第3話 触感
次の日の朝、学校へ行くと、また遥希が話しかけてきた。
「昨日、お見舞い行った?」
「うん。思ったより元気そうだったよ。でも、当たった場所が頭だったから、大事をとって入院してるみたい」
「そうなんだ。それなら一安心だね」
遥希もずっと心配していたみたい。
そこまで重症じゃなくて本当によかった。
「あ、そうだ。消音帽子が完成したから、先生に見せに行くために今日もお見舞い行くんだけど、来る? とも先輩も一緒だけど」
「あー、生物部の部長さんだっけ? それなら俺はいいや。楽しんできな」
「どういう意味?」
「特に深い意味はないよ」
何やら、遥希がケラケラ笑ってる。
ちょっとムカつく。
「ていうか、その大きな荷物、もしかして例の帽子?」
遥希が僕の足元のバッグを指差した。
「うん。見る? 結構頑張ったんだけど」
「いや、俺はいいや。見ても分かんないし、先生に最初に見せてあげなよ」
「……そう?」
おかしいなー。
遥希ならいつもは興味津々で見てくれるのに。
なんだか今日は様子が変だ。
「それよりさ、ホームルーム始まるまで数学教えてくんね? 赤点取ったら次の大会出れなくなるから、まじでやばいんだよね」
「はぁー、普段から勉強しとけって言ったのに。仕方ないなー。どこ?」
「まじ助かるわー。学年1位から教えてもらえるのまじ神。美玖は天使や」
「お世辞言ってもなんも出ないから、早く教科書出して」
僕は遥希の教科書を覗き込んで、問題を説明し始めた。
⸻
そんなこんなで今日も一日が終わった。
授業中、ふと窓の外を見ると、あの黄色い規制線はもう撤去されていた。
職員室前の廊下は、いつも通りの風景に戻っている。
事件があったことを思い出させるものは、竹下先生が入院しているという事実だけだ。
学校は、何事もなかったかのように日常を取り戻していた。
でも、僕の中には何かモヤモヤしたものが残っていた。
音もせずに飛んできた物体。
フクロウの羽を模した、音を立てない構造。
まさか……。
いや、そんなわけない。
⸻
放課後、昨日と同じように昇降口でとも先輩と待ち合わせて、病院へ向かった。
歩きながら、僕は消音帽子をバッグから取り出した。
「とも先輩、これが消音帽子です!! 自信作です!」
「へぇー、これが消音帽子か。毛糸の帽子みたいだね」
「そうなんですよ。試行錯誤の末、できるだけ普通の帽子に見えるようにしました!でも、触ってみると、フクロウの風切羽のようになってるのが分かると思いますよ」
とも先輩は帽子を手に取って、表面を指でなぞった。
「ほんとだ。これ、すごい質感だな……」
先輩は帽子をじっくりと観察している。
その目が、いつもと少し違う気がした。
「なあ美玖、これって投げてみていい?」
「絶対にやめてください!」
僕は慌てて帽子を取り返そうとした。
「そもそも先生に見せるために持ってきたんですから。
それに、家で扇風機当てて実験したので、消音性能は保証しますよ!」
本当にこの先輩は好奇心旺盛すぎる。
少しは抑えてほしい。
「そうか……」
とも先輩は何やら考え込んでいる様子だった。
「そろそろ病院着くのでしまいますから、返してください」
「……ほいよ」
珍しく、意外とすんなり返してくれた。
でも、先輩の表情は真剣なままだ。
何を考えてるんだろう?
⸻
病院に着くと、昨日と同じように3階の304号室へ向かった。
ノックをして中に入ると、竹下先生がベッドに座っていた。
昨日よりさらに顔色が良く、元気そうだ。
「竹下先生! 消音帽子持ってきました! どうぞ!」
僕は嬉しくて、バッグから帽子を取り出して先生に渡した。
「来てくれてありがとうね。それじゃあ見させてもらうよ」
竹下先生は消音帽子を手に取って、じっくりと見つめた。
表面を指でなぞり、裏返して構造を確かめ、重さを確かめるように持ち上げる。
しばらくして、先生の表情が変わった。
顔色が、みるみる悪くなっていく。
「先生、大丈夫ですか? 顔色が悪いように見えるのですが……」
僕は心配になって声をかけた。
竹下先生は帽子を見つめたまま、小さく息を吐いた。
「いや、ちょっとね……触感に覚えがあって」
「触感……ですか?」
「ああ。あの日、頭にぶつかったものと……似ているんだ」
その瞬間、僕の中で何かが凍りついた。
まさか。
いや、でも。
昨日から感じていた、あの嫌な予感が、最悪の形で的中してしまった。
「……え?」
僕の声が震えている。
「これと、同じ……?」
竹下先生は静かに頷いた。
「完全に同じとは言えないけど、この独特の質感……
フクロウの羽のような、柔らかくて繊維質な感触。
あの夜、頭にぶつかった瞬間に感じたものと、とても似ている」
帽子が、僕の手から滑り落ちそうになった。
とも先輩が、すっと手を伸ばして受け止める。
「竹下先生、その……もう少し詳しく教えてもらえますか」
とも先輩が、いつになく真剣な声で尋ねた。
「あの夜のことは、正直あまりよく覚えていないんだ。気がついたら倒れていて、警察の人に起こされたから。でも、頭にぶつかった瞬間の感触だけは、妙に鮮明に覚えているんだよ」
先生は包帯の巻かれた頭に、そっと手を当てた。
「硬いものではなかった。かといって柔らかすぎるわけでもない。布のような、羽のような……
この帽子を触った時、あの感触が蘇ってきたんだ」
僕は何も言えなかった。
自分の作った消音帽子。
フクロウの羽を模した、音を立てない構造。
それと同じものが、凶器……?
「美玖」
とも先輩が僕の名前を呼んだ。
その目には、同じ疑問が浮かんでいた。
もしかして、犯人は……。




