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死神のお仕事

 一週間があっという間に過ぎた。

 二十四日のクリスマスイブはまさしく戦場だった。

 キッチンもフロアも動きが止まることがなく、あの寡黙なリュウでさえ大きな声を出し、生クリームやチョコと格闘していた。さすがのイーも、二十五日の予約を直前にお断りすることは出来ず、ウーと私を外したメンバーで頑張るしかなかった。

 謝る私に、半人前が気にするな! とスウに叱られた。

 その日は朝から空は灰色で、今にも泣き出しそう、多分泣き出せば涙は白い粒になりそうだった。

 時間は15時55分。

 あまり早くには訪ねるなと言われたので、私は花屋が開く10時を目指し店を出て、三駅先のユキさんの住むマンションに向かうことにした。

 ユキさんにはバレているから女性の姿で行ってもいいとイーには言われたけれど、チーに頼んで用意してもらった黒いロングコートの中、私は執事の姿になる。

 朝からわざとみんなは忙しく動いているようにみえた。

 髪をエンジのリボンで結びコートを手に自分の部屋を出たら、廊下の壁にもたれスウが立っていて、私の前まで来ると持っていた何かを左の襟に挿した。

 それはこの前フィアンセ役をしてくれた時に、スウが挿していたダイヤのピンブローチだった。私の顔をまっすぐ見つめ、

「ユキさんの前で泣くなよ。」

 と、だけ言い、行こうとした背中に、

「このピンブローチ私には不釣り合いです。私の我がままでみなさんに本当に迷惑をかけるかもしれないのに・・」

「迷惑迷惑っていちいちしつこいぞ! 俺達は誰もおまえに迷惑かけられてるとは思っていない! おまえが決めたことだろ、なら、一流の執事として自信とプライドを持ちしっかりユキさんを見送ってこい! おまえの後ろには、俺達7人がいつもいることを忘れるな。」

 私はもう泣きそうだった。

 行きかけていたスウが勢いよく私の前まで戻ると、荒っぽく肩を引き寄せ、

「泣くのはユキさんを送り、ここに戻ってからにしろ、一晩中でも泣かせてやる。」

 私は頷き顔をあげた。


 スウが階段を下りていくと下にはアールが腕組みをして手摺りにもたれ立っていた。

「意味深だね、一晩中だなんて・・。」

「考えすぎだ。」

 ふたりは目を合わさなかった。


 私は、イーに声をかけてから出かけようと一階の奥の部屋に向かうと、廊下にウーが待っていて、

「レイ、これをユキさんに渡してくれるかな。」

 青いリボンが結ばれた細長い包み、多分クリスマスプレゼント、

「みんなには内緒だよ。」

 小さな声で言い微笑む、受け取ると急いでコートの内ポケットにしまった。

 奥の扉をノックして中に入ると全員が揃っていた、驚く私の上着の襟をチーは見て、

「あらっ、それ、ふぅ〜ん。」

 チラッとスウを見たが知らん顔だ。

「一流の執事としての印ですか、まだまだ早いですが今日は特別に許しましょう。一流の主人であることは確かですから。」

 イーは続けてウーと私に指示した、

「15時55分、レイが看取った後すぐウーが回収します。ラザロさんはこちらで待機されていますから、ウーは宝箱をここまで運んで下さい。」

 その言葉にみんなが驚いている、私には驚く理由が分からない。

「回収の時、シロアムがそこにいないってことは、ゆっくりお別れができるでしょ。」

 チーが嬉しそうに教えてくれる。

「さすがラザロさん、で、いつここに来られるの?」

 サンも嬉しそうに聞くとイーは、

「昼過ぎにはおみえになるでしょう。チー、食事の用意をお願いします、召し上がられるかどうかは分かりませんが。・・それとレイ、ラザロさんが宝箱を受け取り帰られるまで、どこかで待っていてくれませんか、どこにいても私達には分かりますから誰かを迎えにやります。」

 驚き嬉しそうだったみんなの顔が急に沈み、

「ラザロさんの配慮って喜んだけど、よく考えたら私達の生活を確認する意味もあるのよね。」

 チーの言葉にイーが、

「そうかもしれませんが確認したという姿勢を見せる為なのかもしれません。いずれにしてもラザロさんに迷惑はかけられません。」

「どいつもこいつも迷惑迷惑って・・、俺が一緒に待っててやる。」

 スウの言葉にすぐさまアールが、

「また抜け駆けですか?」

「どういう意味だ!」

 サンやリュウは驚き、

「ふたりとも無理に決まっているでしょう、7人のうち誰が不在でもおかしい。だいいち執事の仕事がしっかりあります!」

 呆れてイーが叱った。

「大丈夫です私なら、駅前のどこかお店で待っています。ただ、ユキさんが亡くなられたことを誰かに知らせたり、お葬式の段取りとかはしなくていいんですか?」

「それは死神の仕事ではありません。人にはご遺体として存在していても、体は神のもとにすでに運ばれています。理解しにくいでしょうね。」

 少し考えてからイーは、

「君が関わり過ぎるのも難しい、ユキさんは親しい友人もなかったようですから、手術を受けた病院のドクターに気づかせましょう。翌日ならなんとかなります。」

「一晩そのままなんですか?」

「もうそれくらいになさい、レイ。いくらイーでも出来る事と出来ない事があるわ。」

 静かにチーが言った。

「レイにだって分かるでしょ、イーはいつもギリギリのことをしてくれている。ユキさんは間違いなく私達がちゃんと見送るのよ、そのことを理解してちょうだい。」

 恥ずかしかった、自分の想いだけをあたり前のように言い、ただ悲しみ。みんなの方が何倍も苦しみ、悲しい気持ちを押し殺しているのに、

「ごめんなさい。私みなさんの心、ユキさんに届くようにしっかり見送ります。そして待っています。それから必ずここに帰ってきます。いいですか?」

 笑顔で言ったつもりだった。

「あたり前でしょ! そんな悲しい顔しないの。」

 チーが髪を撫でながら言ってくれた。

「戻ってきてもらわないと、一晩中の確認ができませんからね。」

 アールが言い、

「なんだよ一晩中って? 意味深だな。俺もからかう相手いなくなるから戻ってきてよ。」

 サンが言った。

(やっぱりからかわれていたんだ。)

「余ったドルチェの処分に困りますから戻って下さいね。」

 リュウが横を向きながら言い、スウは苦笑いし、イーとウーも笑っていた。

「行ってきます。」

 私は扉を開けた。

「落し物をしないように気をつけて行きなさい。」

 イーの声に、ポケットの中バレてると思いながら、そっと包みに触れた。


 私の後ろには優しい執事が7人。

 

 駅前の花屋で花を買おうと立ち寄ると、店先にはポインセチアの鉢が赤と緑でクリスマスらしさを彩っていた。

 白い花と思いながら切花を見たのだが、なぜか青い花と、うっすらと青みがかった白い花のカンパニュラに目がいった。

(これにしよう。)

 釣鐘のような可愛らしい花がいっぱい咲いている、青と白二種類を混ぜ大きめの花束にしてもらった。

 バイトなのか店の女の子達が、ラッピングを待つ私をキラキラした目で見ている、初め分からなかったがよく考えれば私を男と思っているんだ。

 落ち着かず周りを見ていると、カンパニュラと書かれた札の下に『花言葉・感謝』と書いてあるのに気づいた。

(選んで良かった。)

 自然に笑みがもれ、店の子達が中でキャッと言っている。アールならウインクのひとつもするのだろう、私には無理だ。

(早くラッピングして!)

 カードをお書き致しましょうかとご丁寧に聞いてきた、

「いやいいです。できたらカードだけ一枚もらえるかな?」

 と、言い、何枚でもどうぞと言う店員から、花束とカードを受け取り足早に駅に向かった。背中に視線が痛い。

 ユキさんの部屋の前に着いたのは昼近かった。

 インターホンを押すと少し間をおいて、か細いユキさんの声、

「こんにちは、カフェ・ディオのレイです。」

 さらに間をおいてドアが開いた。私は明るい声で、

「急にお訪ねしてすみません。もしかしておやすみ中でしたか? 実は今日は新人の私がサプライズでお嬢様を訪問させて頂いているんです。」

 と、説明する、しかしユキさんはクスリと笑うと、

「嘘が下手ね、でもあなたにはもう一度会いたかったから嬉しいわ。散らかってるけど、どうぞ。」

 部屋に入れてくれた、でもやはりバレバレだ。

 リビングに案内されコートを脱いだ、お茶を淹れようと立ち上がったユキさんがフラッと前に倒れ私は慌ててすぐに体を支えた。細い! 支える腕に重みが感じられない。

「すっかり素敵な執事さんね。」

 ユキさんが微笑んだ。


 11時55分。


 サイドボードの上の、置時計の時刻が目に入った。

「ユキさん横になって下さい、ベッドまで私がお連れ致します。」

 ユキさんはコクリと頷き隣りの部屋を指さした。

 ベッドに横になったユキさんに、何かお飲みになられますか? と聞くと、

「冷たいお水を・・」

 とだけ言って目を閉じた。

 キッチンに行き冷蔵庫を開けると、空っぽの庫内をオレンジ色の灯りが照らす。おそらくこの一週間何も口にしていないのでは?

 私は自動製氷された氷をいくつか取り出すと、近くにあったビニール袋に入れタオルに包みミネラルウォーターの瓶で細かく砕いた。グラスに細かい氷を入れ水を注ぎどこかにストローはないかと探す。

 ダイニングボードの引き出しにあった。

 ベッドまでグラスを運び静かに、

「ユキさん。」

 と、声をかけた。ユキさんは目を開け起き上がろうとし、私はその背に手を廻し支えゆっくり起こす、

「少しだけそのまま待っていて下さいね。」

 と、言い、グラスをベッドサイドのテーブルに置き、リビングのソファーに置かれていたクッションをいくつか持ってきて、ユキさんの背中にあてた。

「大丈夫ですか? 背中辛くないですか?」

 グラスを差し出しながら尋ねると、

「ありがとう、クッションでずいぶん楽よ。」

 私が持つグラスの水をストローから少し口にしてからユキさんは言った、

「レイさん、スプーンを持ってきて下さる、細かくして下さった氷を、少し口に入れたいの。」

 すぐに持ってくると小さなスプーンで氷をすくい口に入れた。

「冷たくて美味しい。あなたはやっぱり素敵な執事ね。私はただ水としか言ってないのにここまでしてくれる。相手が何を望んでいるのかを考え感じ、動いている。」

 ユキさんの言葉に、初めて執事として動いた時にスウに言われた言葉を思い出していた。

 相手が何を望んでいるかだけを考えろ。・・私は少し笑い、

「お師匠様の教えです。」

 と、答えた。

 花とプレゼントを思い出し、リビングに取りにいこうとした私の上着の左襟のピンブローチに、ユキさんは手を伸ばしそっと触れ、

「ほんと、優しいお師匠様ね。」

(えっ、まさか、触れて分かったんですか?)

 驚く私に、

「リビングにいくんじゃなかったの?」

「そうです、花を・・花瓶、お借りしてもよろしいですか?」

 サイドボードの上に空の花瓶があると言われ、買ってきたカンパニュラをその花瓶に挿しベッドの横に飾った。

 優しく釣鐘が揺れる。

 そして預かってきたプレゼントを手渡した。

「ウーから預かってまいりました。直接お会いしてお渡ししたかったようですが来れずに・・」

「いいのよ、分かっているから。・・もう少ししたら夢の中にウーさん、現れるかもね。」

 私はふたたび驚いた。

 イーが言ってた通りだ。ユキさんは全部知っているのでは? もしかしたら私よりも。

「レイさん、開けて下さる。」

 私は丁寧にリボンをほどき包みをとき箱を開けた、中には雪の結晶の形のペンダントが輝いていた。

 そっと取り出しユキさんの首にかけ、

「とてもお似合いです。」

 愛しげにペンダントに触れ優しく微笑み、

「ありがとうウーさん。」

 と、ユキさんは囁いた。

「レイさん、少し横になってもいいかしら?」

「もちろんです。背中のクッションをはずしますね、ゆっくり私の腕にもたれて下さい。」

 左手をペンダントに触れたまま、私の腕にもたれて枕に頭を預け、ユキさんはゆっくりと話し出す。


 13時55分。


 ベッドの横のデジタルがカチリと動いた。

「あなたはみんなを想い執事としてここに来て下さったのね。楽しいことや嬉しいことは他人とでも共有できる。でも、苦しいこと悲しいこと辛いことは、肉親とでも共有できなかったりする。ましてや他人ならなおさらのこと。でもあの優しい7人はそれができる人達だと思う。人と言っていいのかは分からないけどね。」

 ユキさんは笑った。

「その中にあなたはすっぽり包まれ、そして包んでいる。間違っていたらごめんなさい。」

「間違ってなんかいません、包んでいる自信はありませんが、包まれている自信はあります。」

 答えるとユキさんは小さいけれど声を出して笑った。

「レイさん、あなたって可笑しな人、でもやっぱり素敵な人ね。ありがとう、レイさん、7人にもありがとうと、もう一度伝えてね。そろそろ少し眠ろうかしら?」

 ユキさんが目を閉じた。

(嘘っ! まだ一時間以上ある。)

 その時だった、ベッドの向こう側の窓が光り人影が・・開いていない窓をすり抜け入ってきたのはウーだった。叫びそうになる口を自分で押さえた。

「大丈夫、私の姿も声もレイにしか分からないから。イーの許可も取ってきてあるよ、ラザロはわざと知らないふりをしてくれている。」

 ウーはいつもの優しい笑顔だ。

「じゃぁ私、失礼します。」

「駄目だよ、みんなを代表してユキさんを見送ってくれるのでしょう。私はあくまで回収に来ただけ、ちょっと早かったけれどね。一緒にいて欲しい。」

 私はそのままそこにいた。

「ペンダント、ユキさんすごく喜んでいらっしゃいました。ウーさんにありがとうって伝えてねって、みんなにもありがとぅって・・・」

 涙が零れそうになって必死に我慢した。

「スウとの約束、守ってるんだね。」

 ウーは微笑みながら、もう少しだけ我慢してねと言った。私、今は絶対に泣かない。

 時計の音や冷蔵庫の音、終いには自分の心臓の音まで部屋に溢れ出している気がする。

 ウーは時折ユキさんの髪を撫で、ペンダントに触れたままの手をずっと握っていた。


 15時52分。


 ユキさんがそっと目を開け、見えていないはずのウーを見つめ微笑んだ。

「私が分かるんですか? ユキさん。」

 ウーの問いかけに小さく頷いたように、私には見えた。


 15時55分。


 ユキさんは永遠の眠りにつかれた。

「大好きだよ、ユキさん。」

 ウーはそっと顔を近づけ、ユキさんの頬に優しく触れた。

 風もないのにカンパニュラの花が揺れる。

 私は立ち上がり部屋を出ようとしたら、

「嫌でなければ、そこにいてくれないかな。」

「いいんですか?」

「ただ、あまり驚かないでね。」

 そう言って、ウーが手をかざすと真っ白な棺のような箱が現れた、棺よりかなり小さいけれど綺麗な箱。

 すると、ウーの体が青い光に包まれ耳の先が尖り瞳が青黒く輝きだした。

 私はやっと、青目の本当の意味を知る。でも怖くはなかった。

 ウーは触れることなく箱の蓋を開け、両の腕でしっかりユキさんを抱き上げるとそっと箱の中に納めた。

 ユキさんの背より小さい箱だったはずだが、ユキさんはゆっくり静かに箱の中へと姿を消した。

 ただ、ベッドの上にはユキさんの姿はあるのだ。

 また手を触れずに蓋をそっと閉めた、たちまち青い光は消えいつものウーが目の前にいた。

 ウーは優しく箱の蓋をすーっと撫でると、

「レイ、一緒に帰りましょう。」

「じゃぁ駅前まで一緒に。」

 そう言うとウーは笑って、

「さすがにこの宝箱を持って電車には乗れないでしょう。私と一緒に飛ぶんですよ、鳥のようにとはいきませんが。」

「途中で私、落として頂けるんですか?」

 ウーはさらに笑い、

「みんなの待つ家に一緒に帰るんですよ。」

「それは今すぐには駄目でしょ・・」

 言いかけている途中で腰を抱えられ、体が浮いていた。


 周りには何も見えない、青い光にウーと宝箱と一緒に包まれていた。

 長い時間のような一瞬のような不思議な感覚だ。多分途中で目を閉じたみたいで目を開けるとそこは出かける時みんなと話した奥の部屋だった。

 目の前には驚いているイーと、長いソファーに腰掛け冷静にこちらを見つめているウーによく似た銀髪の男性がいた。

「今戻りました、体は無事回収致しました。」

 隣りに立つウーがふたりに報告した。

 今さら隠れることもできず、私はバレてない前提で声音を作り、

「初めましてレイと申します。」

 ウー兄であろうラザロさんに挨拶した、バレてない訳がない。

「私も随分舐められたものですね。ウー、兄弟だからといってなんでも許されると勘違いしていませんか?」

 真っ白の、まるでアールが着ている執事服のような姿のラザロさんは、まったく笑みも浮かべずウーに言い放った。

「ラザロさん、ウーは決してそんなつもりはありません。それはお分かりのはず。」

 イーが弁護すると、ラザロさんはソファーから立ち上がり、私の目の前まで来て左手の指先で額に触れた。一瞬驚いたような顔をした気がしたが、ほんとに一瞬ではっきりとは分からない。

 私は固まっていた、何かを考えたり思ったりしたらこの人にも見られてしまうのだろうかと思うと、無の境地とやらになろうと考えた。

 バカな私はもうすでにしっかり思い、考えてしまっていた。

(バカ! バカ!)

 隣りでウーが必死に笑うのを堪えている、机の向こうのイーも上を見て笑うのを我慢しているように見える。先に笑い出したのはラザロさんだった。

(な、なんなんだこの人は・・失礼な奴!)

「レイ! 失礼な奴と思うことはもっと失礼ですよ!」

 イーに叱られたが、プイッと横を向いてやった。

 その態度にさらに叱ろうとしたイーにラザロさんは笑いながら、

「いいんですよ。確かに私は失礼で嫌な奴ですから。しかし面白い子を見つけましたね。」

 まだ笑っている。

(しかも面白い子ってどういう意味だ! あっ、でも、もしかしてバレてない?)

「お嬢さん、そんな訳ないでしょう。それからあなたに無の境地とやらは、絶対に無理です。」

 笑いながら言い切った。

(絶対って・・腹立つぅ。)

「もういじめるのはそれくらいでいいでしょう、ラザロ。」

 ウーが笑いながら言うと、

「そんな風に笑えるようになったんですね、ウー。笑うのを我慢するイーの姿にも驚きました。扉の外で聞き耳をたてている皆さん、そんなに心配ならお入りなさい。」

 微笑むラザロさんを見て、やっぱりその微笑みはウーにそっくりだと思った。

 扉が開きサンの姿が一番に目に入った、

「やっぱラザロさんにはバレてましたか。」

 みんなが部屋に入って来た。

 ラザロさんは、中には入ったが扉の横の壁に背を預けたままのスウの前までゆっくりと歩み寄り、

「久し振りですね、以前より柔らかな感じが・・」

 左手を伸ばし私にしたように額に指先が触れた、

「触るな!」

 その手をスウは払いのけた。

「スウ!」

「構わないです、イー、いきなり触れた私が悪い。でも少し安心しました、リュウの顔は見られないようですが。」

(本当だ、リュウだけがいない。)

「いくらウーの兄貴でもあんたは神の子だからな、そう簡単に顔を見せるか!」

 冷たく言うスウに、なぜ? と、問う事も思う事も出来ない雰囲気があった。

「スウ、やめなさい。ラザロさんには関係のない事です。それでも気にかけて下さっている、それだけで十分でしょう。・・すみませんラザロさん、リュウには後でちゃんと伝えます。」

 ラザロさんは少し悲しげに頷いてからみんなに、

「皆さん、最後のお別れをしたいのでしょう。さっきから今にもチーが宝箱の蓋をこじ開けそうでドキドキしていました。」

 みんなは驚き、

「しかし一度閉じられた蓋は開けられません。」

 ウーが言うと、

「あなた達、死神にはね、私は何度でも開け閉めできます。」

 ポカンとする私にチーが、

「私達死神が、宝箱の蓋を開け回収して、蓋を閉じるのはたった一度きり、だから回収し忘れたりしたら大変なの。下手したらブラックもの。」

(大変なお仕事なんだ。)

 また思ってしまった。みんなが当然笑っている。ラザロさんも、怖い顔をしていたスウまで下を向いて笑ってる。

(ううぅ・・無の境地は、やはり無理だ。)

「頼むからレイ、これ以上笑わせないで。」

 サンが言うけど、

(私だって何もみなさんを笑わせようとして思ってる訳じゃない!)

 また笑ってる。

(笑うなぁ〜!)

「時間がないのでいいかな、蓋を開けても。」

 ラザロさんが切り出し、

「はい、お願い致します。」

 イーが頭を下げた。

 キラキラした乳白色の光に部屋が包まれ、みんなの前の宝箱の蓋が開いた、中からユキさんの細い体がふわっと浮かぶ。

 左手はペンダントに触れたままで、いつ入れたのか右手は持っていったカンパニュラを抱えていた。

「まっ、綺麗。素敵なペンダントに可愛らしいお花。」

 チーはそう言うと、自分の唇に触れた指先でそっとユキさんの唇に触れ、静かに手を合わせる。

 みんながユキさんを囲み優しく静かに手を合わせた。

 一歩下がって手を合わせていた私の隣りに、いつの間にかスウが立っていて、手を合わせてから右手を胸にあて目を閉じたまま、私に小さな声で、

「まだ泣くなよ。」

「はい・・」

 そう答えるのが精一杯だった。

 ラザロさんは私達をじっと見ていた気がする。

「ではそろそろ行きますね。イー、私が行って少ししてから幕は消しなさい、ずっと張っていたのでしょう。それからドクターには気づかせるように手配済みです、明日の朝には部屋に行くでしょう。」

 その言葉に私は、ラザロさんは凄い人なんだ! と、やっと思った。

「やっとですか・・、まぁ人ではありませんが、思って頂いて良かったです。」

 そう言って、私の頭を撫でてから、隣りのスウに顔を近づけ、耳元で何か囁いて笑った。

「触るな! って、怒鳴られるかと思いました。」

 スウの顔がちょっと赤くなったような気がしたけど、光のせいかもしれない。

「それではみなさん元気で。この次いつ会えるのかは分かりませんが・・。ウー、この7人と一緒なら私は安心ですよ。」

 ふたたび光に包まれると、ユキさんの体は宝箱に消え静かに蓋が閉じられた。

 目を開けていられないほどの光が一瞬光り、次に目を開けた時にはラザロさんも宝箱も消え、床にひとつ落ちていたカンパニュラの花が、今ここでおきたことが夢ではない証しだった。


「ではディナーの時間です、全員揃いましたから、しっかり働いて頂きます、そのつもりで。扉の外のリュウもよろしいですね。」

 イーが言いながら扉を開けると、そこにリュウが立っていた。チーが駆け寄り、

「リュウ行くわよ、キッチンは戦いよ!」

 背中を押しながらふたりキッチンに向かう。

「おまえそのままでフロアに出るのか? 構わないがコート置いてこい。」

「そのピンブローチはまずいんじゃない。イーのダイヤのブローチと同じ、いやそれ以上・・?」

 サンが言うのでびっくりして、すぐに外しスウに返そうとすると、

「面倒くさい、持っとけ!」

 受け取らず、さっさとフロアへ向かってしまった。

 ピンブローチを握ったまま呆然と立っている私にイーが、

「預かっておきなさい。ほら、コートを置いて身だしなみを整え、フロアへ急ぐ!」

 なぜか苦笑していた、アールは横に来て、

「僕がもっとすごいジュエリーをプレゼントするから、それまではとりあえず持っていたら。」

「これよりすごいのってどんなだよ!」

 言いながらサンも行った。

 私もぼ〜っとしてられない、長い一日はまだまだ続く。







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