第4話 疑念
その日は、先生に消音帽子を見せるという目的も果たしたので、すぐに解散することになった。
病院を出て、いつもの帰り道を歩く。
でも、今日はお互いに何も話すことができなかった。
いつもなら鳥の話や、バイオミミクリーの話で盛り上がるのに。今日は、とも先輩も僕も、黙ったまま歩いている。
竹下先生の言葉が、頭から離れない。
「あの日、頭にぶつかったものと……似ているんだ」
消音帽子と、同じ触感。
それが意味することは……。
「じゃあ、また明日」
とも先輩が家の前で言った。いつもより声が小さい気がした。
「はい。また明日」
僕も、いつもより小さな声で答えた。
⸻
家に帰って、部屋に入ると、すぐにベッドに倒れ込んだ。
天井を見つめながら、今日一日のことを反芻する。
竹下先生の顔。
消音帽子を触った時の、あの表情。
とも先輩の真剣な眼差し。
僕は起き上がって、机に向かった。ノートを開いて、ペンを取る。
この事件の犯人像について、仮説を立ててみよう。
まず、犯人は僕が作っているものの存在を知っている人じゃないだろうか。
フクロウの羽から着想を得た消音帽子。これを作っていることを、事件の前に知っていたのは……。
僕はノートに名前を書き出した。
・家族(父、母、弟)
・竹下先生
・遥希
とも先輩は、僕が何か作っていることは知っていたかもしれない。でも、それが消音帽子だと知ったのは、事件が起きた後のはず。だから、犯人ではないと思う。
僕は一人ずつ、可能性を考えてみた。
**竹下先生……**被害者である先生が犯行をした、というのは、怪我の程度がそこまで大きくないことから、可能性はゼロではない。でも、限りなく低いと思う。自分を傷つける理由がない。
**家族……**あの夜、みんな家にいたはずだ。お父さんの帰りは少し遅かった気もするけど、特に竹下先生を襲う理由があったとは考えられない。それに、家族が先生を知っているかどうかも怪しい。
遥希……。
ペンが止まった。
友達がそんなことをするとは思えない。思いたくない。
でも。
今朝、消音帽子を見せようとした時、遥希は拒否した。いつもなら興味津々で見てくれるのに。
それに、最近「テストやばい」ってしきりに言っている。赤点取ったら大会に出られないって、すごく焦ってた。
もし、竹下先生に何か恨みがあったとしたら……?生物で赤点を取る可能性が高いと思っていたとしたら……?
いや、でも。
僕は頭を振った。
これは推測でしかない。たまたま僕の消音帽子に触感が似ていただけで、全く違う第三者による犯行だった可能性も否定できない。
それに、竹下先生は怪我の様子を見るに、脳震盪を起こしていた可能性が高い。証言の信憑性も、少しは落ちると考えた方がいい。
ただ……客観的に見て、遥希はだいぶ疑わしいかな。
明日、とも先輩に相談してみよう。そもそも、どうやって事件が起きたのかも分からないし。
僕はノートを閉じて、ベッドに横になった。
なんか、僕、探偵みたい。
そう思ったけど、全然嬉しくなかった。
⸻
翌朝、学校に行くと、いつものように朝練を終えた遥希が隣に座っていた。
「おはよう、美玖」
「……おはよう」
少しだけ、気まずさがあって、遥希の顔をまっすぐ見られない。
何か知っているかもしれない。
そう思わずにはいられないけど、僕が友達を事件の犯人かもしれないと疑っているなんて、思われたくない。
「昨日のお見舞い、どうだった?」
遥希が聞いてきた。
「……うん、先生、元気だったよ」
それ以上、話したくなかった。
僕は会話を拒否していることを示すかのように、鞄から本を取り出した。この前買った「野生ネコの美しさ」という写真集だ。
ページをめくりながら、朝のホームルームが始まるのを待った。
でも、写真の美しさは、今日は全く頭に入ってこなかった。
⸻
ホームルームで、担任の先生が連絡事項を伝えた。
「警察の捜査も一段落したようです。今日から、部活動を再開します」
教室にざわめきが広がった。
ようやく日常が戻ってくる。
でも、僕の中のモヤモヤは、まだ晴れていなかった。
学校が終わったら、生物部の部室に行こう。ちょうど消音帽子も持ってきてるし、置いていきたい。
それに、多分……というか確実に、とも先輩は来るだろう。
先輩となら、この疑問を共有できる気がする。
⸻
放課後、生物部の部室に向かった。
扉を開けると、既にとも先輩がいた。窓際の椅子に座って、野鳥図鑑を読んでいる。
「あ、美玖。来たね」
「とも先輩、早いですね」
「まあね。他の部員はまだ来てないけど」
生物部には他にも3人部員がいるけど、まだ来ていないみたい。というか、来ないかもしれない。特に何かすることがあるわけでもないし。
僕は消音帽子を部室の棚に置いて、とも先輩の向かいの椅子に座った。
しばらく沈黙が続いた。
窓の外から、運動部の掛け声が聞こえてくる。
僕は意を決して、とも先輩に話しかけた。
「とも先輩、竹下先生の事件を起こした犯人について、何か心当たりありますか?」
とも先輩は野鳥図鑑を閉じて、僕をまっすぐ見た。
「……やっぱり、美玖も考えてたんだね」
「はい。昨日から、ずっと」
「俺もだよ」
とも先輩は深く息を吐いた。
「あの消音帽子と、同じ触感……それが意味することは一つしかない」
「犯人は、僕の作品を知っている人……ですよね」
「ああ。そして、フクロウの羽の特性を利用できる知識がある人」
二人で、同じ結論に辿り着いていた。
「美玖、正直に聞くけど……」
とも先輩が、真剣な顔で僕を見る。
「候補者、何人いる?」
「……3人です」
僕は、昨日ノートに書いた名前を思い出した。
「家族、竹下先生、それと……」
最後の名前を言うのが、とても辛かった。
「遥希……です」




