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緑のエルメルダ  作者: 高峰 玲


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3/9

同業者





 医務室のドアパネルから室内滅菌を操作すると、テラは右舷格納庫の予備室に入った。

 ロッカーのハンガーに着ていたチュニックシャツを引っ掛け、薄手の船外作業服を着る。長い金髪は手早く三つ編みにしてヘルメットに収め、格納庫の外扉を開いて空気を抜く。

 予備室は通路側のドアをロックしてから排気を始め、完全に脱気できたところへ格納庫とのドアを開けて金属製の搬送台(ストレッチャー)を出して固定する。

 〈ルナ〉号と並走するようにフィニーが〈クリスティーナⅠ〉を寄せ、操縦席からスルリと抜け出て機体に密着させていた襲撃船の連結口の残骸から人と思しきモノを引っ張り出し、こちらへ押しやった。宇宙空間だからこそできる芸当だ。どうやら意識がないらしく、されるがままの“形”で送り出されてきた。

 緩やかな速度で届いた()()を搬送台に固定し、テラはすぐに予備室に戻って機密した。

 室内に空気を満たし、ヘルメットと船外作業服を脱ぐと通路に出てドアをロックする。〈クリスティーナⅠ〉を格納庫に収容したフィニーが同じ経路で船内に戻ってくるので、先に医務室へと向かうのだ。

 エア洗浄を受けて白衣を纏っているあいだにも()()は搬送台と診察台(兼手術台)が自動で連結して移乗される。


「サルース、ヘルメット内の気体を分析して。呼気成分が第Ⅰ区分以外ならば、隔離診療の用意を。そうじゃないなら、脱がせて全身探査(スキャン)をかけましょう」


 医療に特化したルーニーから独立した電脳サルースに口頭で指示を出すと、診療台に移された身体に作業触手が群がり患者を()き始めた。どうやらヒト科の人類で男性のようだと判ると同時にシーツが掛けられ、テラはほっと息をつく。


「どんな感じ? 生きてる?」


 清浄なエアの洗礼を受けながら、遅れて戻ったフィニーが訊いてくる。

「そうねぇ……頭部外傷なし。背部打撲によるとみられる肋骨のヒビが何箇所かあるわ。あとは、軽い脱水症状かな? サルース、補液しましょう」

 打撲の際の衝撃で気絶したのか、ヘルメット内に緩衝ガスが注入されて眠らされたのかは判別できないが、この救助者は外科的救命措置を必要とする状態ではない。ならばさっさと安全を確保して操縦室に行きたい。

「あ、サルース、網膜と指紋の画像撮ってルーニーに照会かけてもらって。船名、ちらっと見えたけど〈ドラゴン〉号って、特徴なさすぎ! なんでもっと印象的な奇抜なのをつけないかなぁ」

 搬送台を畳んで収納し、シーツの上から身体を拘束固定しながらフィニーがぼやくと

「わたしたちも〈ルナ〉号だから」

シンプルでしょ、とテラが苦笑する。サルースの手下の医療ロボットが文字どおり機械的に患者の腕に点滴針をぶっ刺したのを見守ってから、ふたりは通路に出た。

「1時間おきに写真撮っておいてね」

 ドアが閉まる直前にテラが医務室内に向けて言い置く。

「寝顔採取すんの? 悪趣味ぃ〜」

 また友人の悪い癖が出た、と、フィニーはうんざり顔だ。

「だって症例とれる機会は貴重だもの! 24 時間、いえ、12時間だけにするから」

 15歳になるまで女性しかいない環境で育ったテラは、男性の“ヒゲ”がめずらしくて仕方ないのだ。

 学園惑星で知り合った年上の“同級生”に「一晩経ったあなたの顔が見たい」と言って夜のお誘いと誤解されそうになって以来、フィーネの強硬な反対により臨床研究は中断したまま。そんなところへ、若い男性を捕獲、いや、保護したのである。

「後で必ず同意もらってよ〜?」

 とりあえず、犯罪行為はダメという釘は刺す。

 良識あるアドバイスはしたものの、正直、フィニーは男性のヒゲが一晩にどれだけ伸びるかなんて、どうでもいい。

 というか──8歳の頃だったか、すべすべピカピカの美青年だった兄が夜勤明けで帰宅した直後に出くわしてしまい「やあフィニ、また背が伸びたね」と抱き上げられ、頬ずりされたときにジョリジョリと、夕方の父と同じ感触を味わされてからヒゲというものは回避している。


 見てはいけない。


 たとえどんなに美青年であっても、それが生えている姿は想像だにしてはならないのだ!


 ちなみに兄のヒゲの洗礼は、たまさか早起きしたフィニーだけが受けた。そのため、フィーネは「身だしなみしてくださってるのよね」と現物よりは行動に好意的評価をしているし、フローラは「男性ってそういうものだし」と生物としての必然性だけで納得しており何ら問題視はしていない。

 認識衝撃(カルチャーショック)を受けたのはフィニーだけなのだ。彼女は黙っておくことにした。

 メラン伯爵子息ファリオン・リー・メラン卿の名誉のために補足すると、いつもの彼は、ろくに身支度もしない状態で人前に出ることなどない。王城で夜勤を終えた後は軽く湯を使い、ヒゲをあたり髪も整えたすっきりさっぱりした姿で朝食をとり、自宅に帰ってから着替えて睡眠をとっている。

 それがなぜあの日、小さな妹におヒゲじょりじょりをしてしまったのかというと……三つ子が一時的に帰省していた原因でもあるが、最愛の女性との婚約披露の宴を目前に“浮かれて”いたからである。公務による拘束時間が終わったとたんに速やかに帰宅したのは、婚約者を公式に自分の伴侶となるひとだと宣言できる瞬間が待ち遠しくて、ただもう、会場となる自宅にいち早く存在したかっただけなのだ。

「──マジメなひとって、ふっきれちゃうとデキアイしちゃうんですって!」

 ビシッと真理を突きつけた次姉が何だかとても頼もしく見えたフィニーであった。


 まあ、そんなわけで、テラの研究テーマは三つ子には高い評価はされておらず、今回もあくまで()()()扱いだ。

 通路移動用に手すりに付けられたエスコーターで進んでいると、ルーニーの音声が報告した。


「へるめっとト船外服ノこーど確認、ねーれいど船籍ノ〈どらごん〉号ト判明」


「ネーレイド? 聞いたことないわね。どの辺り?」

 操縦室に入るとフィーネが訊いていた。

「第6腕59銀河67恒星系デス」

 正面のモニター画面に小さな分割画面が表示され、出されたごく大まかな全宇宙図の一部が点滅する。

「うん、辺境ね」

 あっさりとフローラが分類する。つまり、レムリアから遠く離れた異文化地帯ということだ。

「〈どらごん〉号ハ現在かんぱにー所属ノらんすちーむ“ぶれす”ノ所有」

「同業者なのぉ?」

 てっきり宇宙海賊のタグイが追い剥ぎに来たのだと思っていたので、落胆の色を隠せないフィニー。

「カンパニーも通さず異空間で擦り寄ってくる同業者? 怖いわよね?」

「しかもアレ、こっちに乗り移ろうとしてた」

 ぜんぜん恐怖を感じていない様子のフローラの警戒心を煽るようにフィーネが言うと

「通信機の故障じゃないよね。だとすると、誰かに傍受されたくない、とか?」


「つまり、わたしたちと連絡を取りたかったのね?」


 各々の雑感からのまとめを端的にテラが口にした。


「うーん、誰が、何のために、どうして」

「あれ、倉庫を離れた直後から追いかけてきていたわよね」

 ストーカーの気配に、なぜかフローラは敏感だ。


「ぷろふぃーるガ届キマシタ」


「教えて」

 サルースに録画させている画像をモニターに出し、テラは何気に拡大を解除して顔全体が見られるようにした。

「あら、まだ少年(こども)じゃない」

「ヒゲは生えてるようだけどね」

 なぜ口元がアップされていたのかの理由を察し、フィーネがちろりと視線をテラに向ける。

「ねー、どう見てもお子ちゃまだよね?」

 フローラと認識を同じくしているフィニーに交ざってうなずくテラ。


「そうね、わたしたちとそう年齢は変わらなそうね。ルーニー、どんな子なの?」

 軽くため息をつき、フィーネが促す。


「“ぶれす”ハえどわーどトじょんノびぃ兄弟カラ成ルゆにっとちーむノ傭兵(らんす)。承認ハ“銃ノ時代”マデ。80めーとる級ノ宇宙船〈どらごん〉号ヲ標準使用デ稼働えりあハ全銀河──求職掲示板ノ記載ハ以上」


「ああ、アレ、自前の宇宙船(ふね)だったのね、お気の毒に」

 レーダーに淡く表示されたダスト群に目をやり、同情するフローラ。彼女たちは〈ルナ〉号以外にも生活の場となる家が地上に存在しているが、ランスの中には所有する宇宙船が活動の“足”であり“自宅”でもあるという者も少なからずいるのだ。“ブレス”もおそらくはそうなのではないかと思われた。

 彼女たちの〈ルナ〉号は150メートル級の宇宙船で〈ドラゴン〉号の約2倍、建造費も単純に2倍だったとしても(実際には2倍どころか、さらにその何倍レベルなのだが)、ゼロからまた自分たちの基盤を作り出さなければならないのは……考えただけでもぞっとする。どん底のどん底のどん底である。


「なんでまた、こんな異空間なんかで接触しようとしてたのか、聞いてからじゃないとカンパニーには報告できないわよね」

「ええぇ〜?」

「らしくなく、甘いこと言うわね、フロゥ?」

 珍しく、三つ子の意見が2対1で割れた。

 同情的なフローラに、〈ルナ〉号への器物損壊を許せないフィニーと違法行為を認めないフィーネ。


「「「テラは?」」」


連結口(スクラップ)は……もう流れていっちゃったし、サルース、宇宙服にも彼の衣類にもお手紙とかはないのよね? だったら、直接彼の話を聞くしかないと思うの」


「あの子、いつ目が覚めるの?」

「たぶん12時間後?」


 もともと、何らかの薬剤投与による鎮静状態で収容している。そこへ12時間の状態監視をテラがオーダーしている。状態継続だとサルースは判断したとフィニーは察している。


 気まずそうに告げた妹に、一瞬、あらゆる分別を放棄して叫びそうになるのを堪え、フィーネは言った。


「──っ。そろそろワープアウトするわ。みんな、席に着いて」


 飛び込むように繭型(コクーン)シートに身を沈め、衝撃に備えた。





to be continued……












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