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小さなお嬢様と合せ鏡の来訪者

 日曜の夜のせいか、イブの昨夜より幾分かましとはいえ、今夜もお嬢様方はたくさんお帰りになりそしてお出かけになる。

 ホストクラブとは違うが、指名ナンバーワンはもちろんアールだ。

 しかし他の4人も人気は負けない、意外にもイーはアールを脅かす存在なのだ。

 カウンターの中で考えていたら、パントリーから料理を手に出てきたイーに、

「意外にもとは、どういう意味ですか?」

 と、睨まれた。

(あなた青目だからあまり見ないのでは・・気をつけねば。)

 指名といえば、チーやリュウをお呼びになるお嬢様方もいらっしゃる。

 リュウはスウに似てあまり笑わないのだが、執事としてはおそらく一級だ。

 そんな時、私にお呼びがかかった、まさか初指名?

 ウーに連れられテーブルに向かうと、すれ違ったサンがなぜか笑っていた、

「では、よろしくお願い致します。」

 ウーは私をおいて行った、緊張しながら頭を下げ、

「執事のレイでございます。ご用はなんなりとお申しつけ下さいませ。」

(しまった。言葉の後に頭を下げるんだった。)

 落ち着いて顔を上げると、幼稚園児くらいの可愛らしい女の子と母親が座っていた。母親の方が、

「ごめんね。この子本読むの好きで、どうも最近読んだお話に執事が出てきたみたいで、本物の執事に会いたいって毎日うるさくって・・、でも街なかの執事喫茶って眉唾のとこばっかだし、中には際物もあったりしてまさか幼稚園児連れてそんなとこ、いくら私でも行けないし・・ははは。」

 よく喋る母親だ。

「で、知り合いがいいとこあるよってこの子にクリスマスプレゼントしてくれたのよ。私は付き添い便乗・・でもここレベル高いわよね、あの人超イケメン!」

 アールのことだ。

(まだ話し続きますかぁ?)

 私は母親を無視して、女の子の横に片膝をつけ屈み話しかけた。

「お嬢様、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「私はヒナタ。あのね、ヒナとおリボンが一緒だったからレイを呼んだの。」

(おいおい、もう呼び捨て、確かに私のエンジのリボンと同じ色のリボンで左右に髪を結んでいる。)

「ヒナお嬢様はそのおリボン、とてもお似合いでございます。」

 すると、私の髪のリボンに手を伸ばし触ると、

「レイもすごく似合ってるよ。」

 と、笑った。

「ありがとうございます。それではすぐにお食事のご用意を致します。何かお召し上がりになれないものはございませんか?」

 ヒナお嬢様は首を横に振った。

「私ね人参ダメなの。」

 母親が言う。

(あなたには聞いてない!)

 と、思ったが、

「かしこまりました。」

 と、答え、キッチンへ向かいディシャップ台越しにチーに声をかけた。

「奥様が・・」

「人参バツね! 了解。」

 チーは顔を出し、

「カワイイお嬢様に気に入られちゃったわね。」

 と、笑った。多分みんなもう知っているはず、そして見られている。

 食事を順に運び、ヒナお嬢様の横に屈みお喋りをする。母親の方はアールとウーがフォローしてくれた、まっ、ふたりの方が母親も良かったみたいだし。

 あっという間に時間が過ぎ、私は最後のドルチェを運ぶ。お皿の上にはほんのり温かいフォンダンショコラ、バニラとストロベリーのジェラートが添えられ、マジパンで作られたサンタとトナカイが飾られている、上からは粉雪のようなパウダーシュガー。

 ヒナお嬢様は目をキラキラさせていた。

 フォンダンショコラにナイフをいれると、中から甘い香りとチョコレートが溶け出す。

「うわぁ〜。」

 ヒナお嬢様はご満悦だ。

 母親が自分の分のサンタとトナカイをあげると言い、私はお取り致しますとサーバーを手にしたが、ヒナお嬢様が手を伸ばした。その時だった、結んでいた右側のリボンがほどけ、溶け出たチョコレートの上にスルスルと落ちてしまった。

「あっ、おリボン・・」

 ヒナお嬢様は今にも泣き出しそうだ。

「ヒナが手伸ばすからでしょ! レイが取るって言ったのに。」

 母親は冷たい、ヒナお嬢様はとうとう泣き出した。

 私は横に屈むとチーフを取り出し、

「泣かないで下さい、ヒナお嬢様、可愛らしいお顔が台無しです。」

 そっと涙を拭き、

「わたくしがもっと早くお取りすれば良かったのです。申し訳ございません。」

「うううん、ヒナが悪いの。レイは悪くない。」

 リボンののったドルチェのお皿は、スウが引いていってくれていた。

 私は自分の髪のリボンをほどきゴムだけのヒナお嬢様の髪に結んだ。

「これでいかがでしょうか。」

 ヒナお嬢様は見えないのに、目を上に向け見ようとする。

 イーがすぐに手鏡を持ってきて私に手渡してくれて、

「とてもお似合いでございます、ヒナお嬢様。」

 と、言った。

 今泣いていたお嬢様が鏡の自分にもう笑っている。

「レイはおリボンどうするの?」

「はい、ご心配いりません。」

 私は髪をほどいた。

「仕立ての者がリボンを用意してくれますので、大丈夫でございます。」

「仕立て?」

「洋服を作ることでございます。」

「ドレスも?」

 目がキラキラした。

「はい、もちろん。ヒナお嬢様が大人になられましたら、ドレスを作って頂きましょう。」

 おもわず言ってしまった。

「うん!」

 その時リュウが、作り直したドルチェを自ら運んできた。

「ヒナお嬢様、先ほどはわたくしが作ったドルチェで、大切なおリボンを汚してしまい申し訳ございませんでした。お詫びに、ヒナお嬢様にピッタリのドルチェをお作り致しましたので、よろしければお召し上がり下さいませ。」

 お皿の上はピンクがいっぱい、ストロベリーのムースにジェラート、小さなタルトにもストロベリー。ヒナお嬢様はキラキラの目でお皿を・・いや! リュウを見つめている!

 一瞬にして全部持っていかれた。

 母親まで瞳を潤ませリュウを見つめている。

 無言で私は去るのみ・・負けた・・。

 ほどいた髪が流れるように揺れ、足早にパントリーにさがる私を、熱い視線で見つめるお嬢様方がいたことなど気づくはずもない。中では案の定サンが大笑いしていた。

「サン、笑いすぎ。」

 言っているチーも笑っている。

「女って怖いねぇ、あの歳にしてこれだよ、末恐ろしいぃー!」

(サン、あなたの仰るとおりです。)

 そこにアールが飛び込んできた。

「レイ! 反則技だ!」

(何? なんのこと?)

「その髪束ねてからフロアには出てよ! お嬢様方がレイを呼んでって言ってるんだ!」

 サンとチーがまた大笑いしている、後から入ってきたウーとスウも笑っている。

 最終的に最もへこんだのはアールだった。


「レイ・・髪切らないの?」

「切りません!」

 アールがため息をつきながら、店を閉めるため扉の鍵をかけようとした時、勢いよくその扉が開き、アール? が、入ってきた? ・・えっ!

「チャオ! アール!」

 ・・・誰?


 まるで立体の鏡のようだ。

 向かい合うふたりは、背の高さも髪の色も長さも髪形さえも同じ、違うのは片方が白いロングの執事服で、もう片方はラフなジーンズに革のロングコート、それ以外はすべて同じ。

(双子なんだ!)

 やっと私は考え分かる。

「遅いよ! 気づくの!」

 サンに言われた。

「ドゥエ! 何しに来たんだ!」

 さっきまで沈んだ声だったアールが大声を出し、

「何しにって冷たいなぁ、大好きな双子の兄さんアールに会いに来たんだよ。」

 ウインクした。

(ひゃぁ〜そっくり!)

「ドゥエ〜! お久しぶり。」

 チーが飛んで来て外国映画みたいに抱き合い、左右の頬を順に重ね挨拶してる、まっ、違和感はない。

「チー、元気だった? 僕すっごくお腹空いてるんだ、チーの最高に美味しいお料理食べさせて。」

「まっ、可哀想に、すぐに何か作ってあげる! パスタでもいい? スープはあるし・・」

 チーは嬉しそうだ、相手の喜ぶ言葉を心得てる、さすが双子。

 アールより厳しい顔で、イーが同じ質問をした、

「ドゥエ、食事の前にここに来た訳を聞きたいですね。私達は指示や命令がない限りたとえ親兄弟でも地上では接触をしません。偶然接しても知らないふりをするくらいです。ことによっては消した幕をまた張らなければなりません。」

「じゃ、勝手に新しい執事、増やすのはいいんだ。」

 あきらかに私のことを言っている。

「か・・彼には訳があります、君には関係ありません。」

(私また迷惑かけそうだ。)

 ドゥエが大股で私の前に歩いてくる、すっとウーとスウが前に出た。

「ヒュー! 最強のグアルディア!」

(何?)

「ボディーガードのこと言ってんだよ多分、えっとイタリア語かな?」

 と、サンが耳打ちしてくれた。リュウがドゥエの横にいき、

「ドルチェもあるよ、ドゥエが大好きなティラミス。」

「覚えててくれたんだ、リュウ! 食べる食べる!」

 ドゥエはリュウを抱きしめ、頬に軽くキスすると、肩を組んで奥へさっさといった。

 凄い、アール以上の軽さとノリだ。

(でもリュウのティラミス私も食べたい!)

 振り返ったウーとスウに呆れ顔で睨まれた。

(ごめんなさい。)

 慌てて戸締りをしたアールが、私の腕を掴むとそのまま二階への階段の方へ引っ張っていき、

「いいかい、レイ、あいつには構うな、喋るな、接するな! 自分の部屋から絶対出てくるな。」

「は、はい分かりました。」

 返事をしたらイーが、

「いくらなんでも無理でしょアール、だいいち不自然です。多分気づいています、君の弟君は。」

 深くため息をついた、イーの気苦労は尽きない。

「アール、いつも通りでいきましょう、私もスウもみんながフォローします。」

 ウーが言い、スウも、

「無茶苦茶な奴だが、告げ口したり裏切ったりする奴じゃない。」

「その無茶苦茶にいつも振り回されているんだよ!」

(そうなんだ、えっ! みんな納得してる。)

 リュウが顔を出し、ごはんと声をかけてきた。

 全員が席につく仕事後の遅い食事、チーが席をつめドゥエは私の正面に腰掛けている。

 長いダイニングテーブルの奥側扉に遠い席からイー、アール、スウ、私、向かえ奥からウー、サン、リュウ、チーといつも決まっていた。

 リュウとチーは準備で動くから扉近くだ。

 さっきから頬杖をついたままドゥエは私をじっと見ている、視線を合わさないようテーブルを見つめるのだが時間が長い。

「私、チー達を手伝ってきます。」

 立ち上がりかけると、隣りのスウに座ってろと袖を引っ張られた、前でドゥエがニヤリと笑う、やっぱり部屋に戻りたい。

「そんなこと言わずにここにいてね、カ・レ。」

 ドゥエが言った。

(しまった! 彼も赤目、見られている。)

 クスクスと笑ってから真顔になり、

「ところでスウとカレはどういう関係?」

「何言ってるんだおまえは! レイとスウは・・」

 アールが言いかけると、

「ふ〜ん、レイっていうんだ。誰も紹介してくれないからさ。」

 私は何も考えないよう頑張る。

「仮に男同士でも何かあっても不思議じゃないでしょ。」

 意地悪くドゥエは笑った。

(男と思ってる? って、男同士で何かあってもってどういう意味?)

「面白い! レイ。」

 また笑う。

「スウは私のお師匠様です、執事見習いの私に色々教えて下さっています。」

 そう言うと、昼間ユキさんが言ってくれた、優しいお師匠様ね。という言葉を思い出してしまった。

「優しいお師匠様ねぇ・・孫悟空じゃないんだから、ははは・・」

「いい加減にしろ! 人の心ん中覗いてそんなに面白いか!」

 椅子がガタンと倒れ、スウは怒鳴ると勢いよく立ち上がり、ドゥエの前にいき胸ぐらを掴んだ。

「やめなさい、スウ。」

 イーが命令した、と同時に、アールが静かに席を立ちドゥエの前までいくと、スウの手を離し正面に立ち、パチン! と、大きな音をさせ頬を叩いた。全員がもの凄く驚いていた。

 料理を運んできたチーは何が起きたのか状況が理解できず、一瞬固まったがすぐに、

「お食事を前に揉め事はやめてちょうだい。せっかくの美味しいお料理が不味くなっちゃう。」

「チー揉め事じゃないよ。弟に、兄として教えているだけだよ、言っていい事と悪い事をね。僕達赤目は確かに自分の意思に関係なく心が見え、すぐに入ってくる。でも見えたからってそれをバカにして笑う権利はない。それがその人にとって大切な想い出であればなおさらだよ。」

 そう言うと、アールは私の横に来て片膝をつき、握りしめていた両手をそっとその手で包んでくれた。私の顔を優しく見つめ、

「ごめん、レイ、ユキさんの言葉だったんだよね。」

 色んなことがあり過ぎて、忘れていた昼間の出来事が一気に心の中に舞い戻り、感情が洪水のように溢れだす。

 目の前のアールの胸に飛び込んでいた。

 もう涙も声も止められない。アールは私を受け止めたまま立ち上がり、そのまま強く抱きしめ続けた。

 どれくらい泣いたんだろう、誰も何も言わず私の涙を受け止めてくれていた。

 アールの胸から顔を離したが、上げることができず下を向いたまま、

「ごめんなさい、ありがとうございます。」

 声が震える。

 私の顎をもち顔を上に向かすと綺麗な指先で涙を拭い、腕の中から離れようとする私をふたたび抱きしめた。

 アールの唇が髪にそっと触れる。

「ハイ、アール、そこまで!」

 サンが明るく大きな声で言った、

「止めないと一晩中でもレイを抱きしめていそうだから、スウ、アールの腕ほどいて。」

 隣りの席に戻っていたスウに、サンが言ったが、

「知らん。」

 と、そっぽを向いた。

 料理を手にしたままだったチーがテーブルに置くと、そばに来てアールの腕をほどきながら、

「レイ、お腹空いたでしょ、流した涙の分いっぱい食べなさい。」

 ポンとお尻でアールを弾き、私を椅子に座らせてくれた。

 アールは少し不満げな顔で席に戻り、その間にもリュウは食事を運びみんなの前に並べていく。

「チーも座りなさい、リュウがきたら始めましょう。」

 イーが言うと、

「待って、先に・・ドゥエ、レイに謝りなさい。それからみんなでお食事よ。」

「いいんです、チー。だって心が見えるのは仕方ないこと、私が色々考えすぎるから・・えっと、飛ばしすぎる? 見えると苦しい時だってきっとあるはず。」

「レイ・・」

「ごめん、レイ。」

 ドゥエが謝りみんなが驚いた。

「ここに着いたとたん、歓迎されてない感いっぱいで、なのに初めて見る君は全員が大切に守る。なんかちょっと羨ましくて・・」

(私を守る? 確かに守られてる。)

 あっ、また私、ドゥエは見えたはずだけど何も言わなかった。

「さっ、始めましょ。」

 あらためてチーが言い、かなり遅れた食事タイムとなった。

 普段は食事中みんなあまりお喋りはしないのだが、今夜はチーがよく喋る。サンはヒナお嬢様事件を面白おかしく喋っている。

(やめてぇ!)

 と、思う私をチラッと見たけどやめるはずもない。

(サン、あなた心ん中見えてますよね絶対に。)

「イタリアの女の子なんてもっとオシャマさんだよ。」

 ドゥエも楽しそうに話している。

 いつもはよく喋るアールが黙って食事をしているから、こちら側の4人は静かだ。

(誰かちょっとは喋ってよ。)

「おまえ頬っぺたにトマトソースついてるぞ。」

 スウがこちらも見ずに言った。

(喋ってとは思ったけどそれですか・って、嘘っ! どこ、トマトソース。)

 慌てて両頬を触るけど分からない、スプーンに映し確認しようとする私に、

「おまえ、スプーンにもトマトソースがついてるのに分かるわけないだろ。」

 今度は私の方を見て言いながら、大笑いした。

「あっ。」

(私・・バカ。)

 急に笑い出したスウにみんなは驚き、隣りにはスプーン片手に固まる私の姿。

(そら不思議だよね。)

 知らん顔をしていつも周りの全てを把握しているイーもクスクス笑っていた、珍しくアールだけが笑っていない。

 こちらの席の不思議な光景を見て、結局なぜかチー達も笑い出し、

「みんなでお食事すると楽しいわね。」

 チーが言った。

 食事を終え、私はさっき笑っていなかったアールが気になり、おもわず言ってしまった。

「あの、ドゥエさん、さっきあなたはみんなに歓迎されてないって仰ったけれど、そんなことはないと思う。だってみんなあんなに楽しそうだったもの、いつもは食事中こんなにお喋りはしない。」

「でも、アールは喋らないし笑っていない。」

 悲しそうに言った。

(気づいていたんだ。)

「でもあなたのこと大切に思っている、でなければあなたを叩いたりしない。憎しみからじゃないよあれは、だからあの後、アールは笑っていない。叩かれたあなたの頬の痛みより、叩いたアールの手と心の方がきっともっと痛い。」

 そこにいたみんなが少し驚き、そして優しく頷いてくれた。

 ドゥエは駆け寄り、座ったままのアールに後ろから抱きつき、叩かれた頬を髪につけ、

「ごめん、アール。」

 アールは背中のドゥエの頭を撫でながら、いつものように微笑んだ。

(良かったね。)

 ふたりを見つめ思った私の顔を、スウがじっと見て、

「トマトソース。」

 手を伸ばし指先で拭いペロッと舐め言った、

「馬〜鹿。」

(ついたまんまだったんだ、恥ずかしい。)

 スウは笑っていた。

 アールに抱きついたままドゥエが、

「レイ、ありがとう話してくれて、もっといっぱい話したいから、ねっ、今夜、レイの部屋で一緒に寝ていい?」

「ダ〜メ〜!」

 全員が一斉に言い、

「ええっ! おまえ泊まるの!」

 アールが振り返りながら叫ぶ、もちろんアールの部屋でお泊まりだ、膨れるドゥエに、

「ちょっと甘い顔するとこれだ! おまえレイが女性だって分かってて言ってるよね。」

「僕はレイが女でも男でもどっちでもいいけどね、アールやスウは女って意識しすぎだよ。」

「アール、こいつを黙らせろ! おまえが出来ないなら俺がするぞ。」

「やだなぁ、スウ本気で怖〜い!」

 ドゥエはチーの後ろにわざと大袈裟に隠れた。

「あの、私の部屋では無理ですが、ここでお喋りならお付き合いします。」

 それなら隣りのリビングを使いなさいと、イーが言ってくれ、

「明日は月曜日で店は休みですから、少々の寝坊は許します、どうせ喋りだしたら夜通しになりそうですから。」

 冷たく言うが温かい。

 ダイニングの隣りには、暖炉があり大きなソファーセットが置かれている、広いリビングがある、ここはみんなが好きに使ってよかった。暖炉の前、ひとりで読書したり誰かとお喋りやゲームをしたり、お茶を飲んだり、私はチーに誘われてお茶したくらいしかないがゆったりした素敵な部屋だ。

「イーが寝坊オッケーって言ってくれたし、久しぶりにみんなでお酒でも飲む? 今夜はイタリアのバールマンがここにいるしね。」

 チーが提案したら、

「カクテルでもエスプレッソでもどんな注文でも対応するよ。」

 ドゥエが答えた。

(そうだったんだ、で、バールマンって? エスプレッソならバリスタでは?)

 ふと考えるとドゥエは、

「簡単に言うと、バリスタはエスプレッソ主体で、バールマンはなんでも対応するプロ中のプロかな。特にアルコールメニューには精通してるよ。」

「私達、特に私とリュウ以外の5人は、イタリアでも通用するバールマンの知識と実力はあるけど、ドゥエには敵わないでしょうね。」

 チーが付け加えた。

(そうなの? この人達、いや、死神さん達はいったいどれだけ努力してきているの?)

 私は驚きながらも感心した。

 大きな暖かい暖炉の前に座り、みんなでお喋りといっても銘々は好きなことをしている。でも、互いの温かさを感じそれぞれの会話は交差する。

 ソファーに腰掛けチェスをするイーとウー、床に座りふたりを交互に見上げながら喋るドゥエに、アールとチーは頷いている、その横の肘掛に腰掛けヘッドホンで何か音楽を聴いているサン、ひとり掛けのソファーに体を沈め目を閉じているスウに、碁盤を持ってきて誘うリュウ、どこにでもあるような光景だが、どこにもない温かい空間。

 私は暖炉の炎を背にラグの上でいつの間にか溶けるように眠っていた、気づいたスウがそっと手元のカップを取りテーブルに置く、

「んっ、ドゥエ! このカップ何を淹れてきた。」

「カフェ・コレット。」

「はぁ、まさか、入れたのはグラッパ?」

「そうだよ、よく分かったね。」

 悪戯っ子のように笑う。

 カフェ・コレット、エスプレッソにリキュールを入れた、すでにコーヒーを超えたアルコール、しかもこのカップにはアルコール度数三十度以上のグラッパが、

「アール、やはり奴を黙らせとくべきだった。」

 そう言うとスウはレイを抱き上げた。

「こいつをベッドまで運んでくる。」

「ああ、僕もいく。」

 そう言うドゥエをスウは睨んで、無言でリビングから出ていった。

「怖〜い、でもスウってあんなキャラだった? アール。」

「なんでコレットなんか飲ますかな・・」

 アールはため息をついた。

 

 スウはベッドにレイをそっと寝かせた。

(長い一日だった、こいつには俺達以上に重く長い一日だったろう。)

「おやすみレイ、明日もおまえのその笑顔、俺達に見せてくれ。」

 そっと静かに扉を閉めた。







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