ユキさんとの出逢い
あのドタバタの金曜日のランチから、土曜日、日曜日と目が回るような忙しさが続く。予約客で常に満席、ランチからディナー終了までみんなほとんど休憩もなしに動いた。
お嬢様方を席に案内する、予約を頂いていても再度オーダーの確認、料理を運び、そのうえお嬢様方のお喋りに付き合わされたりもする。
もう緊張している暇もない。
スウとウーの指示に従いふたりの動きを目で追い必死についていく。
奥のパントリー横ディシャップ台の端に、チーがサンドイッチと飲み物を置いてくれているのだが、私はクタクタで食べられなかった。そんな私に、
「飲み物くらい飲んでおけ。」
と、スウがトマトジュースの入ったグラスを無理やり持たせ、自分はフロアに戻った。
フロアとキッチンを忙しく行き来するイーが、
「座って飲みなさい。」
と、丸椅子を後ろに置いていく。ありがとうと言う間もなかった。
(早く見習いの文字が無くなるよう頑張ろう。)
そう思いながら丸椅子に座りトマトジュースを飲んでいると、サンがオーダーを通しに入って来た。私の持つジュースを見て、
「新鮮な血、飲んでんの? パワーでるもんね。」
と、笑う。
(ウソッ! やっぱり飲むんですか? みなさん。)
「特に処女の血は最高だよ!」
と、私をじっと見た。
「ち、違います! 私処女じゃないから美味しくないです!」
必死に言うと、フロアからイーが扉を開け飛び込み、キッチンからはチーが飛び出してきて、
「馬鹿なこと言ってるんじゃない!」
と、同時に叫んだ。
「レイ! 女の子がそんなこと人前で言うもんじゃありません! 私の方が恥ずかしくなっちゃうわ。」
チーは頬を赤くさせて言い、大笑いしているサンにイーが、
「私達はいつから血を飲むようになったのですか、冗談でも怒りますよ。よく笑えますね!」
もう怒っていた。
フロアではアールがカウンターの前で、お嬢様方に背を向け声を殺して笑い、ウーとスウは呆れ顔で動いていたようだ。
すると、今度は私にイーが、
「君は私達をまだ誤解していませんか? やっぱり、とはどういう意味です! 吸血鬼は鬼の種族、私達死神は一応神の種族です。だから血を飲んだり人肉を喰らったりは決してしません!」
と、怒った。
(人肉って・・怖いです。)
「イー、ちょっと言いすぎ、かえって怖がってるわよレイ。」
チーが、ため息混じりに言った。
「す、すまない。」
「それからフロアのアールも、笑いすぎ!」
アールはカウンターを拳で鳴らさんばかりに、まだ声を殺して笑っていた。
「だいたいサンも女の子にそういうこと言わないの。」
「でもレイが処女じゃないのみんな知ってるじゃん。こないだの男が初めての・・」
すぐさまイーとチーが同時に、
「黙れ!」
と、言って、サンの口を塞いだ。
するとフロアからスウが食器をさげてきて置くと、サンの後ろ襟を掴み、
「フロアは忙しいんだ! さっさとバッシングしてこい!」
と、引っ張っていった。
入れ替わりウーが入ってきて、
「いつも冷静なイーまでそんなに慌てて、ペース崩されてますね。」
と、笑う。
(また私のせいでみんなに迷惑・・)
「ウーの言葉を気にしなくていい、私はいつも通りです。」
そう言ってイーはフロアに戻り、私も口を拭いすぐにフロアに出た。
「不思議だね、たった数日でレイはみんなを少しずつ変えたみたいだ。人ってやっぱり不思議な存在だね。」
ウーは言い、
「そうね、弱いのか強いのか分からなくなる。スウまで少し変わったわ、リュウもよ。レイって私達と同じで、何か悲しい過去があるみたい。詳しいことはまだ分からないけど、その心の奥底が共鳴してるのかもね。」
チーは微笑む。
「ウー、もしかしたら雪女さん来られたのかしら? あと残ってる予約オーダーそれだけだから。」
「すいません、そうです。今お帰りになられましたのでお食事お願い致します。いつものように量はうんと少なめで。」
私がその雪女さんに会ったのは、もちろんその日が初めてだ。
みんなが雪女さんのことを後から話してくれた。
雪女さんとチーが言ったお嬢様は、ユキさんというのが本名で年齢は五十五歳、なんでも去年のクリスマス二十五日に予約客がみんな帰り、ウーが扉を閉めようとした時、表に立っていたらしい。
真っ白なフード付きのロングコートに白いブーツ、全身白づくめで、降りだした雪の中、まさしく雪女かと思ったとアールが話してくれた。
何も言わなかったし本来なら声をかける必要もなかったのだろうけど、なぜかウーは、
「よろしかったら少し温まっていかれませんか?」
と、声をかけた。
あれには驚いたとサンも話してくれた。
いったんお迎えするとなればどんな状況でも、7人は執事となり完璧にお迎えする。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
ウーとアールが迎え、イーとスウが席にご案内する。
コートを脱ぐのにフードをとった時、みんなは驚いた。まさしく雪女、真っ白の髪だったそうだ。
ウーがコートを預かり、席についたユキさんの顔は蒼白く、温かい物を口にしたら体が溶けるんじゃないかと思うほど細かったらしい。
今も細いが頬には幾分か紅みがある。
私はウーの後ろに続き促されて挨拶した。
「執事のレイと申します。ご用がございましたら何なりとお申し付け下さいませ。」
「まっ、可愛らしい執事さんね。ユキと申します、お婆さんだけどよろしくね。」
そう言ってくれたユキさんの方が可愛らしかった。
私はカウンターにさがり他のテーブルの食後の紅茶の用意を始めた。
ウーはユキさんと何か話している。
「今日ここに入った時、何だか前と空気が違うなって感じたの、きっと彼女・・あっ、ごめんなさい、レイさんのせいね。悪い意味じゃないのよ、柔らかい感じ。スウさんもイーさんも、それにウーさんあなたも。・・良かった。」
「ユキさんには敵いませんね、彼女ってバレてる。内緒ですよ。」
「お婆さんは口が堅いからご安心を。」
と、笑った。
ウーが私の所に来てちょっと奥へと言った、今ポットに淹れた紅茶をどうしようかと思ったらスウが来て、
「俺が持っていくからウーと一緒に奥へ行け。」
と、言ってくれた。
ほとんどのお嬢様が帰られているせいなのか、奥にはアールもイーもいて、
「やっぱりバレたね、ユキさんは霊感のある人だから仕方ないか。」
アールが言うとウーが、
「水晶をみる人ですからね、でも大丈夫ですよ、他言したり態度を変えたりする人ではありませんから、むしろここの空気が柔らかくなったって喜んでくれていました。」
「そんなことまで感じるのあの人、凄いな!」
アールは言ったが、私はバレた事を申し訳なく思い、
「ごめんなさい、私どうしたらいいですか?」
と、尋ねた。
「謝ることはありません、正直あの方は特別です。時々私達のことも分かっているのではと思うことすらあります。ウーについて指示に従いなさい。」
イーは言ってくれた。
(水晶をみるとはどういうことなんだろう?)
考えているとキッチンからチーが、
「ウー、ユキさんのお料理出来ましたよ、冷めない内に運んでね。」
「ありがとう。」
ウーが手にした器には、ディナーメニューは同じでも、量が全てひと口ずつ位しかないものだった。いくら細身だからといってもあれでは少なすぎないかと思っていると、
「あれでも多分、全部食べられないで残されるのよ、ユキさんの胃はまともに機能してないらしいわ。」
チーが悲しい顔で話してくれた。
一年前の十二月二十五日、ユキさんはその日末期の癌を宣告されていたのだ。
ずっと独りだったユキさんは誰にも話せず、ぼんやりとあてどなく彷徨い、いつの間にかここの前に立っていた。
雪が降りだしやっと目が醒めた気がした時、目の前の扉が開いて暖かい光の中、天使が立っていた、そして、その天使は光の中に招いてくれた。そう思ったと話してくれたそうだ。
光の中には天使が7人。
クリスマスの日、神様は最悪の贈り物と最高の贈り物を同時にくださったと・・
「あの日ホットミルクを少しだけ口にしてから、ユキさんは私達に微笑みながら全部話したの。誰も何も言えなかった。なのに、ありがとうって・・黙って最後まで聞いてくれてありがとうって・・・」
チーは涙を拭った。
それからユキさんは時々ここに来て下さるらしい。
やっぱりここは特別だ、私は心から思った。
ウーは、ユキさんが手術で入院された時にはお見舞いに行ったり、色々気にかけているらしい。
「ウーは元々は神の子だったから、天使に見えたのかもね。」
チーの言葉の意味が分からない。
「ごめんなさい、私ったらお喋りしすぎたわ、イーに今度こそ叱られちゃう。」
小さく舌を出し、
「レイにはなんでも話してあげたくなっちゃうのよね。でも聞くと重荷になる事もあるものね、それでも知りたいならイーか本人に聞いてね、ごめんね。」
ウーはずっとユキさんのテーブルの横にいた、他のお嬢様方はみんながフォローしたのでウーはほとんど動かなかった。
ユキさんはゆっくりゆっくり少しずつ食事をして、静かにお喋りされた。
いつもは食べない、いや食べられないドルチェを今夜は口にされた、淡雪のようにふわふわのクリームチーズのケーキに苺のソースをかけたもので、口の中にひと口入れると舌の上で本当に溶けていく。
口にできたのはそのひと口だけではあったがユキさんは、
「美味しい。ウーさん、後でリュウ君にお礼を言ってね、手をかけて下さってありがとうって。もちろんチーさんにも、とても美味しかったってお礼言ってね。」
「もう少ししたらふたりを呼びますから、ユキさんが直接言ってあげて下さい。きっとすごく喜びますから、ね。」
今夜はなぜかユキさんはいつもよりゆっくりしているようにウーには感じられた。
日曜の夜は引きが早い、しかも次の週末土曜日はイブだから、執事喫茶といえどもそちらの方が忙しい。店の中はとうとうユキさんだけになった。
当然キッチンからチーがテーブルまで手を振りながら駆けてきた。
「ユキさ〜ん! 今夜は体調いいの? なんだかたくさん召し上がって下さったから。」
「ええとっても。このまま百歳まで生きちゃうかもよ。」
と、笑った。
イーに促されリュウもテーブルの横にやって来て、
「お嬢様、今宵のドルチェはお口に合いましたでしょうか?」
と、頭を下げた、紅茶を運んできた私は初めて聞くリュウの執事らしい言葉にあらためて驚いた。
「リュウ君とても美味しかった、ありがとう。裏ごしを丁寧にして口の中で溶けるように手をかけて下さったんでしょ。」
ユキさんの言葉にリュウは驚き、そして嬉しそうだった。
「わぁ、この紅茶もとてもいい香り。」
「アッサム・セカンドフラッシュのロイヤルミルクティーでございます。」
私もすごく嬉しかった。
「嘘でしょう! 名前間違いか同姓同名な人じゃないんですか?」
奥でウーはイーに言っていた。
「今までそんな間違いがありましたか? ウー、冷静になりなさい。私達の本来の仕事はこちらです。」
食器をさげてきた私は、初めて見る、目の前のウーの険しい表情に驚いた、柔らかい物腰で微笑み、話してくれるいつものウーではない。
「どうしたんですか? おふたりとも怖い顔で。」
私が聞くと横にいたスウが、
「レイ、しばらくフロアに出てろ、執事ではなく死神としての話しの最中だ。」
と、言った。
(それってさっき、チラッと聞いた神の子と関係あるの?)
考えると即座にスウが、
「誰がそれを・・」
「どうせお喋りチーに決まっています。」
イーは眉間に皺を寄せたが、ウーはいつもの優しい顔で、
「私は話されてもかまわないですよ。」
と、言った。
(私はまた考えちゃいけないことを考えた?)
「考えたり感じたりすることを止めることは誰にもできませんよ、レイ。」
イーが言い、3人は黙っている。
私はフロアに戻ろうと扉に手をかけると、
「待ちなさい、ウーが話していいと言っていますから。」
イーに呼び止められ、代わりにウーがフロアへ戻っていった。
「回りくどい言い方はやめましょう、チーが、どこまでお喋りしたのかは分かりませんが・・」
「お喋りなんかされてません! チーはただユキさんがウーのこと天使だって言った話しをしてくれただけです。」
私が必死に言うとイーは困ったように笑い、
「分かりました、チーのことを責めている訳ではありません。君は変わった人だ。」
と、言い、スウも苦笑した。
「私達が死神なのは話しましたね。死神に青目と赤目がいることもチーが話しました。さらに死神の中に純血種と混血種、そして落血種がいます。」
また頭の中はマーブルになる、純血種は何となく分かる、混血種で、えっ? と、なり、そのうえ落血種って何? 私の疑問はイーにはお見通しだ。
「純血種は代々死神同士で血族されほとんどがこれです、そしてごく稀に他の種族と契り死神として家系を継ぐ者、これが混血種です。」
そこまで言うとイーは少し間をおいてから続けた。
「そして落血種とは、元々は神の子なのですが、大罪を犯し死神に落とされた者のことです。」
「死神に落とすってのが気に入らない!」
吐き捨てるようにスウが言い、私はまた疑問が、
「死神も神の種族なんですよね、なのにどうして?」
私の疑問顔をふたりは目を見開いて見つめた、
「私また変な事言いました?」
(またやっちゃった?)
と、思った私の頭を、スウが右手でくちゃっとして、
「おまえほんと変わってるな、でもありがとう。サンじゃないが大笑いしたい気分だ。」
(大笑いって・・あっ! こないだの見てたんだ、フロアにいたくせに。)
「レイになら安心して話せますね。」
イーが笑って言う。
私は神の子のフレーズに、ウーが落血種なんだと思った。
(落血種って何だか嫌な響きだ。)
「気づいたようですね、レイが思った通りウーは落血種です。しかし大罪を犯したのはウーではありません。ウーの母親、正確には義理の母親ですが、神の子である母親はウーの父親が亡くなった後、人を愛したのです。そして神の逆鱗に触れ一族皆追放されるのを、ウーが死神に落ち、終生、神に仕えることで、他の者の追放と母親の死を赦されたのです。」
イーの言葉に私はやはり疑問を感じ、見られる前に声に出した。
「愛することは大罪なんですか? 神様は間違っている!」
後ろから優しく抱きしめられた。
「ありがとうレイ。」
ウーの優しい声だった、大泣きのチーも立っている。
「君達はユキさんを放って・・」
イーが言いかけると、
「だってユキさんがリストに載ったって・・それだけでも泣きそうだったのに、あなた達の話しとレイの心が見えたらもうごまかせなくなって・・ウー、どいて。」
チーはウーを私から離し、代わって泣きながら私を抱きしめた。
私はここで本当に監視されているのだろうか? 監視という名の優しさに包まれているのではないかと思う。
ウーの話しは少なからずショックだったが、それより今はチーが言ったユキさんがリストに載ったという言葉の方が気になる。
リストとは即ち死のリスト、ユキさんが死ぬということだ。
(いったいいつ? どんな風に?)
頭の中は?マークだらけだ。
アールがユキさんが帰られると伝えてきた、みんなはフロアへ急ぐ、チーは慌てて涙を拭い深呼吸して私と一緒にフロアに出た。
もうユキさんは扉の前にいて、後ろからウーがコートを肩からかけていた、ユキさんが袖をとおそうとしたがなぜかウーの動きが止まったままでとおせない。
「ウーさん。」
ユキさんが優しく声をかけた。
「あっ、申し訳ございません。」
ウーは慌ててコートから手を離し頭を下げた。
コートの前ボタンを留めユキさんは振り返ると、ウーの顔を見つめ、今にも消えそうな細く蒼白い手でウーの頬をそっと包むと、
「ありがとう、ウー。私この一年で一生分の幸せをもらったわ。」
そう言って、頬を包んだ手で、ウーのほつれた後れ毛を優しく耳にかけてからその手を離した。
「あなたは優しすぎるからそれだけがちょっと心配。でもここには優しい天使の仲間さんがいるから大丈夫ね。可愛い天使さんも加わったし。」
私を見て微笑んでくれた。
(泣いたらダメ! 泣いたらダメ!)
呪文のように心の中で唱えながら、右手をギュッと後ろで握り爪をたて微笑を作る。
アールが扉を開けた、冷たい夜風が突き刺すように吹き込み、外に出たユキさんはそっとフードを被り天を見た。
夜空には冬の星たちが煌めき、私達を包む。
「今夜もご馳走様。みんなありがとう。じゃ・・・いくわね。」
みんなの顔を見ながらユキさんはそう言うと、背を向けた。
「いってらっしゃいませ、お嬢様。」
ウーがいきなり、
「ユキさん待って下さい、送ります。」
と、言い、そのまま走りかけた。
「待ちなさい! そんな格好で行ったら風邪をひきます。それに一緒のユキさんが好奇の目で周りに見られます。」
いつの間にか手にしていた黒いロングコートとマフラーを、ウーに手渡しながらイーが言った。
「ありがとうございます。」
受け取って素早く身に着けると、ウーはユキさんと並んで歩いていった。
みんな無言で中に入っていく、扉を開けてくれていたスウが最後に入った私の右手を後ろから掴むと、
「手を開いてみろ!」
と、いきなり言い、私は口を真一文字に閉じ手も閉じたままでいた。
スウは無理やり開き、
「馬鹿かおまえは・・こんなに爪をくい込ませて。」
私の手に自分の手の平を重ね握った、温かかった。
閉じていた口も開き、私はもう泣き出すのを止められず声をあげ泣いていた。
(なんでだろう? 今日会ったばかりの人なのに・・)
スウは私を抱き寄せしばらくそのまま泣かせてくれた、そして髪に触れ、
「もう泣くな。」
と、静かに言った。
やっと落ち着きごめんなさいと言い、顔をあげると、
「いちいち謝らなくていい。」
と、いつものクールな顔で言う。
「今さらクールな顔しても遅いよ、俺、ここ数日でスウへの認識大転換だから。」
サンが言うとアールまで、
「ホント美味しいとこ全部スウに持ってかれて、僕は形無しですよ。」
「勝手に言ってろ!」
スウは受け付けない。
「大転換といえばイーだってそうかな、さっきなんて、てっきりウーを止めるんだと思ったらコートにマフラーだよ! 驚いた驚いた。」
サンが構わずに言うと、
「止めたところで普段と違い、先ほどのウーは聞くわけがありません。イブを前に忙しいこの時期に、風邪でもひかれて戦力が減ることの方が痛いですからね。」
わざと冷たくイーは言った。
ユキさんはきっと私以上にみんなの優しさを感じていたんだ、霊感の強い人ならなおさら色んなことを感じ、見えていたのかもしれない。
「そう、レイが思ってる通りよ、だからイーだってウーの行動を許したのよ。」
真っ赤に目を腫らしたチーが言う。
(あっ、赤目ってこのこと?)
「違います。チーは泣いて赤くなっているだけです。」
イーは冷静に答えた。
「ねっ、イー、聞いていい? リストにユキさんはいつどこでどんな風に亡くなると書かれているの? そして誰が担当すると?」
チーが聞き、私はリストにそこまで細かく書かれているとは思っていなかったので驚いた。するとリュウが、
「いつも同じ文面じゃないよ、こと細かに指示されている時もあればそうじゃない時もある。担当する死神で微妙に文面も違うしね。」
少し悲しい表情で言い、その言葉にスウが険しい顔になった気がした。
私を一瞬見てから、
「俺のには必ず、運命(さだめ)を変えること許さず! と最後に一文加えられてる、毎回ご丁寧にな。」
みんなはその言葉の意味が分かっているようだったが、私には分からない。ただそれがスウを辛くさせている、そんな気がした。
「あなたはなんて子なんでしょう。」
なぜかチーが私の頭を撫で、リュウまで微笑んでいる。
(私また考えちゃいけないこと考えた?)
イーが少し微笑み、すぐにまたいつもの真面目な顔になると、
「チー、ユキさんは一週間後の二十五日に、ご自宅で独り静かに亡くなられます。」
「独りって・・孤独死ってことなの?」
「嫌な言葉ですがそういう事です。それから担当はウーです、彼には全て指示済みです。」
「あんまりよ。イー酷いわ。」
チーが泣きそうな顔で言った。
「やめろ、チー、イーが決めた事じゃないはずだ。あいつらとことんウーを苦しめる気なんだ。なにが神だ!」
怖い顔でスウが言うと、
「確かに今回は私が決めた事ではありませんが、シロアムはラザロさんです。多分ラザロさんの配慮では・・」
「そうだわ! ラザロさんがウーに酷いことするはずないもの。」
チーがやっと明るい顔で言うとリュウも、
「もしかしたら、ウーに最後を看取らせようとしているのかな?」
そうよ! そうよ! とチーは言ってるが、私にはまたまた、ちんぷんかんぷんだ。
「ちんぷんかんぷんって何? レイっていつの時代の人?」
サンが笑いアールも横で大笑いしている。
(何? みんな笑ってる?)
よく見るとみんなそれぞれ笑ってる、スウまで! イーが真面目顔に戻り、
「看取ることを認めてはいないと思います。基本的に死神として生きている人との接触はご法度ですから。」
「ご法度って・・イー、伝染ってない? レイが。」
笑うサンに、
「茶化すなサン!」
スウが睨んだ。
(そうだ! 私が伝染るってどういう意味! ご法度なんて私でも言わない。)
思ってしまった・・当然イーとスウに睨まれた。
サンとアールは大笑いだが、今度はチーが真面目な顔で、
「もう! 大切な話ししてるのに! じゃぁ空色のリストではないのね?」
「そうです、死神として関わるのは死後の回収のみです。リストが届いた以上それより前はたとえ死神としてではなくても、あまり接触しない方がいいでしょう。どこで監視されているか分かりません。」
チーがパッと明るくなり、
「だからラザロさんが来るんだわ!」
「そういう事かもしれませんね。」
イーも明るく言った。
(分からない、誰か説明してよ。)
と、思うと同時、アールが私の横に来て腰に手を廻すと、
「じゃ、僕が説明致しましょう、レイお嬢様。」
「その手は余分では?」
「手は却下! だいいちレイはお嬢様じゃないし。」
リュウとサンに続けて言われ、
「細かいね君らは。」
手を離しアールの説明が始まった。
「いっぱい疑問みたいだね、まずシロアムとは遣わされた者という意味で、神のリストを死神に届け、回収した宝箱を死神から受け取り神に届ける役目の神の子。神から命じられることがほとんどだけど、自ら志願することも稀にあるから、今回はラザロさん志願したのかもしれないね。あっ、ラザロさんはウーのお兄さん、他にも兄弟いたと思うけどウー以外はみんな神の子として天にいるからね。レイも聞いたでしょ。・・それから、簡単に言うと死神は亡くなった人の体の回収をする、だから生きている人とは接触しない。だけど生活の為、僕達みたいに死神としてではなく人と接するのはギリギリセーフ。だけど深い付き合いはアウト。神はどこでシロアムを使って監視してるか分からないし、時にはアルビトロ自身が来てたりするからね。」
(アール・・ますますややこしいです、私の頭、爆発しそうです。)
「ごめん、ごめん。アルビトロって神の子で審判人のこと。」
(そうなんですか・・って審判人て何?)
「もっ! アールは脱線しすぎ!」
チーが代わってくれた。
「死のリストが届いたからって、その人の前に死神としてすぐ現れるわけじゃないのよ。死の何日前に私達に届けられるかはひとりひとり違うからね。事故とかで同じ日、同じ場所で大勢の人が亡くなられたりする場合は、一枚のリストに何人もの人の名が載せられてることはあるけれど。」
私はドキリとした。
(そうなんだ、同じ日、同じ場所なら・・)
「どうした?」
スウが私の顔を見た。
「あっ、いえ、頭ん中整理してました。」
私は笑った。
「死のリストはその人が亡くなる一年前に届けられる事もあれば、急に当日届く事もあります。いずれにしても私達は確実に回収してシロアムに宝箱を託すだけです。」
続けて説明してくれたイーに、私は直接尋ねた。
「あの、審判人とは? それから空色のリストって?」
「アルビトロは私達が大罪を犯した時、その処分を評議する方達です。」
(裁判官みたいな人?)
「裁判官は決定しますがアルビトロはあくまで評議し、時には仲裁し、決断は神に委ねます。すべては神のご意志・・。それから、空色のリストのこともでしたね。普通リストは白い紙ですが、ごくごく稀に届けられる空色の紙は、私達がそのリストを手にした瞬間から死神としてそこに載る人と接触し、関わることを許されているのです。すなわちその人物が、良くも悪くも歴史的、時代的に重要な存在であり、私達死神を目の前にしても受け入れられる人だということです。」
私は驚き、そんな人がいるんだろうかと思っていると、スウが、
「たくさんいたさ。俺を見て死神と知り一瞬驚いても、生き方を変えず揺れない奴ら。酷い話しさ、そんな奴らと関わり運命(さだめ)は変えるなだ! いつどこでどうやって死ぬのか知っている俺らに、ただその時まで黙って待ち回収しろだ! 伝える事も止める事も許されない!」
「たとえ伝えても止まらず、いや、立ち止まらずに生き方を変えない人達だから、私達が関われるのではないのですか? スウ。」
扉が開き、冷気と共に帰ってきたウーが言った。
「本当に君達はお喋りでお節介で・・温かい。ラザロに早く戻らないとあいつら何を考えるか分からないぞって言われました。」
いつもの優しい笑顔で言う。
「ラザロさんに会ったの?」
チーが聞くと、
「ええ、ユキさんの部屋の前で。部屋には入らなかった私を確認してから現れましたよ。部屋に入っていたら報告だなと思っていたらしいです。」
「報告する気なんてラザロさんにはなかったわよ。ただウーの様子が心配だっただけよ。」
私もラザロさんに会ったことはないのにチーの言う通りだと思った。
「あの、私なら死神ではないし、友人としてその日ユキさんの傍にいてはダメですか?」
みんなは驚いている、無茶を言ってるのは、私にだって分かっているが、どうしてだろう、心が勝手に走り出す。
「おまえ本気で言ってるのか? 死にゆく人を見送るのは辛いぞ。」
スウは言ったが、私は、
「誰にも見送られず逝くことの方がもっと辛い。」
と、答えていた。
(見送ることが出来なかった想いはもっともっと辛い。)
チーが私をギュッと抱きしめそのまま有無を言わせない口調で、
「イー、二十五日の何時なのユキさんの死は?」
そして私をじっと見つめ、
「変に思われないよう自然にユキさんのお部屋を訪問出来る? レイ。私達は一緒には行けないからね。」
私は黙って頷いた。
「グレーではすまないかもしれませんよ。」
イーが言い、
「グレーでもブラックでも俺がもらってやる! 慣れっこだ。」
スウが笑った。
(私の想いはまたみんなに迷惑をかけるんだ、ごめんなさい。でも・・)
「何、今さら気にしてる、皆の想いも同じなんだよ!」
スウは私のおでこを指で弾いた、みんなも笑っている。
「本当にどうしようもない人達の集まりですね、おまけにさらにどうしようもない人を抱えてしまった。これも運命と思い全員で、天でも執事として神に仕えますか。」
イーが呆れ顔で言い笑った。
それから私達は、その日それぞれがどうするかを相談し考え計画を立てた。日にちはあまりないうえに、クリスマスイブを控え店も忙しい、戦力にならない自分が申し訳なく、それなのにみんなに迷惑だけは一人前以上かけている。
「私はまだ君に、戦力外通告は出していませんよ、しっかり一人前以上働いて頂きます。」
キラリと眼鏡の奥の瞳が光ったような・・イー、怖い。