僕です。」

 ミイは姿なき神に叫んだ。

「死神に庇ってもらうとは、たいしたアルビトロだ、哀れで涙が出るわ!」

「アンデレさんはもちろん、ミイにも罪はない!」

 サンが叫んだ。

「なにぃ!」

 神は怒りの声をあげた。

「誰かを愛することは罪なのですか?」

 サンは同じ言葉を言ったレイのことを思い出していた。

「死神、サン、誰に入れ知恵された? あとの6人か?」

「違う! あいつらには関係ない!」

 姿の見えぬ神の口元に、嫌な笑いが浮かんだ気がした。

 神に気づかれることは初めから分かっていたことだ。しかし、こんなに早く、しかも神ご自身がここまで来られるとは思っていなかった。アンデレは心の想いをただ神に伝えるしかないと、

「我が父であられる神よ、貴方が私を、我が子と呼んで下さるのなら、どうぞお聞き下さい。貴方のご指示を仰がず私ひとりが浅はかにも考え、なした事。しかし私達が神の子ならば、死神もまた神の子。神の子が傷つき苦しんでいれば、我が父なら決して捨て置かれないはず、何を差し置かれても、誰よりも先にお助けになられお守りになられる。もし過ちがあるのなら、お叱りになられるのは全ての最後。」

「アルビトロの頂点ともなると言葉巧みなことだ。おまえの言う通りなら、傷も癒え意識も戻り、光縛より解かれしこやつは、次は私より叱られるのであろう。」

「はい。父に連絡もせずご心配をおかけしたことを、叱られねばなりません。」

「違う! 悪魔などに心を奪われ、ともに行った罪の罰を受けるのだ!」

 神は声を荒げたが、アンデレは冷静だった。

「やはり我が父はご心配下さっていたのですね。ミイの傷が癒えた事、光縛より今解かれしことをご存知であられた。そして罰を受けよと仰られた。ここに戻ることは咎められてはおられない。」

「うむ・・。」

 神は言葉に詰まった。

 サンとミイ、神の声が聞こえ飛んできたマルタは、アンデレの言葉に驚く。

 神は考えておられるのだろう、しばらく沈黙が続いた。その時、

「我が父、神よ。ミイを死神としてふたたび神の種族にお加え下さるなら、この私が責任を持ち教育致します。全ては貴方のご意志のままに・・・。」

 イーの声が聞こえた。

 皆が振り返ると、扉を背にこちらに歩いて来るイーの姿があった。

 イーは、アンデレの隣りに立ちその場に跪くと、右手を胸に天を仰いだ。その姿にその場にいた皆も同じように跪く。

 神は、この場所で簡単には姿を出せぬ自分の立場を恨んだ。

 あの時より大きく成長したイーとマルタ、逞しくなったサンとミイ、自分の最も近くにいるアンデレ、皆愛しい我が子だ。しかし、特別も例外も許されない。

「イー、おまえ達はまだ分からないのか、私は皆に等しく罰を与える、その為のグレーカード、ブラックカードだ。そして同じ過ちを他の者が犯さぬよう、神なのに鬼にならねばならぬ。・・・死神、ミイ、おまえを地上に降ろすことは、今後出来ぬ、終生私の傍で仕えよ! 死神、サン、おまえにはブラックカードと言いたいが、それでは7人分の進退を考えねばならん。おまえ達7人まとめて面倒見てくれる所など皆無だ。バラバラでも皆無に等しい。サン、私より死のリストを渡す、明日十二月三十一日、午前10時17分、回収せよ!」

 サンは神の言葉に驚いた。

(そんな通常の仕事でいいの?)

 と、内心思った。だがイーは嫌な予感がし、その予感が当たる。

「サンの回収のシロアムは、マルタ、おまえだ。」

 神は、全てを見ておられたのかもしれない。

「それからアンデレ、おまえはミイの後見人だ。ミイが問題を起こせば、おまえにも責任をとってもらうぞ。」

「かしこまりました。」

 ふたたび風が舞い、天よりヒラヒラと白いリストが舞い降りてきた。手の中に収まるリストの文字を見て、イーは険しい顔になった。

「神様ちょっと歳とったのかなぁ、回収って普段やってる仕事・・」

 サンはそう言いながら、イーの手の上のリストを覗き込み固まった。

「嘘だろ!」

 その声に他の3人もリストを見た、載っていた名前は、

 朝田日向(あさだひなた) 女 6歳。

「知っている子なのですか?」

 アンデレが聞くが、ふたりは答えられなかった、それほどショックだった。

「大丈夫? サン、僕のせいだね。」

 ミイの声にサンがやっと反応し、

「ミイのせいなんかじゃない、おまえだって昔はしていた仕事だから分かっているだろ。体の回収は、天寿を全うしたと言える年齢の人ばかりじゃない、むしろ俺達に渡されるリストは、そうじゃない人の方が多い。」

 それでもイーは悩んだ。何よりレイには知られてはいけない気がした、彼女の心が傷つく姿を見たくない。

「俺だって同じさ、あいつ泣き叫ぶぞ。どう考えても、あの時のヒナお嬢様だよな。」

「やはり知っている子なんですね。」

 マルタがイーに聞き、

「泣き叫ぶのはレイだね。」

 と、ふたりの会話から分かった。

「レイって誰? ねぇ、サン。」

 ミイが聞いた。

「イー、少し触れてもいいですか?」

 アンデレはイーが頷くと同時に、左手の指先でその額にそっと触れ瞬時に全てを見た。

「神は全てご存知なうえでリストを渡されたのでしょうか? ならばレイという子の存在もご存知なのか? しかし、何も仰らず咎められもされなかった・・ともかく、確実に丁寧に仕事をしてマルタに託して下さい。過酷な仕事ではありますが、誰かがやらなければならないこと。むしろ、知っているサンに回収されることは幸いかもしれません。こんな小さな子が交通事故死なのですから・・。」

 そう言うと、イーが持つ死のリストをそっと両手で包み光を放った。

「今のは?」

 イーが尋ねると、

「気休めですが、最後の瞬間一番会いたい人のもとに、瞬時会いにいけるようにです。死を止めることは出来ませんからね。」

 優しく微笑んだ。

「ありがとうございます、アンデレさん。じゃぁ、ミイ、行くね。アンデレさんがおられるから安心だ、二度と会えないわけじゃないし。アンデレさん、ミイのことよろしくお願い致します。こいつ寂しがりやだから、時々かまってやって下さい。」

 サンが頭を下げるとアンデレは、

「はい、私も今はほとんど神の近くにおりますから安心して下さい。しかし、ちょっと困りましたねぇ、どう、かまいましょうか?・・。」

「いや、そんなに真剣に考えられなくても・・」

 サンは笑った。

「サン、ありがとう、僕大丈夫だよ。サンとは会いたくなったらきっとまた会える。それに、ギルはここにずっと一緒にいるから。」

 ミイは右手で自分の胸を押さえた。

 イーとサンは、死のリストを持ち皆の待つ場所へ帰る、ミイはアンデレの隣りで微笑みながら手を振った。

 マルタは、明日の朝に宝箱を受け取りに行くことにした、多分今夜は、イーがまた頭を悩ますだろうと思っていた。

 光の道を戻りながら、サンはイーに何度もお礼を言った。

「もういいですから、それより明日のことを考えましょう。いっそ君は戻っていないことにしましょうか・・いや、それも難しいですね。」

「レイに気づかせない為にもみんなに協力してもらわないとだね、ところでイーは、俺を心配して天まで来てくれたの?」

「君が何か起こしたら連帯責任ですから・・」

 咳払いしながら言うと、サンは嬉しそうにイーの背中に跳びついた、

「連帯、連帯、みんな一緒!」

「サン、重いです。」


 いつもの遅めの夕食を済ませ、みんなは口数少なくリビングにいた。暖炉の薪の燃える音が、時折部屋に時間の経過を知らせているようだ。

 その時いきなり部屋を光が包んだ。

「な、何やってんだ、おまえら!」

 皆の前には、サンを背におぶったイーが立っていた。

 スウの声にレイは真っ先に駆け寄り、

「サン大丈夫? どこか痛いの? 何かされたの?」

 サンは、イーの背中から跳び下りるとレイに抱きつき、

「ただいま! レイ。」

 そしてレイの肩越しに、

「ただいま! みんな。」

 いつもの明るいサンの声だった。

「はいはい、レイを解放してあげて、次は私と。」

 チーが腕をほどきサンを抱きしめ、

「お帰りなさい、サン。」

 もちろん涙目だ。

 みんながふたりの傍に集まり、ウーはイーを抱きしめた。

「お帰りなさい、イー、お疲れ様でした。」

 暖炉の炎は小さくなっていたが、皆は暖かかった。

 チーはみんなにコーヒーを淹れ、リビングのソファーに腰掛けたイーは、リボンタイを外しシャツの首筋を緩めた。

「ミイはもう地上には降りられないんだね。」

 リュウが呟いた。

 レイ以外の皆には何があったかは理解できていた。もちろん渡された死のリストのことも分かっていた。

 全員がこのリストの中身をレイに知られないようにとすでに考えていて、おのずと口数も少なくなってしまう。

「ほら、サン、ちゃんとレイにミイのこと話してあげて。」

 チーが小さく合図すると、

「ごめん、レイ、いっぱい心配してくれたのに、ミイは元気になったよ。神の種族に戻り死神として神の傍で仕える。アンデレさんが傍にいてくれるし安心さ。」

 サンの言葉にレイは、

「笑顔が見れたのね。どこにいたって生きてさえいたらまた会えるもの。ギルって人は、きっとミイやみんなの心の中にいる。」

「レイ・・ありがとう。もう一回抱きしめてもいい?」

「ダメぇ〜!」

 周りは声を揃えて言ったが、レイはそっと歩み寄りギュッとサンを抱きしめ、

「私、まだ言ってなかった、お帰りなさい、サン。」

 皆はレイの肩越しに、今度は驚く顔のサンを見た、サンはそっとレイの黒髪を撫でもう一度言った。

「ありがとう、レイ。」







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