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執事たちとの出逢い

 人生に崖っぷちがあるならまさしく今、私はそこを歩いている。

 一週間前、派遣先の会社をいきなり解雇され、その三日後、付き合っていた彼氏から突然の別れ話。

 まぁ別れ話は仕方ない、何しろ派遣先の御曹子だったのだから、いわゆる二代目。

 でもこちらは、先月二十九歳のバースデーを迎え、結婚を意識していないと言えば嘘になる。

「私の二十代を返せ!」

 と、誰に叫べばいいの!

 昨夜、学生時代の友人に泣いたり怒ったり、延々長電話の後、

「癒されたい。」

 と、言った私の一言に、

「一緒に癒されに行こう。」

 と、なぜか待ち合わせた場所が街外れの駅前、この郊外のどこに癒しスポットが?

 友人は専業主婦で、旦那様は現在海外出張中、有閑マダムにこぼした私が悪かった。

 少し遅れてやって来た友人は、やけにお洒落している、ジーンズ姿の私とは大違いだ。

 妙にご機嫌な友人に連れられ着いた場所は小さな洋館。

(レストラン? カフェ?)

 私は人生初の異世界の扉の中に入った。


「お帰りなさいませ、お嬢様。」


(お、お嬢様!)

 固まる私を残し、友人は慣れた感じで毛皮のロングコートを、長い金髪をリボンで後ろに結んだ長身のイケメンに脱がせてもらっている。

(なんだ、これは・・?)

 声もでない。

 すると私の後ろから、

「お嬢様、コートを。」

 と、こちらは短い黒髪の毛先が不揃いに揺れ、端整で精悍な顔立ちの男性が、声をかけコートの肩に手をかけた。

「あっ、自分で脱ぎます。」

 慌てて私はさっさと脱いで、とりあえず手渡した。

 金髪男は終始笑顔だがこの男性はまったく笑っていない。

 隣りにいた跳ねた赤茶の短髪の若い子は、私の様子に笑いを殺しているのは分かった。

(私、こういうの希望した訳じゃないんだけど・・)

 しかし、時すでに遅しだった。

 案内され席につくと友人は、

「ここは食事も充実しているのよ、予約入れなきゃなかなか席は無いんだから、ラッキーだったの! 朝一、駄目元で電話したらキャンセルがあってね!」

 嬉しそうに話してくれる。

 平日の昼過ぎだというのに店は満席、客は女性ばかり、みんな目をハートにして従業員を追っている。

(この言い方がすでにおばさん?)

 未経験の私にも、ここがどういう店かは、もうさすがに分かった。これが、

『執事喫茶』

 と、いうやつなんだ。

 店の中、上品に颯爽と動く男性達のレベルの高いこと。容姿はもちろん、その言葉使いから細やかな所作まで唯々感心するばかり。

 すると、友人をエスコートしていた金髪男が私に、

「本日は執事のスウが、お嬢様のお世話をさせて頂きます、なんなりとお申し付け下さいませ。」

 と、言って、さっきのニコリともしない男性が私の横に立った。

(金髪男もごめんだけど、この人も苦手。こういう店はちょっと・・)

 助けを求め友人を見たが無駄だった。

 もう諦めた、とにかくご飯を食べてさっさと帰ろう、最悪友人を置いてでも、私は帰るぞと心に決めた。

 この後、私が置いて帰られることになるとは、この時想像すらしていなかった。


 注文は友人に任せ黙って座っていると、スウという執事は、

「お嬢様、お寒くありませんか? 膝掛けをどうぞ。」

 と、表情ひとつ変えずに言うと、横に片膝をつけて屈み、私の膝にそっと掛けた。

 その動きの優しいこと、斜め上から見てもイケメンは、やはりイケメン。

 しかし、どうも落ち着かない、常に視線を感じるし緊張してしまう。

 実際執事達は、私達お嬢様? のことをよく見ていた。

 他のテーブルでお茶をしていた女の子が、何気なくティーポットのお茶を自分で淹れようとポットに手を伸ばすと、執事がすぐにやって来て、

「お嬢様がその様なことをなさってはいけません、わたくしがすべていたしますので。」

 と、言って、ポットの紅茶をスマートに注ぐのだ。

 そっと手を止められた女の子は、ポッと頬を染め溶ろけそうだ。

 友人はどうも金髪男がお気に入りのようだ。

 アールと呼ばれているその金髪男はやたら女性、いやいや、お嬢様に優しく、歯の浮きそうな言葉も何度もさらっと言っていた。

 ランチを食べた後デザートが運ばれてきた。

 正直早くここを出たい私には、そんなの楽しむ余裕はない。けど、運ばれてきたアーモンドのブランマンジェはほんのり香ばしい香りがして、すごく美味しそうだ。

 デザートに油断した。

「お嬢様、そんなに熱い視線で見つめられたら、ブランマンジェにのせられたバニラアイスが溶けてしまいます。」

 金髪男が微笑みながら私に言う。

(・・寒い。)

「本日の紅茶はダージリン・オータムナルでございます。」

 金髪男の言葉にも、表情を変えずスウはそう言って、ポットのティーコジーをとりカップに注ぐ。

 癒されるどころか肩がパンパンで、私は軽い目まいさえしてきた。

 執事がさがるとすぐ、私は友人にお手洗いと言って席を立った。

 とにかく深呼吸して、う〜んと伸びをしてからデザートをいただこう。

 教えられたカウンター横の扉を開け、左に曲がりかけるとその先に、金髪男の首に両腕をかけ迫っている女性が・・驚き私は踵を返し慌てて左に入った。


「私の作る料理が不味いとでも言うの! サン!」

「そんなこと言ってないだろ、ただ、今日はリュウの作ったドルチェの方が人気あるって言っただけで・・」

「あぁ腹が立つ! こんなまともにお紅茶も淹れられない子に料理批判されるなんて!」

「そっちこそ、そういう言い方ないんじゃない。」

 いがみ合うふたりの頭から角のようなものが、

「いい加減にしなさい! フロアにはお嬢様方がお食事をされているのですよ!」

 そう言った執事の眼鏡の奥の瞳は、深海のように青黒く光っていた。

 ガタン!・・。

 金髪男と女性の光景から逃れるように戻り、入って来た扉を開けたつもりの私の目に飛び込んできたのは、あきらかに『人』とは思えない執事達。

 そこからの執事達の動きは速かった。

 瞳が青黒く光っていた執事が私のところに跳んでくると、腕を引っ張り、さっき女性に迫られていたアールに後ろからも背中を押され、もうひとりの男性? は叫びそうになる私の口を塞いだ、赤茶髪の若い子が奥の扉を開け私は無理やりそこへ入れられた。

 重そうな扉の奥、広いその部屋には大きな机が奥にあり、手前にソファーセットが置かれ、家具調度品はすべて高そうだ。

 長いソファーの端に座らされた私は声も出ない。

 最初にアールから、

「手荒なことしてごめんね、でもこの部屋でどんなに大声出しても外にはまったく聞こえないから、諦めてとりあえずそこに座っていてね。」

 と、言われていた。

 私の周りには『執事が7人』


「どうしますか? イー、君がリーダーだから任せますよ。」

「私より年上なのに、押し付けられるつもりですか、ウー。」

「歳は関係ないでしょ、今はこのまま彼女を帰せないって事なんでしょ。」

「偉そうに、イーやウーにあんたは意見できる立場じゃないでしょ!」

「チーは黙ってろ!」

「まぁ!」

「それ以上言えば本気で怒りますよ、そもそも君らの諍いが発端なのですから。」

「自分だって目、青黒く光らせたくせに。」

「しっ、サン。」

「消すしかないだろ。」

 スウが表情も変えずに言った。

(消すって私このまま殺されるの?)

「私、何も見てません! 誰にも何も言いません!」

 皆に必死に訴えたが、7人のクールな視線は私の訴えなど却下と言っている。

(二十九年と約一ヶ月、私の人生はここで呆気なく終わるのか?)

「スウは殺すなんて言ってないよ、スウはそんなことしない!」

 ずっと端っこで、下を向いていた少年のような執事が、初めて喋った。

 私の頭の中、読まれているみたいだ。

(でもさっき、消すって確かに言った。)

「それは二十九歳のあなたの記憶を消すという意味。」

「喋り過ぎだリュウ、消せばどうせ全部忘れる。」

(やっぱり読まれている。)

 私はさっきから何も喋ってないし、リュウって子もスウも怖い。

「それはできません。死のリストに載っていない、関わってはいけない人に、勝手にそんなことをしたらグレーカードでは済みません。」

 リーダーとか言われていたイーが険しい顔で言った。

「グレーカード一枚くらい仕方ないじゃない、記憶を消すことくらい簡単なんだし、ね、イー。」

「駄目です。私達はすでに皆グレーカード一枚切られています、忘れたのですか。しかもふたりは二枚切られていますから、次のグレーカードでブラックカードになります。そうなれば全員連帯責任で、あの地獄の日々が始まることになりますがいいのですか? チー。」

「嫌ぁぁー! 神様方のお洋服のお洗濯や、天使達の羽根繕ったり、掃除や片付け雑用ばっかり、あんなの毎日したくないぃー!」

 チーと呼ばれた執事は叫ぶ。

(グレーカードにブラックカード? グレー三枚でブラック一枚になるってサッカーじゃないよね。神様の洗濯物って何?)

 思考があちこちに飛ぶ。

(神様ってこの執事達も神様なの?)

「イー、彼女意外にしっかり思考してるみたいだから、ちゃんと説明してから考えてみたらどうかな。」

 ウーと呼ばれていた執事が提案してくれた、地獄に仏かも?

 イーが大きなため息をつき仕方なさげに話しだした。

「私達7人が人でないことは気づかれましたよね?」

「はい、何となく・・」

「私達は神といっても死神です。」

(えぇっ! 死神って存在するんだ。でも、もっと怖い感じかと思っていたけど、やたら綺麗で格好いい。)

「んんっ・・綺麗で格好いいと思っていただくのは嬉しいですが、死神の仕事は過酷なのですよ。」

(しまった! この執事達には私の頭の中も心の中もバレバレなんだった。)

 皆クスクス笑っている、あのスウまで鼻で笑った。

「彼女いい子よね、私のこと綺麗なんて言ってくれて。」

 嬉しそうにチーって執事が言ってくれたけど、あなた7人の中では下位なんですが・・と、思いそうになるのを必死に止めた。

 イーはそのまま続け、

「私達7人はそれぞれグレーカードを切られ、単独行動は危ないと、神から7人で共同生活をしながら仕事を遂行するように命じられたのです。グレーカードとはあなたが考えた通り、ペナルティカードのような物です。グレー三枚でブラック一枚、いきなりブラックもありますが。」

「あのぉ、死神さんの仕事とは、やはり人を殺すこととかですか?」

「だから殺さないって、さっきリュウが言っただろ。」

 赤茶髪のサンが笑いながら言うと、

「神から渡された死のリスト通り、死んだ人の体を回収するだけです。」

 イーが説明し、続けてウーが、

「魂の回収というか導きは天使の仕事、体の回収は死神の仕事、分業制なんですよ。」

「でも体は焼かれたり、土に埋められたりするんじゃないんですか?」

「それはこの世の人が勝手に考えてやってること、そもそも体は神からの借り物だからね。」

 アールがそう言ってウインクした。

「大体しんどい事ばっかり神様は私達死神におさせになんのよ。体の回収といってもみんながみんな綺麗に死ぬとは限らないでしょ、事故や自殺はとくに、きちんと宝箱に納めるの大変なんだから。」

 チーは両手を胸にあて首を傾けた。

(もしかしてチーってオネエ?)

「オネエって何! 私は男らしい方が好きなだけ、あなたにはまったく興味なし! それと、良きも悪しきも歴史的、時代的に存在の大きな人の死には、その人の死より前から関わることもあるのよ、スウは特にそういうのが多いの。」

(そうなんだ、だからあんなに無表情でクールなの?)

「スウは無表情でもクールでもない! いつも心が温かくて優しいし・・」

「リュウ、もういい。」

 スウがリュウに向けた表情は本当に柔らかく優しかった。

(こんな顔をするんだ。)

「ざっと話しましたが、当然私達が人でないことを、人であるあなたに知られてはいけません。簡単なのは忘れてもらう事ですが、死のリストに載っていない人に、死神として関わることはブラックカードに値します、神に知られたら大変です。」

 イーはまた大きなため息をついた。

「じゃ私達の監視下に置きますか? やがて彼女も死のリストに必ず載るのですから。」

 物腰柔らかなウーがさらりと言うと、

「いっそここで執事として働いてもらうのは? 彼女、背も高いし中性的だしね。」

 アールがあきらかに私の胸を見て言った。

「彼女にも仕事や家族があるでしょう、いきなりここへは周りから不自然に思われます。」

 イーは言ったが、私はすぐに、

「仕事は無いです。一週間前にクビになって、今は家族もいないし彼氏もいません。ハハハ・・」

「イヤン! 不幸な子。ここに来たら私が美味しい物いっぱい食べさせてあげる。もう少し出るとこ出て柔らかな体にならなきゃ、お肌もカサカサよ。」

(悪かったですよ! どうせ168cmの身長もてあまし、胸なし艶なし色気なしですよ。)

「上手いこと言いますね。」

 イーとウーが同時に言う。

(腹立つぅー!)

「彼女、名前はなんて言うの? 俺はサン、7人の中ではリュウの次に若い、と言っても彼女よりかは、かなり年上だけどね。」

(えっ、そうなんだ、私より絶対年下だと思ってた。)

「僕達は死神ですよ、何百年何千年と生きる。二十九年なんて一瞬よりも短い。僕はアール、女性には優しいから分らないことあったら何でも聞いてね、手取り足取りお教えいたします。」

「気をつけなさい、見た目に騙されちゃダメよ、アールは冷酷な男よ。バラバラな体を宝箱にポンポン無造作に納めちゃうんだから、私なんてできるだけ元通りにって頑張るのにね。あっ、私はチー、主にお料理を担当する執事よ。」

(バラバラな体って何ですか? 宝箱って? 考えたくない。)

「チー、彼女顔色変わっちゃったよ、大丈夫? 心配しないでここでそんな仕事はしないから。私はウー、いちばん年上です。それから宝箱は体を納める箱のこと、神にとってはどの体も宝物だからね。」

「私はイー、ウーが逃げるからいつの間にか、まとめ役になっていますが、正直まとまらない7人です。おまけに君まで・・とにかく私達のルールは守ってもらいます、そのつもりでいて下さい。」

 しばらく間が空いた、私がスウの方を見たら、

「スウ、自己紹介なさい。」

 チーが促してくれた。

「スウだ。おまえを歓迎する気はない、だが監視はする。」

「もうちょっと優しい言い方ないかしら・・ね。」

 チーは続けて、

「スウはいつもぶっきらぼうだから気にしないでね。それから端にいる子がリュウ、口数少ない子だけど私とほとんどキッチンにいるから。主にドルチェ担当。彼のドルチェは最高よ。」

(あっ! 私アーモンドのブランマンジェ食べてない! そもそもあれを美味しくいただこうと思ったとこからこうなったんだ。)

「まだあるから、後で用意してあげるよ。」

 リュウが目を合わさずにだが言ってくれた。

(やったぁー! 良かった。)

「今の状況をきちんと理解出来ているのですか? それで君の名前は?」

 呆れた顔でイーに言われ、

「ごめんなさい、私は新道麗しんどうれいです。これからよろしくお願いします。」

 本当に、私は今の状況をきちんと理解出来ていなかったんだと思う。

 崖っぷちから、住み込みで仕事が見つかったと喜ぶ気持ちになってしまったようで、お願いしますなんて言いながら、頭を下げていた。

「ではレイと呼びます。これからこの店の上に住み、男として執事の仕事をして生活をしてもらいます。今より先、常に私達の監視下での生活です、いいですね。」

 イーの言葉はもう、拒否することはできなかった。

 こうして私はこの7人の執事たち、いや、わけありの7人の死神たちと、共同生活をすることとなったのだ。






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