07
ヴァルトは、リシェルの名を前から知っていた。
王宮の厄介者──あの王妃と、その息子。
そして、彼らに仕える妙なメイド。
裏社会の情報屋として、名前だけなら耳にしていた。
だが、今回「リシェルがここに来る」と部下から報告を受けた瞬間、
ヴァルトは意識的に《人生読解》を発動させた。
視界に入らずとも、対象の“人生の流れ”を辿ることはできる。
固有スキルの中でも、彼のそれは特に異質だった。
流れ込んできたのは──奇妙な“重なり”だった。
同じ人生が、何度も、何度も、繰り返されている。
選択も、感情も、絶望も、決意も。
一本の道が、何本もの線となって重なり合い、
まるで“二重写し”のように揺れていた。
「……なんだ、これは」
ヴァルトは思わず息を呑んだ。
普通の人間の人生は一本の線だ。
だが、リシェルの人生は違う。
何度も折れ、戻り、また進み──
まるで“やり直している”かのように、同じ場面が繰り返されていた。
彼は眉間に指を当て、深く息を吐いた。
「……なんだこれは。こんな歪み、初めて見た」
リシェルという少女は、ただのメイドではない。
王妃の陰謀に巻き込まれた哀れな被害者でもない。
彼女の人生そのものが、世界の理から外れている。
だからこそ──
ヴァルトは彼女が扉を開ける前から、 初対面ではないと知っていたのだ。
「……ひとつ、お願いがあります」
リシェルが静かに口を開いた。
ヴァルトは椅子に深く腰を下ろしたまま、灰色の瞳だけを向ける。
「なんだい、リシェル嬢」
「私の……人生を読むのは、ほどほどにしていただけますか」
一瞬、空気が止まった。
次の瞬間、ヴァルトは喉の奥でくつ、と笑った。
「はは。悪い悪い。つい楽しくてな」
「……楽しくて、じゃありません」
「いやぁ、お前さんの人生は他と違って面白いんだよ。
一本の線じゃなくて、何本も重なってる。
読めば読むほど、謎が増える」
からかうような声音。
だが、その奥に確かな興味が滲んでいた。
リシェルは小さく息を吐き、話を続けた。
「契約についてですが……
私が死ぬまで、あなたに情報提供をお願いしたい。
ただし、情報の質や難易度によって、報酬はその都度相談させてください」
ヴァルトは片眉を上げた。
「死ぬまで、ね。ずいぶん長い契約だ」
「どうでしょう。案外短いかもしれません。」
ヴァルトはしばらくリシェルを見つめ、
やがて肩をすくめて笑った。
「いいだろう。
お前さんの人生は見てて飽きねぇしな」
そして、指先で机を軽く叩きながら言った。
「まけてやるよ。
お前の人生がおもしろいからな」
リシェルは目を伏せ、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
ヴァルトは薄く笑い、椅子を揺らした。
「礼はいらん。
その代わり──これからも楽しませてくれよ、リシェル嬢」
その声音は軽い。
だが、契約の重さは、確かに部屋の空気を変えていた。
「今世こそ、生き抜きます」
小さくも決意を込めてつぶやく。




