13
「それで?」
二頭立ての馬車に揺られながら、トリアが口をひらいた。
王宮の敷地はかなり広い。正面玄関の庭園を抜けるため、ふたりは用意された馬車に乗せられ、銀色の月が映りこんだ湖のほとりを静かに走っているところだった。
うっそうと覆い茂る蒼い森に、純銀の月光が差しこみ、幻想的な世界が姿をあらわしていた。まるでその情景自体がひとつの生命のように息づいている。
だが、残念なことにトリアはまるで興味がなかった。
窓の外をのぞきこんでいたヴィスは、容赦なく現実世界に呼び戻された。
「ここまでして、王宮内に入りたかった理由はなんですか?」
いままでにない、トリアの真剣な口調にヴィスは首をすくめた。
「……ケーナバルト二世に会いたいんだ」
「ケーナバルト王に? どうして?」
「それは、つまり……」
ヴィスが言いにくそうにしていると、トリアは静かにいった。
「先ほどまでとは、状況が違います。あなたはエレクトリア・アンペールの従者として、王宮内にいるのです。ですから、あなたの真意がなんなのか、こちらは知っておく必要があります……仮にもし、あなたがケーナバルト王の暗殺をたくらんでいるのなら、私は戦争の火種を拾いこんだことになります」
「暗殺だなんて、とんでもない! むしろその逆だ!」
「逆? 逆とは、どういう意味ですか?」
口を滑らせたヴィスは、すこしのあいだ、口をパクパクさせていたが、これ以上隠していても仕方がないと悟り、これまでのいきさつを説明した。
トリアは組んだ指をひざに乗せたまま、黙ってその一部始終を静かに聞いていた。そして、聞き終えると、幾つかの質問を口にした。
「その凶相は、本当に人の生き死に関わるようなものなのですか?」
「まちがいない」
ヴィスがうなずく。
「でも、その死にいたる原因がなんなのか、占いからでは読み取れないのですね?」
「そうだ」
「時期は?」
「そう遠くない未来、と告げていた」
ヴィスの真剣なまなざしを見返しながら、トリアはしばらく黙りこんだ。なにか考えているようだった。
「それで、あなたはケーナバルト王にお会いして、どうするつもりなんですか? まさか今の話をそのまま、王にお伝えする気ですか?」
「そうだよ」
トリアが首をふり、ため息をついた。
「そんないたずらに人心を惑わせるようなマネをして、無事に帰れると思っているんですか? “あなたは近々死ぬかもしれない。だから、気をつけなさい”ってことでしょう。いくら温厚なケーナバルト王でもただではすまないでしょう。牢獄に入れられるかもしれないし、場合によっては殺されるかもしれませんよ」
「そうかなぁ?」
ヴィスが納得できないようすで、首をひねる。
「よくそんな無計画な状態で、ここまで来ましたね」
「せずに後悔するよりも、して後悔をしろ! っていうのが、オレの信条なんだ。なんとか、なるもんだよ。その証拠にこうやって王宮にも入れたし、ケーナバルト王にも会える」
「ああ、いい忘れていましたが、ケーナバルト王には会えませんよ」
トリアの発言に、ヴィスは目を点にした。
「いま、なんて?」
「ケーナバルト王には会えません。この馬車は宮殿にはむかっていませんから」
「じゃあ、どこにむかってるんだ?」
「中央政務室です」
「中央政務室?」
裏返った声で、ヴィスはオウム返しに訊ねた。心得たようにトリアはうなずき、すでに準備していた説明の台詞をはいた。
「王宮には、ケーナバルト王の住居である宮殿以外に、国の中枢機能が集まっています。司法機関である中央最高裁判所、立法機関である最高評議院、それから、今むかっている行政の最高機関、中央政務室です。実質的に国の運営をしているのは、この中央政務室です」
「ふうん……で、お前はその中央政務室になにしにいくんだ?」
ヴィスが訊ねると、トリアはいたずら好きの少年のように、微笑んだ。
「行けばわかります……ああ、それから、ヴィス。ひとつ約束を守ってください。これから、私が仕事を終えるまで、絶対に勝手なおしゃべりはしないでください。いいですね、これだけは守ってくださいよ。ケーナバルト王のことは、私も最善の方法を考えますから」
ヴィスは口を一文字にして、黙ってうなずいた。