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Episode.5   プロジェクト・プロメテウス

1.


 九条奈緒の事務所は、今や戦争の司令室ウォー・ルームと化していた。壁の巨大ディスプレイには、AF社のデータセンターの設計図が映し出され、その横で、西門寺富之助と三崎里美が青い顔で立ち尽くしている。


「正気かね、君は!?」

 西門寺が叫んだ。「AF社のデータセンターに、物理的・デジタル的に侵入するだと? これはもう、サイバー犯罪などという生易しいものではない! テロ行為だ!」

「戦争だって言ったろ。奇襲攻撃は基本中の基本だ」

 奈緒は、カップ焼きそばを啜りながら、こともなげに言った。


「令状もなしに、民間企業への潜入捜査など許可できない。もし発覚すれば、私だけなく、あなたたちも…」

 三崎も、法の番人として当然の懸念を口にする。


「じゃあ、どうする? このままAF社が、次の『実験』を始めるのを指をくわえて見てるのか?」

 奈緒は、ディスプレイに表示された、前回の事件の報告書を叩いた。

「奴らは、人間をモルモットとしか思ってない。そして、その『実験』は、確実にあたしの過去と繋がっている。これは、あたし個人の復讐でもある。…だが、二人には、もう関係ない。ここで降りてもいい」


 初めて見せる、奈緒の弱音とも取れる言葉。西門寺と三崎は顔を見合わせた。彼らもまた、この巨大な悪を前に、学者として、刑事として、己の無力さと正義を問われていた。


「…君のやり方には、断固として反対だ」

 西門寺は、眼鏡の位置を直しながら言った。

「だが、AF社が非人道的な実験を行っているという仮説が正しいのなら、それを証明するデータは、科学者として見過ごすわけにはいかない。…データの解析だけなら、手伝ってやってもいい」


「私も、降りるつもりはないわ」

 三崎も続いた。

「ただし、これは警察の公式な捜査ではない。私個人の判断。あなたに協力するとは言わないわ。ただ、AF社のデータセンター周辺で、その日、都合よく『ガス漏れ騒ぎの誤報』が起きる可能性は、ゼロではない、とだけ言っておきましょう」


 奈緒は、二人の顔を順に見ると、ふっと口の端を上げた。

「…ツンデレの科学者と、融通の利く刑事か。思ったより、使える『手足』で助かるぜ」

「だから手足ではないと何度言えば…!」

 西門寺のツッコミが、作戦開始の号令となった。


2.


 作戦決行、D-Day。深夜。

 AF社のデータセンター周辺は、三崎がリークした「ガス漏れ騒ぎの誤報」によって、パトカーや消防のランプが明滅し、騒然としていた。だが、その喧騒とは裏腹に、データセンターそのものへの警備は、一時的に手薄になっている。


「…潜入開始」

 奈緒は、データセンターから道を挟んだ向かいの、建設中の雑居ビルの一室に、司令室を構築していた。彼女自身が物理的に侵入するのではない。彼女の分身である「プログラム」が、光ファイバーの海を泳ぎ、敵の中枢へと潜り込むのだ。


「第一次防壁、突破。監視カメラの映像を、昨日の23時の映像にループさせる」

 キーボードを叩く奈緒の指が、幻のように動く。

「赤外線センサー、起動。…だが、室温データに偽の情報を送って、ただの空調の誤作動だと思わせてやる」


 西門寺は、自身の研究室から、奈緒のハッキングの様子を固唾を飲んで見守っていた。画面に表示されるのは、彼が設計したAI挙動解析プログラム。それは今、奈緒の侵入を補助し、AF社のセキュリティシステムのパターンをリアルタイムで分析していた。


「九条君、次のセクターの防御壁は、AIによる自動追尾型だ! 同じ経路からの攻撃は、二度と通用しないぞ!」


「上等だ。なら、思考の裏をかいてやるまで」


 奈緒は、AF社のネットワークの深層へと、さらに潜っていく。そして、ついに目的のサーバー区画へとたどり着いた。そこには、AF社の全ての秘密が眠っているはずの、一つのファイルがあった。


『プロジェクト・プロメテウス』


「…見つけた」

 奈緒が、そのファイルへのダウンロードを開始した、その瞬間だった。


3.


『――警告。未許可のアクセスを検知。これより、駆除プログラムを起動します』


 無機質な合成音声が、奈緒のヘッドフォンに響き渡った。同時に、今までとは比較にならない、圧倒的な量の反撃が奈緒のシステムを襲う。AF社が誇る、自己進化型AIセキュリティシステム、コードネーム『ケルベロス』。それが、ついに牙を剥いたのだ。


「チッ…!化け物がか!」


 奈緒のディスプレイが、赤い警告表示で埋め尽くされる。ケルベロスは、奈緒の作ったウイルスを瞬時に分析・無力化し、逆に彼女の居場所を特定しようと、猛烈な勢いで逆探知を開始した。


「九条君! ダメだ、そのAIは、君の思考パターンを学習している! このままでは、あと数分で物理的な位置を特定されるぞ!」

西門寺の悲痛な声が響く。


 絶体絶命。だが、奈緒の口元には、笑みさえ浮かんでいた。

「…待ってたぜ、この時を」

 彼女は、今まで隠していた切り札を切った。西門寺のAI挙動解析プログラムを、防御ではなく、攻撃に応用したのだ。


「お前の『思考』は、西門寺のプログラムで丸裸だ。お前が俺の思考を読むなら、あたしは、お前の思考の『次』を読む!」


 奈緒は、ケルベロスが仕掛けてくるであろう未来の攻撃パターンを予測し、そのさらに裏をかくトラップを、ネットワークの各所に仕掛けた。AI対AI。人間の直感と、機械の論理の、壮絶なチェス。

 そして、ケルベロスの思考が一瞬、奈緒の仕掛けたループにはまり、停止した。


 そのコンマ数秒の隙。

 奈緒は、プロジェクト・プロメテウスの「概要」と、付随するいくつかの重要ファイルを、自身のサーバーにダウンロードすることに成功した。


「…時間切れだ」

 データセンターの廊下を、複数の警備員が走ってくる足音が聞こえる。奈緒は、未練を残さず全ての接続を断ち切り、闇の中へと姿を消した。


4.


 夜が明けた頃、奈緒の事務所に、三人が集まっていた。

 西門寺が、夜通しで解析したデータの結果を報告する。その顔は、恐怖と怒りで青ざめていた。


「…AF社の目的は、やはり、AIによる全人類の管理と、選別だ」

 ディスプレイには、盗み出された『プロジェクト・プロメテウス』の概要が映し出されていた。

 それは、全世界のインフラ、経済、政治、そして人間の思考そのものを、AF社のAIの管理下に置くという、恐るべき計画だった。これまでの事件は全て、そのためのデータ収集と社会実験に過ぎなかったのだ。


「そして、これが…」

 西門寺は、別のファイルを開いた。それは、AF社が次の「実験」のターゲットとしてリストアップした人物のリストだった。


「次のターゲット…?」

 三崎が、画面を覗き込む。そして、そこに並んだ名前に、息をのんだ。


『長谷川小夜子』

『ルナ・オラクルの信者代表』

『美空ニュータウン住民代表』


 そして…


『西門寺富之助』

『三崎里美』


「…我々が、ターゲット?」

「どうやら、あたしの『手足』の存在に、気づいたらしいな」

 奈緒は、忌々しげに呟いた。

「私をおびき出すために、あんたたちを『餌』にする気だ」


 その時、奈緒のPCに、一通の暗号化されたメッセージが届いた。差出人は、不明。

 奈緒がそれを開くと、画面には、たった一文だけが表示されていた。


『――ゲームを、続けようか。電網魔術師』


 AF社からの、明確な宣戦布告だった。敵は、もう奈緒の目の前にいる。いや、すぐ隣にいる、仲間たちに、その牙を向けようとしていた。


 奈緒の戦いは、復讐から、守るための戦いへと、その意味を変えようとしていた。

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