女戦士と傭兵
「──っ、手強い!」
開始10分、片足を引いて銃剣を構えなおし、思わずマークはつぶやいていた。
〈ルナ〉号の右水平尾翼は5色のペイントに塗れ、息を切らした茶髪の兄弟がぐったりと四肢を投げ出して座るのをすまし顔の三姉妹が見ている。そう、第1戦となるペイント弾を使った銃撃戦はメラン家の三つ子の圧倒的勝利だったのだ。いまは第2戦目となるテラVSマークの白兵戦が繰り広げられている。
なごやかなランチを終えて“塔”へ戻る3人の研究者を見送った後にマークが
「そういえば──」
と切り出したのがきっかけだった。
「今年はめずらしく新年の祝賀でイデルナ陛下が剣舞を舞っていたな。君らもあれ、できるのか? たしか双龍の舞とか」
アマゾンでは慶事で披露される剣舞だ。公式の場で演者は特別な剣を用い、必ず双龍、つまりふたりの舞い手がそろった状態で舞うことになっている。
「習ったけど、勝手に舞うことはできないよ。本来は戦場で龍神の加護を乞うお祈りだもん。こんなところへ喚んじゃったら、どうすんのぉ?」
しごく真面目にフィニーが返すと、
「いや、まさかそれ、本気で言ってるのかい?」
やさしいお兄ちゃんの顔でなだめるはずのエドワード・ビィは問題発言してしまった。
「まさかだよなぁ?」
うっかりと火に油を注ぐ弟、ジョン。
きいっ、とばかりにフィーネが牙を剥く。
「モルモット未満は黙っててくれないかしら」
結局、意識が戻るまでジョン・ビィの口まわりはサルースにモニターされていたが、テラが喜ぶような結果とならず、あっけなく彼は観察対象をクビになっていた。もちろん、その事実を本人は知らない。
「モっ? モルモットってなんだよ! 俺はネズミじゃねぇぞ?」
「だから未満って言ってるでしょう?」
おばかさんね、フローラの語尾は優しくとも、辛辣な幻聴が付与されていた。
「なんだよ、あんたら! 感じ悪いなぁ」
「それはこっちのセリフだよぉ!」
末っ子同士の対立に、軽く息をついてテラはマークに提案した。
「つまり、剣舞とまではいかなくとも、何かしら剣を振るってお見せすればいいのかしら?」
「テラっ」
そこまでしてやることはないという顔のフィーネをとどめ、視線を向けると、案の定マークはしてやったりという笑みを浮かべている。
「……だったら、あなたがテラの相手をするといいわ。剣を使えるの、あなただけのようだし。そして、あなたたちは私たちの相手をしてちょうだい」
そう言って、フローラはビィ兄弟にペイント弾のカートリッジを投げ渡す。
「体幹に拳大以上の着色でアウトよ」
ルールを説明しているあいだに姉妹がそれぞれの銃を抜き、カートリッジをペイント弾に換装する。
「こちらは女の子ですもの。ハンデとして2対3でもいいわよね?」
ごく自然にその条件を主張できるのはチーム内でもフローラだけだ。
5人の最後のカートリッジが補填された音を皮切りに、全員がその場から飛び退る。
着地すると同時に転がり、また飛び、体を倒し、ひねり、ありとあらゆる動きで銃弾を避けつつトリガーを引く。
「容赦ないな」
あっという間に3色に彩られた兄弟に、マークは苦笑した。
「マーク・エール」
そこへテラは呼びかけて飛んだ。右手に握った光線剣には、すでに充分な刃が展開されている。
──速い!
危なげなくそれをかわし、すかさず返された斬撃を銃剣で受け止め、内心うなる。
──光線剣なのになんて重さだ。こんな痩せっぽちのくせに。筋肉もついてないような細腕で、どうしてこんなに正確に、ブレなく打ちこめるんだ? これが女戦士なのか!
レムリアにいるアマゾネスは女王レセマトーラの近衛だ。マークが刃を交えることができる存在ではない。彼はいま初めて、アマゾネスと斬り結んでいた。そして、驚愕した。
もちろん、戦闘訓練として女性と相対したことはある。とても強い相手で、彼はそのひとから、ついぞ一度も勝ちを得たことがなかった。テラ・キャロラインは、そのひとに似ていると思った。
いま、自分に斬りかかっている彼女の動きは剣舞などではない。しかしその刃の描く軌道に、ときに流され、ときにぴたりと止まる緩急の動きに、目を奪われる。
何度打ち合い、何度からだを離したのか──呼吸の乱れを自覚し、己の未熟を感じる。いつしか、軽々と跳躍するテラの首元に何かが輝いていることに気づいた。
──なんだ? ペンダントか?
目障りな、と思った瞬間に彼の剣先がそれを弾き飛ばしていた。
「待って!」
テラが手を伸ばす。
ペンダントは湖へと落ちていった。
「──すまない」
銃剣を引き、マークは詫びた。
「……いいえ」
刃を消し去ったテラは、脱力したようにその場に座り込んだ。
「いいえ……」
もう一度そう言うと、確かめるように胸元に指先を滑らせた。
「テラ……」
なぐさめるように集まってきた三つ子を代表してフィーネが声をかける。
「大丈夫よ」
少しく、声が震えていると思った。
「ぴゅい」
内心の動揺を隠しながら、何とか彼女をいたわり、なぐさめ、つぐなう方法はないものかと焦っていると、不意にのんきな鳴き声がした。
「ぴぃぴぃぴぃ」
どこぞの星の砂漠に住むというカエルに似た甲高く甘えたような声は、情けないくらいにか細く可愛いらしい。
「ぴゅうぅ」
「えっ、な、なにこれ?」
「可愛い! なんで鳴いてるの」
「ヤダ、何かかわいそ可愛い」
わずかにうす黄緑色がかったぽんにょりとした小さな塊が、少女たちの周囲に群れていた。
「これ……って」
びっくりしたようにテラが無意識にそれに手を伸ばす。
「わ、こら、おまえらいつの間に」
気づけば、湖面から伸びた触手が水平尾翼によじ登ると同時にコロンと球体になり、弾むように寄ってきている。
「なっ何でだ? あいつがいないのに」
戸惑い顔のマークが掴み取ろうとする手をあっさりとすり抜け、1個? 1匹? とまたやってくる。
「不思議、ね。声帯もないのに、どうやって鳴いているのかしら」
心底、不思議そうなテラの手のひらに、それらはうんしょうんしょと登る。
「スライム、とは違うよね? この子たち、核がないもん」
テラに次いでチーム内でそういう気質を持つフィニーが、興味深そうに指摘する。
そうこうするうちに、バケツリレーの要領で彼らは何かを運び、テラの手に握らせた。
「え……っ?」
「おい、それ」
まるで役目は果たしたといわんばかりに、ぽろぽろとそれらは手のひらから退去してゆく。
「「「ぴゅうぴゅあぴぃ」」」
「あなたたち……ありがとう」
どうだ、とばかりに声を合わせてさえずるそれらに、思わずテラは礼を言った。その手には、湖に消えたはずの金のロケット。
それからも、スライムもどきの触手の端切れたちは、付かず離れずといった位置でテラを囲んでいた。
「ええと、何かわたしにご用かしら?」
もちろん、それらには顔などない。なのになぜか視線を感じた。
「あー、何匹か群れてるとこに手をかざしてみてくれ。何か感じないか? 何となーく、うっすら、何かが伝わってくるって、まえにここにいたやつが言ってたんだが」
「そーっと驚かせないようにすると、エルメルダたちの言ってることがわかるらしい」
ビィ兄弟の話に、素直に従う。
「それって、“塔”の人たちみたいな研究者?」
「いや、軍人だよ。あ、まだ士官候補生だったか。銀河開発局の治安維持軍に入るって言ってた」
「そういうのがわかる体質、らしいんで協力を頼まれたって」
テラの代わりにフィニーが質問者役をしてくれるので、任せてテラは丸っこい軍団に集中する。
「……あなたたちはエルメルダというのね。ひとつひとつがそうであり、全体となってもそうなのね?」
テレパシーともエンパシーとも違う感覚は、どちらかというと使役能力者が心を通わせた生きものと意思疎通をはかるものに近い気がした。そして、いまのテラは三つ子同様、そういった定義では戦闘職だ。ふるゆわ担当は専門外だ。
「うーん、何となくわかるような、わからないような」
「うん、この子たち、少し怯えてるから聴き取りにくいよね」
チームリーダーにならって三つ子もエルメルダたちに手をかざした。
「何かをすごく怖がっているのはわかるわ」
「でも、いちばんに思っているのは……『かえしてほしい』? 何を? 誰から?」
「「「ぴぃぴぃぴぃ」」」
フローラの言葉に、さえずりがますます高まる。
懸命な訴えに3人の若者も手をかざしてみるが、適性がないのか、何も伝わってくる気配がない。
ぷしゅうぅ〜と、熱気が抜けるようにぴたりと鳴き声がやむ。
「なんてこと!」
フィーネの上げた叫びに、姉妹たちは同意のうなずきを返す。
「取り戻しましょう!」
チーム“月光”の面々は、リーダーの差し出した右手にそれぞれの手を重ね合わせ、誓ったのであった。
to be continued……
かなり初稿から離れてきておりますが、だいたいのところは同じところへ向けて進んでくれている……はず。
砂漠に住む可愛い鳴き声のカエルさん、ナマカフクラガエルというらしいです。
さて、2026年が始まりましたが、今年のお年始雅楽は『青海波』でしたね。
波濤を馬の群れの動きに喩えるからそれを選んだのかな、と思ったのですが、昔、そういう名前の名馬がいたそうです。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
毎年、元日に「新春シャンソンショー」という早口言葉を思い出すのはなぜだろう……言おうとすると「しゃんしょんしょ〜」になるから?




