影ふたつ
知らない人から物をもらってはいけません。
十二月 二日(水)今日、雪のふる町を散歩していたら、前を歩いていた男の人の首がとれた。 僕はおどろいて立ちすくんだ。人間の首がそんなに簡単にとれるなんて、想像もしていなかった。ただのっかっていただけの様に転げ落ちたその人の顔は、まだ若い人のようだった。首から下が頭をさがしてうろついている。さんざん人にぶつかっているのに、誰も首のない男の人を不思議に思っていないらしくて、僕はまた少しびっくりした。
「こっちだ、こっち」
頭の部分は何度か体に声を掛けたけど、何せ耳だって頭についてるんだから、きこえっこない。
知らない人に声をかけるのはコワイけど、困っているようだったから首を運んであげた。耳の後ろ辺りを持って運ぶと、やわらかい真っ黒な髪の毛が雪にぬれていて冷たかった。見た目よりずっとずっと重くて、うでが痛くなったけど、なんとかその人に首を渡せた。
その人は、フードをかぶるように、首を体に載せた。一二度首をひねって、ちゃんとくっついているのがわかると、「ありがとう」って優しい声でいってくれた。色が白くてとてもきれいな人だった。
でも首を落としちゃうなんてマヌケな人だ。ほっぺたに泥がついているって教えてあげたら、手の甲で拭って、恥ずかしそうにしてた。お礼にって真っ黒なコートからあめ玉をひとつ出してくれたんだけど、それが僕の一番すきな、アンパソマンキャンディのぶどう味で、僕はすっかりうれしくなった。
こんなにすごいことがあったのに、まわりの人たちは誰も気づいていない。歩きだしながら、僕はなんだか楽しくなって笑った。振り返ったらその人も笑っていて、ますます楽しい気分になった。笑い声はぶどうのにおいがした。
家に帰ってから、鏡の前で首をひっぱってみたら、簡単にとれた。大発見だとおもった。
鏡のなかの僕が、僕の腕のなかであめをなめていた。