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まちぶせ




 15歳の仮成人を迎えたチーム“月光”がアマゾン本星を離れるにあたり、使用したのは彼女たちの知識と技術を駆使して造られた宇宙船〈ルナ〉号だった。

 先ずは船体、これはもう、流れるような曲線を高度な物体物理論に基づきデザインし、特殊合金で組み上げられた特注品である。その中に張り巡らされた航行システムは二重三重の安全回路と共に常に保守点検(メンテナンス)され、いかなる不正アクセス(ハッキング)をも許さない鉄壁の牙城を構築する。内装は極めてシンプルに、かつ、快適にくつろげる生活空間(リビングルーム)を完備し、機能的な操縦室、緊急時には手術もできる無菌医務室、狭いが船員各自の船室もある。非常時には救命艇となる小型機が2機──これは左舷と右舷に1機ずつの格納庫がある──を搭載しており、前方、後方に大口径の砲門を、左右船腹に可動式のレーザー砲を装備している。


 軍艦には及ばないものの、個人レベルで宇宙を航行するには最低限の支度が整えられていた。

 

 


 プロメテ・カンパニーのアンドロメダ支部が所有する倉庫群は、宙港に臨在するコンテナエリアに配送業者並みの規模を許されていた。

 貸しドックに入れていた〈ルナ〉号をそちらに回したものの、依頼品として積み上げられたコンテナを船倉に収めて運ぶことには全員が難色を示した。

 カンパニーから送られてきた輸送品リストは不備なく仕上げられていたし、〈ルナ〉号の探査機能を使った透視(スキャン)でも内容に問題はなかった。だが、だからこそ、それが気持ち悪いのだ。

 どうしても、絶対に大切な宇宙船(ふね)にそんなもの、載せたくないという感情を抑えきれない。


「コンテナブロックにして曳いてっちゃえばいいよ。どうせ衛星軌道に支援船いるだろうし、地表まで降りなくてもそこで渡して依頼完了にさせてもらえばいいじゃん」

「そうね、わたしも賛成」


 フィニーの提案に真っ先に同意したのはフィーネ。慎重派の姉にしては珍しいと思いつつもフローラがうなずき、テラも最終決定を下す。


「では、そうしましょう。全体的に〈ルナ〉号の陰に入るサイズにまとまりそうだから、ワープインの抵抗は考えなくて良さそうだし」


 目算で荷物の総量と自分たちの愛機(お宝)とを測れてしまうほどには、彼女たちも機体に慣れている。

 倉庫のスタッフが荷物をまとめている間にも、4人は〈ルナ〉号の操縦室でそれぞれの出港作業を行った。

 今回の航行は単純な輸送業務なので重装宇宙服の着用までは必要ない。なので、彼女たちは宇宙服の内装(アンダーウェア)となる体にぴったりとフィットする全身服にシャツやワンピースを上着のように合わせ、重力ブーツを履いている。女子4人のチームなので、それぞれの装いに個性が出る。長めのシャツを細いベルトで押さえてチュニックのように着こなすのはテラ、ブラウスにタイトスカートまで履いているのはフィーネ、フローラはふんわりとしたエレガントな丈のワンピースでフィニーはカットソーに半ズボン(ハーフパンツ)が定番だ。

 コックピットタイプの操縦室に座席は5つ。船の“正面”に位置する大モニター(モード切り替えにより、これはフロントガラスにもなる)に出された宙域図に、最後部で並んで座る航宙士フィーネと船長のテラが相談しながら航路を描き入れていく。示されるタイムラインに沿って兵站長こと補給・衛生担当のフローラが中列右席で食事やおやつの時間を決め、最前列、出番のない砲撃手フィニーは砲門のロックを確認し、船の管理コンピュータの始動チェックに目を通していく。


「ふぅん、調子良さそうじゃん、ルーニー」


 船の全機能を管理する電脳(コンピュータ)はもうひとりの乗組員のようなもの。擬似人格として名前を与えられる宇宙船もあるが、設計段階からテラはなぜか命名しようとはしなかった。


「だって、月の女神ルナはルナでしょう?」それで納得するのは、三姉妹がすっかりアマゾンに染まっているから。“彼女”のことをいつの間にかフィニーがルーニーと呼ぶようになり()()もそれと認識している。


「ソウ、ワタシハトテモ調子ガ良イ、ふぃにー・めらん」


 集音マイクからのオーダーを認めているので、個人のモニターではなく操縦室内への音声出力で返事がくる。

 それはそうである。

 前回の仕事(ミッション)の後に4人を学園惑星に運び、〈ルナ〉号は正規の保守点検をして休眠させていた。すべての機能が最上の状態なのだ。それを、たったの一往復の輸送のためにドックから引き出し、またメンテナンスを施し休眠させる。単純計算でも、その費用と今回の依頼料とで、ほぼ利益はない。チームとして、カンパニーの公的目標に従事したパフォーマンスのつもりなので、テラもフィーネも最初から値上げ交渉する気はなかった。


「それでもね〜!」


 休暇という“ご褒美”をくれたはずのカンパニーの意向を撤回するに等しいこれは、やっぱり支部長のやらかしとしか思えない。


「こういうの、ルーニーはどう? 相談できるオトモダチいる?」


 今日、〈ルナ〉号に乗り込むまで我慢していたフィーネが依頼内容を取り込んだルーニーに経緯を説明し、やんわりと尋ねた。要は中央コンピュータ(マスターシステム)にこっそり“直訴”しろという唆しである。


「あら、いいわねぇ、ルーニー。オトモダチと仲がいいのね」

 にっこりとフローラが後押ししたところで、フィニーが慌てる。

「こらぁ! ルーニーに無茶なお願いするなぁ!」

「でもだって、ハラスメント申請は従業員の当然の権利よ?」


 きちんと自分たちのチームが所有する宇宙船のコンピュータを通すのが正式表明だと姉たちは微笑む。


「テ〜ラ〜、ふたりがルーニーにぃ〜ゴリ押しでエグいオーダー入れようとしてる〜」


 当然の権利とはいえ、反骨精神に溢れた電脳という評価はルーニーの正常性を下げ、ひいては彼女の交換廃棄につながるのではないかと三女は青褪める。


「うーん、そうねぇ。だったら、目立たないように調べてもらえば? ジョルティさんはわたしたちの休暇に水を差すためにチーム実績強化なんて言い出したのか、それとも他に何か理由があるのか」

「そこまで考えちゃう?」

「カンパニー全体でみれば、いま休暇中なのはわたしたちだけじゃないわよね? なのに、たかが嫌がらせのためにこんなことするのかしら?」

「アレの場合、強化月間なんて私たちだけに言ってるのかも?」

 そこまでセコい男と酷評するフローラ。

「確かに、仕事を請け負う必要ないから、ボクたちカウンターに行かないし」

 行かないから、支部の職員を知らないし情報もない。ルーニーも休眠中……無関心すぎたとの反省はある。

「今回、マーリーさんが不在だったのも偶然(たまたま)だったのか怪しいし」

 ユディト・マーリー嬢はカンパニーのアンドロメダ支部窓口総括を務めるシゴ出来キャリア(スーパーキャリア)である。ジョルティと年齢が近いこともあり、出世を争う関係というのが周囲の認識だ。

 カッチリした就業理念がフィーネと似ているので、“月光”内での評価も高い。

「そうね。じゃあ、ルーニー、マーリーさんにもこっそり連絡してくれる?」

 お気に入りのお姉さんに会えなかった不満を燻らせるフィーネのために、フローラは電脳に追加指示した。

 そうこうするうちに、ブロック化されたコンテナが船尾に接続され、〈ルナ〉号は船体を覆う防御シールドを拡張して積荷にもガードをかけた。


「──フロンティア、こちら〈ルナ〉号。惑星圏離脱後、ワープに入ります」


 舵を取っているのはフィーネ。その隣からテラは学園惑星の管制に通信した。5番目の空席は主に索敵・通信担当なのだが、普段は手の空いている誰かがしている。いまは、再びチームがお仕事モードに入った挨拶も兼ねて船長であるテラが行った。


『フロンティア、了解。良い航海を(ボンボヤージュ)〈ルナ〉号』


 ありきたりな定型文(テンプレート)で〈ルナ〉号は送り出された。そのまま、巡行速度を保ちワープポイントへと向かう。これは、ワープインに必要な加速を得るためではなく、あくまでフロンティアの惑星圏から離れるための航行だ。


「いつも思うけど……まどろっこしぃ〜」


 4人の中で、たぶんいちばん愛機の機能(スペック)に惚れ込んでいるフィニーがぼやく。

 普通、宇宙船は航行速度が最高速に達した状態でワープインする。だが〈ルナ〉号は通常航行から即座にワープできる構造にしてある。当然、それはチーム内の秘密であり、彼女たちは通常ルーチンでワープインしている風を保っている。


「まだ公開してはならないと言われているでしょ。お約束は?」

「守りましゅ!」

 ちょっと噛んでしまったフィニーである。




 徐々に速度を上げ〈ルナ〉号がワープインすると同時に、全員の操作卓で警報が点滅した。

「あらあら」

 楽しそうにフローラがそれを認証する。

「あからさまじゃん」

 フィニーは少し残念そうに。

「堪え性のないこと!」

 嘆かわしげにフィーネが評し、

「何でこんなに危険なことするのかしら?」

 眉根を寄せ、テラは迎撃プログラムの発動を承認した。


「正面、および両舷側の砲門、起動!」

「防御シールド出力強化、120%まで上げます」

「航路、現状を維持!」


 きびきびとした報告にきりりとテラが指示を出したところに、最初の攻撃がきた。


 出力を絞った光子砲だ。

〈ルナ〉号がワープインした直後を狙うように、これまたワープインしてきた小型宇宙船は、迷いなく〈ルナ〉号の右斜め後方に張りつくように接近し攻撃した。


「誘い方がありえないでしょ!」


 マナーを厳しく躾けられたフィーネは、当然、おつきあいのマナーにもうるさい。フローラも同意する。


「いきなりアプローチしかけてくるなんて、何考えてんのよ」

「ん〜もう、強引すぎるのは、幻滅よね〜」


 どうやらコンテナブロックとの連結部を破壊して積荷と〈ルナ〉号を分断させようとしたようだが、厚い防御シールドが弾いた。


 すかさず、さっきの3倍の太さの光子砲が再び〈ルナ〉号を襲う!──しかし、またしてもシールドが阻む。


「あ?」

 

 何か火線を見舞ってやろうかとフィニーが砲門を操作していると、襲撃者は〈ルナ〉号の下部に潜り込んだ。乗り移ろうというのか、自らも逆向きとなり、連結口を出して接近してくる。


「……何か、すごく必死な感じがしてくるんだけど」

 

 シールドが弾き飛ばすギリギリの強さでじわじわと接触しようとするのは、なるほど、考えたようだ。防御シールドを挟んだまま、〈ルナ〉号の船底ハッチに連結口が向けられている。


「気色悪いから、フィニ、やっちゃって!」

「え〜、弱い者いじめって、ボク嫌なんだけどぉ」


 長姉の言葉に反論しながらも、叶えてあげる優しい妹である。ほんの少しだけシールドの隙間を作り、ごくごく細い光子砲を短時間、フィニーは撃った。


「あら」


 拍子抜けするくらい、あっけなく連結口が吹っ飛んだ。


「あいつ! 防御シールド張ってないのぉ?」

「っていうか、連結口に人、いなかった?」

「ええぇ、何やってんのぉおっ!」


 意外と見ていたテラの言葉に、繭型(コクーン)シートからフィニーが立ち上がる。


「相手機からの救助活動、確認できず。救援信号もなし。重宇宙服装備のようだけど、これ、放っておいたらあのひと、ここに置き去りだわよねぇ」


 フローラの声に、フィニーはじっとテラを見た。

「……フィニーは〈クリスティーナ〉で出て遭難者を回収、フローラは索敵と小型船の監視、フィーネは航路を維持」

「「「了解」」」


「わたしは医務室の用意をしてくるわ」


 フィニーに続いてテラが操縦室を出る。

「これって」

「フィニに罪悪感持たせないため、よね」


 すぐに姉妹は視線を合わせ、どちらともなく苦笑した。


 まちぶせて誰かのワープに合わせて後を追い、異空間で襲撃してくるような奴は返り討ちにされて当然、宇宙のもくずと消えるのが定めだ。それをわざわざ救ってやるのは、襲撃者を死なせてしまった罪悪感に苛まれないようにするため──妹に示された救済に、ふたりは感謝しかない。

 右舷から〈クリスティーナⅠ〉を出すとフィニーが報せてきたため、右舷のシールドを解除し、再び展開する。見るともなく、連結口ごと引っ張ってくる様子を見ていたら、襲撃船が異空間に点在する大きな岩塊に接近しているのが見えた。


「ルーニー、探索!」

 フィーネの声に電脳は即答した。

「アノ宇宙船(フネ)ニハ、誰モイマセン」

「「あ……」」

 

 ほっとする間もなく、衝突の反動で小型船は周囲の岩塊にぶつかりまくり、何回目かで岩塊群と共に流されるように遠ざかりだした。


「フィニ、急いで!」

 フィーネが叫ぶと同時にフローラは防御シールドの強度をさらに上げた。スクラップを曳く〈クリスティーナⅠ〉が〈ルナ〉号の左舷に隠れると、小型船は爆散した。







to be continued……














発見しました!

『緑の惑星エルメルダ』初稿、ずっと私は400字詰め原稿用紙を半分に折って紐留めにしたものを茶封筒に入れてクッキーの缶に入れていたと思っていたのですが……半分に折った原稿用紙に表紙を付けて勉強机の扉つき本棚に納めておりました。クッキーの缶を探しても、見つからないワケですよ……。

で、読みましたが……うん。


これからも、がんばってリライトしたいと思います。


次は2025年9月1日の予定です。



あ、時々「フィニー」が「フィニ」になっていますが、幼少期の愛称です。「ー」を書き忘れているわけではありませんので、ご安心ください(#^.^#)




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