16
ロンヌシェルト・ホテルがケーナバルトでも一、二を争う高級ホテルだということは、神殿のような外観を見ただけでわかった。
各国の王族や大臣たちが宿泊するホテルらしく、カウンター脇の壁面に記念プレートがいくつも飾られていた。もちろん、ケーナバルト二世の名前もある。
ロビーの天井は神秘的な天空世界が描かれていて、壁面には歴史上の偉人たちの絵画が飾られていた。大理石の女神像はいまにも動きそうな姿でたたずみ、こちらに微笑みかけてくる。ロビーでくつろいでいると、まるで天界の一員にでもなったかのような錯覚に陥ってしまう。
ふだん泊まっている安宿とは、それこそ天と地ほどの違いだった。
ヴィスは女神像に見とれ、ふかふかの絨毯にはしゃぎながら、さきほどフロントで受け取ったルームキーを振り回しながらいった。
「あの秘書官は気が利くな。部屋を別々に取ってくれるなんて」
「同じ部屋にしてもらったほうが、目が届いてよかったのですが……」
「なんかいったか?」
「いえ、べつに」
トリアは視線をそらした。
「それより、飯を食いに行こう。腹ペコだ」
食事に誘われたトリアは立ち止まり、ゆっくりと首をかしげた。
「あの、ヴィス」
「なんだ?」
「私はエレクトオートなので、食事はしないと説明したはずですが?」
「聞いたよ。それがどうした?」
逆に不思議そうな顔で聞き返すヴィスに、トリアは困惑した。
「どうして、食事に誘うのですか?」
「決まってるじゃないか? 食事の“見学”をさせてやるためだよ」
「それはありがとうございます。でも、一度きりという約束ではありませんでしたか?」
「そんな細かいことはどうでもいいじゃないか!」
ヴィスはトリアの背中をテレ隠しに、バンバンと力づよく叩いた。
「さっきフロントで聞いたら、毒茄子を食わせるうまい店があるそうなんだ。いまから、そこに行こう」
「毒茄子? 毒を食べるのですか?」
食事に関しての知識が乏しいトリアが、怪訝そうに訊ねた。彼は単純に毒という言葉を頭の中で検索してしまった。ヴィスが、にんまり得意げな顔つきになった。
「な、不思議だろう? ポイントは割り豆なんだ。これがまた、うまいんだ。どうだオレの毒茄子の講義を聞きたいだろう?」
「まあ、興味深い話ではありますが……」
トリアは、なにか釈然としないものを感じたが、ヴィスの勢いに押し切られた。
「じゃあ、決まりだ。一時間後、フロントの前に集合だ」
「……わかりました」
トリアはうなずき、そこでヴィスからアタッシュケースを受け取ると、自分の部屋に入っていった。