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チェックメイトの一手先  作者: 八海宵一
13/40

12

 道の向かい側に、高い城壁が見えてきた。

 城壁はどこまでも続き、衛兵(えいへい)らしき男が、一定の距離に立ち、鋭い視線であたりを見回している。ヴィスはときどき衛兵に会釈をし、さらに歩き続けた。

 この城壁の向こうに王宮があるのは衛兵のようすからみて、まず間違いないだろう。だが、門が見当たらない。

 一体、どれだけ広いんだ。

 ヴィスはウェイターの言葉を思い出しながら辟易(へきえき)した。三分の一というのは、誇張(こちょう)でもなんでもないのだろう。

 (あし)に自信はあっても、単調な道はつまらない。

 いっそのこと衛兵の目を盗んで、壁を乗り越えてやろうか。

 ヴィスがそんなことを考えていると、やっと大きなストーンアーチ(石門)が見えてきた。門は頑丈そうな鉄扉で閉ざされ、その手前には四人の衛兵が銃を肩から提げ、仁王立ちで立っていた。かがり火は電気ではなく、(まき)()かれていた。

 ヴィスは声をかけるべきか迷ったが、本当にここが王宮なのか知っておく必要があると考え、衛兵のひとりに声をかけた。

「やあ、こんばんは」

 衛兵は、鋭い眼光を黙ってこちらにむけた。

「今日は冷えるね」

 衛兵は、鋭い眼光を黙ってこちらにむけた。

「ここはケーナバルト王宮でいいのかな?」

 衛兵は、鋭い眼光を黙ってこちらにむけた。見かねた別の衛兵が、近よってきた。

「なんのようだ」

「いや、有名なケーナバルトの王宮を一目見たいと思って、歩いてきたんだけど、ここでいいのかな?」

「うむ。たしかにここが王宮だ。見ただろう。さあ、帰れ」

 衛兵は冷たく言い放った。ヴィスは肩をすくめた。

「なかを見学したいんだけど、そういうのはやってないのかな?」

「こんな夜遅くになにを言ってるんだ? 庭園の見学なら、明日の朝、出直して来い」

「いや、庭園じゃなくて、王宮内を見学したいんだけど」

 ぴくり、衛兵の眉が神経質に動いた。ヴィスを怪訝(けげん)そうに見つめる。

「おまえ、なにものだ?」

「そんな怖い顔しないでくれ。オレはただの旅行者だよ」

 四人の衛兵が、いっせいに疑いの目をむけてきた。

 なんだよ、オレはそんなに胡散臭(うさんくさ)いのか。

 ヴィスは少しムッとしたが、顔には出さなかった。

「旅の記念に宮殿が見られるんなら、見せてもらおうと思っただけだよ。本当だって、ウソじゃない。その……田舎(いなか)の母ちゃんに、土産話(みやげばなし)のひとつでも持って帰ってやりたかったんだ。そうすりゃ、病気の母ちゃんも少しは気がまぎれるだろうと思って……母ちゃん、昔から旅の話が大好きだから……」

 大ウソだ。

 だが、ヴィスは顔をふせながら、声を震わせ、目に涙をうかべた。

 それを見ていた衛兵たちも、つられて目頭を熱くする。

「お前、田舎はどこだ?」

「ユエラの南、ナンス村だよ」

「また、ずいぶん遠くから来たものだ!」

 衛兵のひとりが大げさに首をふる。

「こんなところで、道草を食っている場合じゃないだろう。さあ、はやく母上のところに帰ってやれ、この親不孝者!」

「そもそも、親が病のときに旅に出るのが、けしからん! いまからでも遅くない、すぐに帰ってやれ!」

「あ、あのちょっと……」

 妙な展開に、ヴィスは戸惑った。

 だが、衛兵たちは止まらない。

「最近の若い奴は――」

「私が若いときは――」

「親がいるうちに孝行(こうこう)しろ」

後悔(こうかい)するぞ」

 口々にすき放題いう衛兵に、ヴィスは言葉をうしなった。一対四だと勝ち目がない。それにしても、よく(しゃべ)る衛兵だ。ふだん無口なぶんの反動だろうか。

「さあ、帰れ、帰れ! 宮殿が見たいのなら母上の病を治し、一緒に見学に来なさい。そのときは特別に私たちが、侍従長(じじゅうちょう)に掛けあってやろう」

「それは、困るよ」

「困る? なぜ困るのだ! そのほうがよっぽど、親孝行ではないか!」

「それは、つまり……」

 ヴィスが言いよどんでいると、背後から聞き覚えのある声がした。

「なにをしているのですか? こんなところで」

 振りむくと、透き通った声の主は、不思議そうに首をかしげていた。

「トリア! お前こそ、こんなところでなにをしてるんだ!?」

「私は、もともとここに用があってきたのです。あなたのほうこそ、リーデリア湖に行ったのではなかったですか?」

「いや、その」

 またしても、予期せぬ展開だ。これはマズい。ヴィスはトリアの腕を掴み、衛兵から少し離れたところへ連れ出した。

「なんですか? 一体」

「お前、このなかに入れるのか?」

「もちろん、特命全権大使ですから」

「だったら、頼みがある」

ヴィスは声をひそめながら言った。

「オレを従者ってことにしてくれないか?」

「……あなたを? どうして」

 トリアは怪訝そうな顔を、そのままヴィスにむけた。

「理由はあとで話すよ、だから、たのむ!」

「……」

 懇願(こんがん)するヴィスにトリアは困惑した様子だった。彼は嘆息(たんそく)し、黙って身を(ひるがえ)すと衛兵のほうへと歩き出した。

「ダメか……」

 ヴィスは落胆(らくたん)し、頭をうなだれた。こうなったら、強行突破しかない。城壁のどこかから、乗り越えてもぐりこむしかなかった。

 ヴィスが門に背をむけ、歩き出そうとしたとき、トリアが声をかけてきた。

「ヴィス、なにをしてるんですか? ちゃんと(かばん)を持ってきてください」

 言われたヴィスが足元をみると、トリアのアタッシュケースがそこに置かれていた。

 ってことは、つまり……。

 ヴィスは顔を輝かせ、足元のアタッシュケースを拾い上げると、急いでトリアに駆けよった。

 トリアは満足そうにうなずき、それから、衛兵たちに話しかけた。

「どうも、お騒がせしました。このものは私の従者なのですが、いささか虚言癖(きょげんへき)がありまして、なにかご迷惑をお掛けしませんでしたでしょうか?」

「虚言癖?」

 衛兵が、きょとんとしたようすで聞き返した。

「ええ、あることないことペラペラと喋っては、まわりのものに迷惑をかけて、困っています……ああ、申し遅れました、私、エレクトリア・アンペールの特命全権大使、トリア・ラ・ミレッドといいます。このものは従者のヴィス・クロットです」

 トリアは上着の内ポケットから、書類を一枚取り出した。衛兵はそれを確認すると、トリアに一礼し、開門の準備にとりかかった。

「それにしても」表に残った衛兵のひとりが、トリアにいった。

「あなたも大変な従者を連れておいでですな」

「は、はあ」

 トリアは、苦笑いしながら、曖昧に返事をした。

「本当に、母上の話はウソですか?」

「ええ、まあ」

「はー、あの話がねえ、ウソとはねえ……」

 衛兵は、もう一度おなじことつぶやき、ひとりで感心していた。

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