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第2話 キーテジ号の住人たち

「き……り……キリヤさん……」

 もうろうとした意識のなかで、霧矢はトトの声を聞いた。

 次第に、冷たい感覚が背中をおそう。

 霧矢は、ゆっくりとまぶたをあげた――

「あ、よかったですぅ」

 トトの顔がみえた。かがみこんで、霧矢をみおろしている。

 そしてその背後には、無機質な配管の群れがあった。

 パズルのように入り組んだそれは、にぶい銀色をはなっていた。

「ここ……は……?」

「わかんないです」

 霧矢は、じぶんが床に横たわっていることに気づいた。

 上半身を起こすと、頭にかるい痛みがある。どこかにぶつけたのだろうか。

 トトは心配そうに、

「寝てたほうがよくないですか?」

 とたずねた。

 金属板のうえに横たわるのは、霧矢には気がひけた。

 あたりをみまわす。

 ここがどこなのか、正確なことはわからなかった。

 蒸気がところどころ噴き出していて、ボイラー室かとも思った。

 けれども、宇宙船にそのような施設があるのかすら、確信がもてなかった。

 室内は全体的に暗く、赤いランプが工業的な冷たさをかもしだしていた。

「ちはるは? セシャトさんは?」

「わかんないです……あ、でも、まちがいなく生きてます」

 トトは端末をとりだし、ふたりの生体反応があることを示した。

「え、だったらHISTORICAで連絡をとればいいんじゃない?」

 HISTORICAというのは、警史庁から配布される、携帯デバイスだった。

 地球のスマホに似た機械だ。さまざまなアプリを搭載している。通信機能もあれば、催眠弾を撃つ機能もあった。前回の捜査でも、お世話になったしろものだった。

 だから、それを使えば、簡単に意思疎通ができるはずだった。

 しかし、トトは、

「さっきから電話してるんですが……出てもらえません」

 と答えた。

 霧矢はすこし不安になった。

「ふたりが生きてるのは、まちがいないんだよね?」

「はい」

 霧矢は立ち上がり、ズボンのよごれをはらった。

 それまで膝立ちになっていたトトも起立する。

「あっちからの連絡を待つしかないか。取り込み中かもしれない」

 そう言いながら、霧矢はじぶんにずいぶんと度胸がついたものだと、あきれてしまった。前回の生死をかけた操作で、感覚がマヒしてしまったのだろうか。

 一方、トトは、

「取り込み中ってなんですか?」

 とたずねた。

「……この物語のキャラと出会ってるとか」

 霧矢は、いくつかの危険な可能性を考えた──が、口にはしなかった。

 一方、トトはその可能性にすら思い当たらなかったのか、すなおにうなずいた。

「ですね……わたしたちはどうしましょう?」

 そこが問題だな、と霧矢は思った。

 独自に捜査するか、それとも、ちはるたちの安否を確認するか。

 霧矢は選択になやんだ。

「……とりあえず、ここがどこか調べよう」

 周囲をみるかぎり、ひとの気配はなかった。ただ蒸気の噴出音が聞こえる。

 壁沿いに歩いていると、ひとつのとびらを見つけた。

 さきほどの事故がフラッシュバックして、霧矢は一歩引いてしまう。

 しかし、ほかに出口のようなものはなかった。霧矢はそのドアを開けた。

 すると、ラボのような場所に出た。

 研究機材が乱雑にならべられている。

 フラスコや試験管、それに試料をのせたシャーレ。

 ピペット、ピンセット、アルコールランプなどの、おなじみの器具もあった。

 そのなかには、研究ノートらしきものもある。

 霧矢がそれをめくろうとしたとき、トトの悲鳴が聞こえた。

「どうしたの?」

「き、キリヤさん……なんか気持ち悪いのがいます」

 トトは、壁をゆびさした。

 大きなガラス製のシリンダーが2本、壁のくぼみに陳列されていた。薄青い照明に照らされて、透明な液体が充満にしている。

 そのうちの1本に、奇怪な生物が浮いていた。カブトガニのような頭部。甲殻類に似た胴体が、人間のように四肢を持っていた。ザリガニのような背中、蛇腹に割れた腰と腹。足は哺乳類のそれというよりも、むしろ昆虫に類似していた。腕の先にあるのは指ではなく三つ鎌の鋭い刃であった。

 霧矢は、この生物の正体を特定できなかった。

「もしかして……地球外生命体?」

「ちきゅうがいせいめいたい?」

「エイリアンってやつだよ」

 トトはポンと手をたたいた。

「口から口がシャーッて出てくるおばけですか?」

 トトでも地球の有名なSFは知ってるんだな、と霧矢は思った。

 それは霧矢にとって、すこしばかり意外だった。

 怖い作品は避けているものだと、勝手に思い込んでいたからだ。

 霧矢はもういちど、標本に目をむけた。

「このエイリアンが、そういうタイプがどうかはわからないけど……」

「これって死んでるんでしょうか?」

「たぶん……でも、この宇宙船は、地球から出発したはずじゃ……」

 そのときだった。

 背後からふいに、聞き慣れない少女の声がした。

「きみたちはだれ?」

 ふりむくと、純朴そうな少女が立っていた。

 背が高く、姿勢はまっすぐしている。

 長い黒髪が、腰まで伸びていた。

 ひとを疑うことをあまり知らないような瞳がみえた。

 少女はその瞳でふたりをまなざしながら、

「きみたちはだれ? キャンプのお客さん?」

 と、わけのわからないことを口走った。

 霧矢はすこし距離をたもったまま、

「キャンプ……? あなたはだれですか?」

 とたずねかえした。

「わたしは茜。きみたちは?」

 霧矢は、質問を質問で返してしまったことに気づいた。

 すこしあらたまった調子で、

「ぼくは霧矢です。こちらはトトさん」

 と、自己紹介をした。

 と同時に、目のまえの少女の正体をさっした。

未羽みわあかねさん……ですか?」

 霧矢の確認に、少女はうなずいた。

「うん」

 じぶんの勘がまちがっていなかったことを、霧矢は確信した。この少女は、『恋愛黙示録ラブマゲドン』に登場するヒロイン、未羽茜だ。人類滅亡が近いという預言を信じて、その救済に奔走する世紀末クラブの会長。

 しかし、セシャトから聞いたときにいだいたイメージと、目のまえの少女が、どうも一致しないように感じられた。どこがどう一致しないのか、それを言語化することはできなかったけれども。

 霧矢は、このゲームの中心人物に出会えたことに安堵し、同時に恐怖した。

「キリヤくんは、どこから来たの?」

 霧矢はこの質問にあせった。

 現実世界から来ました、とは言えない。

 べつの宇宙船から乗り込みました、というのも不自然だった。

 ところが、茜自身がハッとなって、

「ごめん、頭の悪い質問だった。上しかないよね」

 とつぶやいた。

 上とはなんだろうか、と霧矢は思った。

 そして、おそらくあの透明な天蓋からみえた都市だろうと、あたりをつけた。

「う、うん……そうだよ、地上でたまたま入り口をみつけたんだ」

「きみたちは、電園でんえん町のひと?」

「でんえんちょう……?」

「ちがうんだ。やっぱりキャンプ?」

 さきほどから、会話がちぐはぐだった。

 しかし、深入りするのは危険であるように、霧矢には思われた。

 茜はそんな霧矢から視線をトトへうつした。

「きみは?」

「わたしはトトと申します。よろしくお願いします」

 トトはていねいに頭をさげた。

 茜もていねいに会釈する。

「ふたりとも、キーテジ号へようこそ」

 霧矢とトトは、おたがいに顔を見合わせた。

 霧矢は、

「きいてじごう……?」

 と、やや間延びした調子でたずねた。

「この船の名前。すてきな名前だよね?」

 あまりにも場違いな質問に、霧矢は答えられなかった。

 茜は、さらに不可解なセリフを継いだ。

「人類は、もう環境破壊で地球に住めなくなる。この船は、わたしたちを助けてくれるんだ」

 霧矢は困惑した。

「……どういうこと?」

「つまり……なんていうのかな……わたしたちは森や川をたいせつにしなかったから、地球はだんだんと暖かくなって、人間を追い出そうとしているの。だから、わたしたちは宇宙に出ていかないといけない」

 オカルトサイトの読みすぎだ――霧矢は、背筋にぞくりとするものを感じた。

「ごめん、わたしの説明がヘタだった?」

 霧矢は、「あ、いえ」と、やや間の抜けた返事をした。

「あの、それで……ここには茜さんしかいないんですか?」

 茜はきびすをかえした。

「コックピットに、みんないる」

 茜は背をむけて、ラボを出て行った。

 霧矢たちがあとを追ってラボを出ると、ろうかでひとりの老人と鉢合わせた。

 老人は猟銃を持って、部屋の出口を監視していたのだ。

 頭頂部のハゲあがったその老人は、メガネごしに霧矢たちをにらんだ。

「おまえさんたちは?」

 霧矢が自己紹介をするよりも早く、茜が事情を説明してくれた。

「このひとたちはキャンプに来たみたい」

 老人は眉間にしわをよせた。

「キャンプ? ……宇宙までごくろうなことだ」

 そのセリフは、老人なりの皮肉であることに、霧矢は気づいた。

 そして、茜はふたたび歩き始めた。

 老人は霧矢たちに、あごで「ついてこい」と合図した。

 ついていくしかないと、霧矢はそう判断し、茜たちのあとを追った。SF映画によくあるチューブ状のろうかが左右に続いていた。茜はそれを左手の方向にすすんだ。壁は真っ白で、なめらかな素材からできていた。照明は埋め込み式になっているらしく、LEDのようなライトが、壁にそって横一直線にならんでいた。

 霧矢の耳もとで、トトがささやく。

「なんかラッキーでしたね」

「……」

 茜は、霧矢たちの登場に、疑問を持っていないようだった。

 たしかにこれは、霧矢たちにとって好都合だった。

 彼はこのゲームの内容を、よく知らなかったからだ。

 だが同時に、主導権を完全に持って行かれていることが気になった。

 この調子では、これからの行動を茜にすべて束縛される可能性があった。

 可能性があった、というよりも、すでにそうなりかけていた。

 霧矢は部外者という立場をのがれるため、老人に声をかけてみた。

「あの……あなたのお名前は?」

「わしは灰田はいだだが……そこのお嬢さんからは、ドクターと呼ばれとる」

「ドクター?」

「本業は医者なんじゃよ」

「お医者さんが、なぜこの船に?」

「そとで風景写真を撮っておったら、巻き込まれた」

「巻き込まれた、というのは?」

 ドクターはふりむいて、ややけげんそうな表情になった。

「おまえさんたちとおなじだ。電園町で宇宙船にさらわれた」

「あ、はい……そういう意味でしたか」

 霧矢はうっかり、そういう設定でしたか、と口走るところだった。

 今の会話で、この宇宙船が地球から出発したことが、はじめてわかった。そして、さきほどの茜の発言にも納得がいった。茜は、霧矢とトトも宇宙船による誘拐アブダクションにあってしまったと、勘違いしているのだ。デンエンチョウというのは、おそらく茜たちが住んでいる町の名前だろうと、霧矢はあたりをつけた。

「ドクターがお持ちになられてる銃は?」

「これか? ……見りゃ分かるだろ、護身用の銃だよ」

「護身用?」

 その言い回しに、霧矢は特別な意味を感じ取った。

 すでに事件は起こってしまったのだろうか。緊張が走る。

 ところが、老人の次の言葉は、霧矢の予想だにしないものだった。

「エイリアンじゃよ」

「エイリアン……?」

「さっきラボにいた怪物をみなかったのか?」

「あれですか……でも、あれは死んでますよね?」

 シリンダーは二本あっただろう、とドクターは言った。

 霧矢は青くなった。

「まさかもう一本にいたほうが、生きてて逃げたんですか?」

「と、そこのお嬢ちゃんは言っとる」

 すると、茜はふりかえって、

「ドクターもそう言ったじゃないか」

 と言った。

 年上に対してタメ口の茜だったが、ドクターはそこには頓着せずに、

「わしは『可能性がある』と言ったんじゃよ」

 と訂正をいれた。

 茜はしばらく口を開けたあと、

「……そう、ごめん。容器が空っぽなら、逃げたと思う」

 と返した。

 この会話を聞いていた霧矢は、拍子抜けしてしまった。

「つまり……目撃したわけじゃないってこと?」

「キリヤくんは、車のなかに閉じ込められたら、怖くない?」

「……そりゃ怖いけど」

「それといっしょだよ。エイリアンは、あの……透明なケースのなかに閉じ込められて、怖かったんだ。だから壊して、そとに出た。もしかすると、そのことをうらんでいるかもしれない。日本語は通じるかな? 通じるなら、もうだいじょうぶだと言ってあげれば、友だちになれるかもしれない」

 日本語が通じないのはそっちだろうと、霧矢は思った。

 茜の妄想には、リミッターがないように感じられた。

 ドクターも、霧矢に対して無言で、肩をすくめてみせた。

 四人は黙って廊下を歩き、ひとつのドアのまえで止まった。

 茜がドアに話しかけると、プシュという音ともにドアが左右にひらいた。まっしろな、まばゆい空間が目のまえにひらける。それは奥行きが一〇メートルほどありそうな円形の空間で、中央に白い椅子と白い丸テーブルがおかれていた。テーブルの高さは、霧矢の太ももの付け根あたりだろうか。パッケージ式の食料が散らかり、金属製のコップがいくつもそのままになっていた。

 天井は、ぜんたいがうっすらと輝いていた。廊下とおなじ技術で照らしているようだ。さらに壁には、小さめのドアが6つみえた。それぞれに謎の記号が書かれている。

 室内にはだれもいなかった。茜は壁のドアに駆け寄り、ノックした。

箕倉みのくら、どうしたの?」

 プシュンと空気の抜ける音が聞こえ、ドアが向かって左にひらいた。

 中から、ぼさぼさ髪の少年が顔を出す。瞳がどろんとにごっていて、いかにも覇気を感じさせない顔だった。

「なんです?」

「る、留守番を頼んだと思うんだけど……ほかのメンバーは?」

「みんな自室ですよ」

 それを聞いた茜は、時計まわりにドアをたたいた。なかから次々と少年少女が出てくる。栗色の髪をツインテールにまとめた、快活そうな美少女、金髪オールバックの少年、あっけらかんとした感じの、赤毛のポニーテールの少女、そして最後に、平凡な顔立ちの眼鏡っ子が、おずおずと顔を出した。

 ぜんぶで5人。最初に口を開いたのは、ツインテールの少女だった。

「ドクター、その人たちは?」

 茜は、そのツインテールの少女に頼みごとをした。

篤穂あつほ、このふたりはお客さん。みんなを紹介してあげて」

 篤穂は聞こえない程度のタメ息をついて、霧矢たちにあいさつする。

「はじめまして、あたしは過田すぎた篤穂あつほ。篤穂でいいわよ」

「霧矢です。こちらはトトさん」

「はじめまして、よろしくお願いします」

 トトは頭をさげる。篤穂はそんな彼女をじろじろと観察した。

「あなた、変わったかっこうをしてるのね」

「はい、よく言われます」

「それじゃ、ほかのメンバーも紹介するわ。まず、甘野あまのくん」

 篤穂はまず、金髪オールバックの少年を紹介した。

 かるく日焼けをしていて、いかにもアウトドアな印象を受けた。着ているものは袖なしの黄色いシャツに迷彩柄のハーフズボンだった。体格もよく、衣服からのぞいている腕や太ももには、しっかりと筋肉がついていた。

 甘野はおどけた調子で、

「よろしくぅ」

 と敬礼した。

 次に、ぼさぼさ髪の少年を紹介される。

「箕倉くん」

「……よろしく」

「ドクターはもう自己紹介してあるわよね? 次は遊花ゆうか

 ポニーテールの少女がまえに出る。

「よろしくお願いしまーす」

「最後にサクラちゃん」

 メガネをかけた少女が、おどおどしながらあいさつする。

「は、はじめまして……」

「これでぜんぶよ」

 霧矢はめいめいの名前を暗記し、それからさぐりをいれた。

「みんなは、どういう経緯でこの船に?」

 篤穂はいかにもめんどくさそうな顔で、

「茜のバカにつきあわされたのよ」

 とののしった。

 これを聞いた箕倉は、

「そういうキワドイ話は、しないほうがいいですよ」

 と、擁護を入れた。

 たったふたつの会話で、霧矢はこの場の統率がとれていないことを察した。

 さらに間が悪いことに、茜がもどってきた。

「みんな、仕事にもどってくれないかな」

 篤穂はムッとした表情で言い返す。

「あんたがメンバーを紹介しろって言ったから、してあげたんでしょ。お礼は?」

「あ、ありがとう」

 茜の感謝のしかたは、どこか篤穂をイラだたせるところがあったらしい。

 篤穂は肩をすくめて、おおげさにあきれてみせた。

「仕事っていっても、なにもやることがないじゃない」

「見張りを頼んだよね?」

「だったらキャプテンらしく、茜がここを見張ればいいじゃない」

「……そうだね。ごめん」

 茜と篤穂のやりとりは、霧矢にとって不可解だった。

 篤穂の主張には、ロジックのかけらもない。

 キャプテンとは全体を指揮する存在であり、見張り役ではないはずだった。

 ところが、茜は反論もせず、すっかりやりくるめられていた。霧矢は、茜の言動にどこか違和感をおぼえていたが、それがなんなのかは具体的にわからなかった。

 微妙な空気に、サクラがおびえながら異議をもうしたてた。

「あの……篤穂さん……みんなで分担したほうが、いいような……」

 篤穂はこれを一蹴した。

「サクラ、あんたは黙ってなさい」

「は、はい……」

 場の空気が凍る。

 サクラはひっこんだ。

 そして、篤穂が勝手に場を仕切り始めた。

「見張りはキャプテンがしてくれるから、あたしたちは待機。以上」

 篤穂はそう言って、個室へもどろうとした。

 茜が引きとめる。

「待って、バラバラになるのはダメだよ」

 篤穂はあざけるような笑みを浮かべた。

「部屋にもどるだけ」

 篤穂をとめようと、茜は一歩まえに出た。

 すかさず、甘野があいだに割ってはいった。

「そう篤穂をいじめるなって」

 思わぬ援護に、茜はたじろいだ。

「ご、ごめん」

「個室にもどったくらいで、単独行動にはならないだろ。みんなここにいるんだ」

 甘野はそう言って、猟銃でじぶんの肩をとんとんとたたいた。

 茜はしばらく沈黙して、

「……どこかにエイリアンがいるかもしれない」

 と答えた。

 篤穂は鼻で笑う。

「ラボのエイリアン? あんなの、ただの死骸よ」

「一匹は生きてる」

「あんた見てないんでしょ? あの容器は、最初からからっぽだったってわけ。そもそも、エイリアンが徘徊してるのなら、食糧が荒らされていないのは変でしょ。それにね、ここの食事はマズくて、ストレスが溜まるのよ」

 この発言に、それまで傍観者だった遊花が口をはさんだ。

「そうそう、今朝から胃の調子がおかしいしぃ」

 遊花はそう言って、そのくびれたへそのあたりを、親指でゆびさした。

 だが、茜は折れなかった。

「エイリアンは、わたしたちとちがうものを、食べてるのかもしれない」

「ロボットでもない限り、アミノ酸なんかの必須成分は、人間と同じはずよ。外観が甲殻類に似てるんですもの。タンパク源やミネラルを必要としてなきゃおかしいわ」

 篤穂の分析は、強烈な説得力を持っていた。

 茜も反論ができないようにみえた。

 というより、茜は今の主張を理解できなかったのではないかと、霧矢は思った。

「……わかった、みんなもどっていいよ。わたしはここにいる」

「じゃ、昼寝でもするから、おやすみ」

 篤穂はそう言って、コンパートメントのドアを開け、中に姿を消した。

 その場のメンバーは、個室にもどったり、テーブルについたり、バラバラな行動をとった。だれも茜に声をかけることはなかった。茜はじぶんの指示が正しかったのかどうか、考えているのだろうか。その場にたたずんで、動かなかった。

 それをみていた霧矢の耳元で、トトは、

「これは死亡フラグですよ。ホラー映画でも、群れから離れた人が死んじゃうんです」

 と、おびえたようにつぶやいた。

 なるほど、見事な死亡フラグだと、霧矢も思わずうなずきかえした。

 ただ、エイリアンがいるという茜の主張は、霧矢には絵空事に思われた。

 茜は思い立ったように顔をあげ、霧矢のほうをみた。

 霧矢は、今の会話が聞こえたのではないかと不安になった。

 が、それは杞憂きゆうだった。

「キリヤくんだったよね……とりあえず座って」

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