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Episode.4   NFT呪い連鎖事件

1.


 デジタル世界に、新たな「呪い」が生まれていた。

 カリスマ的な正体不明のアーティスト「ZERO」が発行したNFTアート、『虚構の心臓』シリーズ。心臓をモチーフにした、美しくも不気味なそのデジタルアートは、投機対象として瞬く間に価値が高騰した。だが、その所有者たちは、一人、また一人と、不可解な不運に見舞われ始めたのだ。


 ある者は、SNSアカウントを乗っ取られ、身に覚えのない投稿を繰り返された。ある者は、プライベートな情報がネットに晒され、炎上した。さらに、自宅に無言電話がかかってきたり、覚えのない荷物が大量に届いたりといった、物理的な嫌がらせを受ける者まで現れた。


 ネット上では、いつしかそのNFTは「呪われたNFT」と呼ばれ、恐怖と憶測が飛び交っていた。しかし、所有権がブロックチェーンに刻まれている以上、捨てることも、破壊することもできない。デジタル世界の新しい財産は、持ち主を縛り付ける、新しい呪いの形となっていた。


 この一連の騒動を、九条奈緒は冷たい目で見つめていた。

 彼女の部屋の壁には、巨大なディスプレイが設置され、そこには無数の線で結ばれた、巨大な相関図が映し出されている。

 中心にあるのは、あの忌まわしい企業――「アルカディア・フロンティア(AF社)」のロゴ。そして、その周囲に、これまでの事件が衛星のように配置されていた。


 奈緒は、今回の「呪い」にも、AF社の匂いを嗅ぎ取っていた。これは金儲けや愉快犯ではない。ブロックチェーンという、現代で最も「公平」で「安全」とされる技術を使い、人間の所有欲とプライバシーをどこまで蹂躙できるか。またしても、AF社の歪んだ「社会実験」に違いなかった。


「…いいだろう。その喧嘩、買ってやる」


 奈緒は、もはや誰かに依頼されるのを待たなかった。彼女は自ら電話を手に取り、二人の「協力者」を呼び出した。復讐の準備は、整った。


2.


「ようこそ、あたしの復讐計画へ。今日からあんたたちは、私の『手足その1』と『手足その2』だ」


 事務所に呼び出された西門寺富之助と三崎里美を前に、奈緒は最高級ゲーミングチェアをくるりと回転させ、言い放った。


「その1、その2じゃない! 私はあくまで、倫理的な観点から、市民の安全のために協力するだけであって、君の手足になった覚えはない!」

 西門寺が律儀に抗議する。対照的に、三崎は腕を組んだまま冷静に問い返した。

「…それで、私たち『手足』は、具体的に何をすればいいのかしら?」


「話が早くて助かるぜ、刑事さん。じゃあ助教は『考える足』、刑事さんは『走る足』だ。それでいいだろ」


「だから、足でもないと…!」


 西門寺のツッコミを無視して、奈緒はディスプレイに『虚構の心臓』のデータを映し出した。

「助教は、このNFTのスマートコントラクトを解析しろ。必ず、AF社に繋がる『裏口』が仕込まれている。刑事さんは、物理的な被害を受けた連中から、証言を片っ端から集めろ。どんな些細なことでもいい」


 三崎は頷いた。

「AF社が絡んでいるというあなたの直感、無視はできない。警察としても、この連続嫌がらせ事件は看過できない」

 彼女もまた、これまでの事件の背後にいる巨大な敵の存在を認識し、法の下で裁くことの難しさを痛感していた。もはや、この危険なハッカーと共闘するしか道はない。


 西門寺は、ぶつぶつと何か言いながらも、送られてきたコードの解析を始めた。ブロックチェーン上に公開された、誰でも閲覧可能なプログラム。だが、そのコードの海の中に、開発者でなければ気づかないような、悪意ある一文が巧妙に隠されていた。

「…これだ。特定の条件下で、所有者のウォレット情報を、暗号化して外部のサーバーに送信する仕組みになっている…。なんて巧妙な罠だ」


 一方、奈緒は、ブロックチェーン上の全取引履歴と、所有者たちのSNS活動をクロスリファレンスしていた。誰が、いつ、いくらで『虚構の心臓』を買い、そして、その人物がネット上でどのような発言をし、どのような写真を公開しているか。プライバシーという概念が溶け落ちた、デジタルの荒野で、彼女は犯人が被害者を特定した経路を、完璧に割り出していた。


「所有権という『公の記録』と、承認欲求という『個人の油断』。この二つを掛け合わせれば、どんな人間でも丸裸にできる、か。AF社の連中、本当に性格が悪いな」


 奈緒は、解析の過程で、スマートコントラクトに埋め込まれた署名が、やはりこれまでの事件と共通するものであることを確認した。これで、全ての事件がAF社という一本の線で繋がった。


3.


「実験は終わりにしてやる。今度は、こっちが観客を沸かせる番だ」


 奈緒は、AF社への反撃計画を練り上げた。ただ事件を解決するだけでは意味がない。巨大な要塞を内側から崩す、最初の一撃を加えなければ。


 彼女はまず、ダークウェブを通じて、身元を隠した偽のウォレットを作成。そのウォレットで、『虚構の心臓』シリーズの一つを、市場価格で購入した。AF社の監視システムが、新たな「カモ」の出現を捉えたはずだ。


 案の定、数時間後、奈緒が作った偽のSNSアカウントに、NFTの公式運営を名乗るアカウントからダイレクトメッセージが届いた。『あなたの資産を守るため、セキュリティを強化してください』という甘い言葉で、悪意あるプログラムが仕込まれたフィッシングサイトへと誘導する、古典的な手口だ。


「…食いついたな、マヌケども」


 奈緒は、その罠に、わざと飛び込んだ。

 しかし、彼女がそのサイトを通じてAF社のサーバーに送り込んだのは、自身の個人情報などではなかった。それは、AF社の強固なファイアウォールをすり抜け、社内ネットワークの情報を外部に送信する、奈緒が自ら作り上げた特殊なトロイの木馬だった。


 そして、奈緒は次の一手を打つ。

 彼女は「Nao」というアーティスト名で、新たなNFTアート『真実の心臓』を、無料で発行したのだ。


『――呪いは、私が解いてやる』


 そのNFTには、アートとしての価値はなかった。だが、そのスマートコントラクトには、『虚構の心臓』が持つ脆弱性を無効化し、所有者のウォレットを保護するパッチプログラムが組み込まれていた。


「呪いを解くNFT」の噂は瞬く間に広がり、所有者たちはこぞって『真実の心臓』を自身のウォレットに受け入れた。結果、『虚構の心臓』の価値は暴落し、AF社の「実験」は、奈緒のたった一つのNFTによって、完全に無力化された。


4. 新たな戦争の始まり


 AF社、サイバーセキュリティ部門。

 異常を検知したアラートが、けたたましく鳴り響いていた。外部からの侵入。しかし、どこから侵入されたのか、全く特定できない。そして、気づいた時には、社内ネットワークの構造データの一部が、ごっそりと抜き取られた後だった。


「なんだ、今の攻撃は…!?」

「まるで幽霊だ…!」


 セキュリティ担当者たちが青ざめる中、彼らのモニターに、一つの画像が強制的に表示された。

 それは、狐の面をつけた、和装のアバター。そして、その横には、たった一言、こう書かれていた。


『――戦争を、始めよう』


 その頃、奈緒の事務所では、彼女の仕掛けたトロイの木馬が持ち帰った「お土産」が、ディスプレイに表示されていた。それは、AF社の社内ネットワークの構成図。サーバーの物理的な位置、セキュリティシステムの詳細、データの保管場所…。全てではないが、巨大な要塞を攻略するための、最初の「設計図」だった。


「…すごい」

 電話越しに報告を受けた西門寺は、息をのんだ。あまりに大胆で、あまりに危険な反撃。


「これで、ようやくスタートラインね」

 同じく通話に参加していた三崎もまた、奈緒の覚悟に言葉を失っていた。これはもはや、警察が扱える事件の範疇を超えている。


 奈緒は、手に入れたネットワーク地図を、愛おしそうに眺めていた。その瞳には、復讐の暗い炎と、強大な敵を前にしたハッカーとしての純粋な喜びが、同時に宿っていた。


「さて、と」


 彼女は不敵な笑みを浮かべ、ディスプレイの一点を指さした。そこは、AF社の最も重要なデータが眠る、物理的に隔離されたデータセンターの場所を示していた。


「まずは、この心臓部に、ご挨拶といくか」


 一瞬の沈黙。シリアスな覚悟が、通話越しの二人にも伝わる。しかし、奈緒はすぐにこう付け加えた。


「…ついでに、AF社の社員食堂のメニューもハッキングしとくか。世界最先端の社食って、どんな味がするのか興味あるしな」


「君は! そういうところだぞ!」


 電話の向こうから聞こえてきた西門寺の悲鳴のようなツッコミをBGMに、奈緒は満足げに一人ごちた。

「ふふん。せいぜい頑張ってもらいますか、私の優秀な『手足』たちには…」


「今、手足って言ったな! 聞こえてるぞ!」

スピーカーの向こうから、西門寺の更なるツッコミが飛んでくる。


「さあ? 通信環境が悪いんじゃないの、助教?」

奈緒は悪戯っぽく笑うと、一方的に通話を切った。本当の戦争が、今、始まる。

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