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チーム実績強化月間

初めましてのかたも、お久しぶりのかたも、ようこそいらっしゃいました。

自称“SF”作品『緑のエルメルダ』連載開始でございます。

このお話は私が中1のときに書いた『緑の惑星エルメルダ』のリライト版としてお届けする予定でしたが、原稿用紙約100枚、それなりの厚みのあるモノなのになぜか見つからず(私の部屋は“エル・ファ◯ルの英雄の書斎”と呼ばれるレベルの散らかり具合……)、記憶を頼りに書いているリメイク版です。

結末は変わらないはずですが、そこへ到るあれこれが違うことを、ご了承のうえお読みくださいませ。







「思ったんだけどさぁ」


 調理用の手袋をはめ、蒸し鶏の身を細かく裂いていた三女は徐ろに言った。鶏肉はまだ熱く、ともすれば細い指先は熱傷しそうな状況のため、おしゃべりしつつもその目は用心深く手許に向けられている。


「フローラが行ったほうが良かったんじゃない? フィーネのあの性格だとテラを抑制するよりも、逆に自分が先にキレて支部長を再起不能に追い込んじゃう気がするよ?」


 絶妙な割合で裂いた鶏肉と野菜にかけるドレッシングを混ぜ合わせながら、メラン家の次女はおっとりと応える。


「あらだって、今日のお夕飯に蒸し鶏と揚げ鶏と鶏シチュウが食べたいって言ったのはフィニーでしょ。みんな揚げるの嫌がるじゃない。だったら、私がやらないと食べれないでしょう?」

「そりゃそうなんだけどぉ」


 フィニーにしてみれば、この二姉は食の女神さまのような存在である。

 彼女も、けっして料理が作れないというわけではない。むしろ食べられなければ生き延びることはできないという理念により、物心ついた頃には炊事当番をこなしていた。近代的な調理器具の加熱も野外炊飯での火加減も、ばっちり習得している。味は……可食(食べられなくはない)レベルなのがしょんぼり事項だが、食材を無駄にしていないという点だけは誇っていいだろう。


「デザート、林檎のコンポートでいい? それともパイ?」


 パイ皮は冷凍しておいたのがある。さりげなく妹の好物を出してくるあたり、フローラは優しい。

 まあ、彼女はたいてい優しいのだが。

 調理助手が姉か友人であったら、フローラの提案は柑橘のシロップ煮かパイだった。彼女自身の好みで作るなら、単独のベリーかミックスになる。どれも現在、キッチンにある素材だ。


 あれ? ひょっとしたらいまあるの全部、使い切るか冷凍保存にしておかないとダメなのかな?──この後にもたらされる予定によっては、その可能性もある、とフローラは心の片隅にマークする。


 幸いなことに、今日は食材を買い足していない。

 メインを具だくさんのシチュウにするので、穀物は出さない。サラダと揚げ鶏もあるので、少しだけパンを並べるつもりだ。育ちざかりの十代女子の胃袋ちゃんを満足させるには肉が必要なのだ。そして、同様に縦の伸びはともかく、横へは敬遠したいのが乙女心なのである。たっぷりの野菜は必然だ。


「うん、アップルパイ、いいねぇ」


 お酒をきかせて濃い風味にする逆さ焼き(タルトタタン)ではなく、林檎をパイ生地で包んで焼いたものをフィニーは好む。

 優しいだけでなく、フローラは甘い姉でもある。


 揚げ鶏、そんなに揚げなくてもいいかも。


 食欲旺盛な年頃ではあるが、大食漢というわけではない。ちょこっと口に入れば、欲求は満たされそうだ。


 ひとり3個でいけるかな?


 大皿に盛っておけば食べたい者が食べるだろう。


 デザートにパイがあるとわかれば、みんな“別腹”を意識する。所帯じみてくるが適量を管理するのは食費を預かる身としては当たり前だし、廃棄も過食もありえない!


「あとは依頼内容による、かな」


 つぶやきが漏れた。


「ああ、何でいま、って思うよね」


 それはチームの4人全員が思ったことだ。


 彼女たち──メラン家の三つ子とテラは総合人材派遣会社プロメテ・カンパニーの傭兵(ランス)だ。惑星国家アマゾンで女戦士(アマゾネス)としての教育を受け、15歳の仮成人を迎え、現在“(えら)びの旅”の最中である。正式な女戦士として承認されるのは21歳の成人を待ってのことになり、それまでの修練・修行期間が“択びの旅”なのだ。

 メラン家がレムリアに本籍を置くこともあり、修行先として社会的信用度、規模の大きさから同じくレムリアの企業であるプロメテ・カンパニーを選んだのは偶然というより必然だった。


 なんとこの会社、創業者にして最高経営責任者がプロメテ大公である。

 レムリア圏に於いてその名は、絶対的、不変、不朽の信頼を意味する。なぜならプロメテ大公は当代女王レセマトーラ76世の王配なのだから。


 老舗中の老舗、一流企業中の超一流、そんな会社で積み上げる社会経験は彼女たちの学びとして高く評価される。というか、評価された。

 ランスとして登録されて1年を経ずして、彼女たちは100億を超す契約金が絡む依頼を達成した。とある星の歴史ロマンスペクタクル作品の映画化という、芸能関係=派手業界ゆえの高額契約というきらいはあるが、高度な戦闘能力が問われる代理演武(スタント)──その中には超高層建築屋上での命綱なしでの打合せなし格闘(ガチバトル)シーンも含まれる──は新人として破格の稼ぎとなった。カンパニーとの傭兵(ランス)契約規約として100億を稼いだ者には1年間の特別休暇が付与される。

 彼女たちはアンドロメダにある学園惑星への“留学”を希望した。学びたいテーマはそれぞれ異なる。が、共同で家を借り、食事をとり、語り笑い、過ごしている。期限はまだ半年残っている、なのに!


「「「「チーム実績強化月間?」」」」


 学園惑星は大規模な宇宙航路の中継点となる特性から、プロメテ・カンパニーのアンドロメダ支部が置かれている。主に第8腕方面──地球で云うアンドロメダ、マゼラン、銀河──での依頼処理(依頼の受理、調査、ランス派遣、遂行確認、料金徴収、報酬支払)を行う。その支部長からの召喚状が届き、中を見て4人は一様に首を傾げた。


 彼女たちは休暇中である。

 なのに、現在、社内一斉に在籍チームの実績をあげる強化期間なのでおまえたちも何か仕事をして達成率に貢献せよと宣っているのだ。


 休暇中に仕事を受けろとは、何なのか?


「いったい、何の嫌がらせなのかしら?」


 狷介そうに眉間に皺を刻んだのは長女フィーネ。

「だいたいあのヒト、初対面のときから何か怪しかったわ」




──フィーネの回想から──


 学園惑星で通学の準備を整えた後、彼女たちチーム“月光”は1年間の滞在挨拶のためにカンパニーの支部を訪れた。

 アンドロメダ支部長アドレア・ジョルティは標準年齢で29歳、カンパニーでの働きは実働ではなく事務・後方支援系で、いかにもな優男風。エレガントな長身を仕立てのいいスーツで包み、高価な手縫いのシャツには彼のファンだという女子学生から贈られた(と自慢している)画像表示(ディスプレイ)加工のネクタイが締められている。

 いくら贈り主が学生(こども)とはいえ、可愛らしい子猫やら子犬やら子兎の画像がうごめくネクタイは……社会人の仕事着としてどうなんだろう、とフィーネは思った。

 しかも、ファン? 一応、犯罪にはギリギリならない年齢のようではある。だが、だが……モヤッときてしまうのはなぜだろう。ファンはひとりふたりではない、というのも何なんだ?

 フローラは、彼女の妹は、ある意味オトナだ。クールに素知らぬ顔で彼を非認識に(スルー)した。カンパニーの窓口で対応するのが綺麗なお姉さんだろうと脂ぎったおっさんだろうと、一切動じない顔で接するのと同じ対応になっている。

 一方フィニーは……フィニーも、気にしていない。この子は良識の鏡みたいな娘だ。善意は善意として捉え、悪意はご丁寧に回避する。ジョルティにとって彼女が守備範囲外なのはあからさまで、それゆえにフィニーは警戒心を微塵も滲ませていない。


 そしてテラは──。


 男は、何とか表情を保つことには成功していた。

 しかしその視線は……頭の先から足の先まで、舐め回すように少女の全身を往復していた。

 テラはフィーネが知る限り、この世でいちばんと冠されるに相応しい美少女だ。まだ仮成人になったばかりだというのに、完成された美貌は成人後にはどれだけの人を魅了し、圧倒的な力を持ち、影響を与えるのか、怖いくらいである。

 テラはジョルティの目に気づいていない。

 なぜならば彼女は、男のネクタイの可愛らしい動物さんに注目していたからだ。


 彼女たちの育ったアマゾンは、女性社会の国である。日常的に暮らすエリアに、男性は──(オス)としての生殖能力を有する個体は存在することを許されていなかった。実家で父親や兄と生活する機会があった三つ子と違いテラは仮成人するまで男性に会ったことがなかった。

 基本、対話は人の目を見て話せと教育されるが、異性とは目ではなく少し視線を下げて鼻か首を見ろというのが対異性の初期処世術であり、ごく自然にそれを実践していたテラはジョルティの首元……ネクタイを見ていた。そこには赤茶色のレンガで作られた迷路が展開され、むっちりとした真っ白な子兎さんが一生懸命に出口を求め彷徨っていた!


 あっ、違うそこじゃない! もう二つ先の小径に入って右、左、左、もひとつ左よウサちゃん。がんばって〜!


 なるべく視線を動かさないように迷路を読み、テラは応援していた。


「──で、◯◯が△△でね、是非とも君にそれを見てもらいたいと思うな」

 ジョルティが何かを言っているがテラは聞いてなどいない。そっと背中をつついてフィーネが注意を促すと

「そうなんですね〜」

 口先だけの相槌を打った。


「そうなんだよ! わかるかい。だったら一緒に見に行こうか。僕としては明後日の夕方が都合がいいんだが。18時にここの前の噴水で待ち合わせをして──」

「はい……ああ、そうなんですね……はい……はい」


 最後に「はい」と言った直後に子兎は無事に迷路を脱出した。にこり、テラの顔に笑みが広がる。


 当日の朝、一応、フィーネは確認した。「18時の約束を覚えているか」と。

「ええ。たぶん遅くなるから、わたしの夕食は用意しないでね」

 あまりにもいい笑顔なので、フィニーも訊いた。

「えっ、やっぱり行くんだ? 絶対断るとボク思ってたよ」

「どうして? せっかくお約束したのに」

「そうね、お約束は大切よね。わかった、テラの分、お夕飯は作らないわ。でもデザートは残しておくから後で食べてね」

「ありがとう、フローラ」

 

 そして彼女たちはそれぞれの研究室へ向かい、学び、その日の予定を消化して借りている家へと戻った。日が完全に暮れた頃に雨が降ったが、三つ子は家の中、テラも約束した相手との会話に夢中で気づかず、真夜中近くに帰宅するときには晴れていた。


 事が発覚したのは翌朝だった。


 朝食の席でフローラが「昨日のデート、どうだった?」と訊くと、テラが怪訝な顔をした。


「デート?」

 なにそれ、食べ物の名前? そんな顔つきだ。


「ジョルティさんとしたんでしょ、昨日」

「ジョルティさん? 昨日? してないけど」

「えっ、だって昨日、18時に約束して」

 つい、つっこんでしまうフィーネ。

「昨日? 昨日はオイオーロ教授とマリド教授の症例検討に加えていただいて、術式固定後の鏡下手術から開腹術への変更のお話を聞いていたんだけど」

「へ? 大学病院へ行ってたの?」

「予定どおりに手術が終わったから、記憶が新しいうちに話せて検討がはずむ、と」

「つまり?」

「ジョルティさんは待ちぼうけね」

「うわ、やっちゃったね〜」

「え?」

 そこでようやく、知らないうちにデートの約束をし、知らないうちにすっぽかした事実にテラが気づいた。

「た、大変〜」

 カンパニーの支部が開くのを待って連絡すると、アドレア・ジョルティは体調不良にて欠勤とのこと。急ぎお詫びに走ったテラである。


「約束した女を待って雨に濡れて風邪ひく男のヒト、ほんとにいるんだ。キャリィが言ってた地球の文献って、実録だったんだねぇ」

 感心したようにフィニーがつぶやいたが、恋心からではなくプライドのために帰らなかった男のことなど放っておけばいいのに、というのが姉ふたりの心情だった。


       ──回想終了──




 つまり、あの支部長はチーム“月光”に、というか、テラ・キャロラインに、何らかの恨みなり執着なりの良からぬ感情を持っているのは明白なのだ。


「ロ◯コンまがいのくせに、厚かましい!」


 確かに、約束をすっぽかしたのはこちらが悪い。


 だが、そもそも、年若い女性を何人も侍らせ、さらにそういう対象として他の娘にも声をかけるのは、成人男性として、どうなのか?


 恋愛は自由だ。

 それには異論などない。しかし、一方的なそれを突きつけ、思う結果が出ないと相手を恨むのは、自由を履き違えている。


 だからして、ごく当然の対策としてフィーネはチーム“月光”のリーダーであるテラに付き添ってアンドロメダ支部に足を運んだ。カウンターで名告ると、待ち構えていたように支部長室へ通された。


 あっ、ヤバい!

 一瞥して男の謀略を察知する。


 相変わらず、アドレアは“若いファンの女の子”からの贈り物のネクタイをしていて、そこでは今日は茶色い子犬くんと三毛の子猫ちゃんの障害物競走が繰り広げられている。

 当然、テラはそれを注視だ。

 つまりこの男はなぜテラが自分の話を上の空で聞いて生返事をしたのか、その原因を察し、それを逆手に再び彼女に無意識の回答をさせようとしているのだ。


 内心の舌打ちを巧みに隠し、フィーネは尋ねた。

「わたしたち“月光”が休暇中なのは支部では当然ご周知されていると思っていましたが、実績を必要とされるとは、どういうことなのでしょうか」


 いや、むしろ会話に加わらないでいてくれるほうがわたしの思いどおりにできるかも。


 口調に毒気が混ざらないよう、細心の注意を払う。


「もちろん、それはわかっているとも。なに、数字上のことだけなんだ、君たちには、ごく単純に1件だけ輸送業務をこなしてほしい」

「輸送?」

 それは戦闘能力を持つ傭兵(ランス)クラスの人材を派遣するような業務なのだろうか? 紛争中の宙域なのか、あるいは、ものすごく危険な物品なのか。

 すると、彼女の思考を読み取ったかのように笑顔を浮かべ、ジョルティは言った。

「そんな心配そうな顔をしないで、ごく簡単な仕事だよ。依頼として社の中央コンピュータ(マスターシステム)も承認済みだ。学術探査隊への食料補給でね」

「学術探査隊?」

「銀河開発局が惑星エルメルダで長期にやってるプロジェクトだよ。保存食はともかく、新鮮な野菜なんかがすごくありがたがられるそうだ」


 なんか、ものすごく怪しいんだけど……。


 表情に出さないことにフィーネは苦心した。


「なぜ、それを“月光”に?」

「だから、ただ実績をひとつ付けたいだけなんだよ。1回のワープで済む、これだったらすぐに終わるさ。そしたら君たちはまた好きなだけここでお勉強すればいいじゃないか」


 コイツ、根に持ってるわね。そして、何がなんでもわたしたちに物を運ばせたがってる? 何? 密輸か何かの罪を着せようとしてるの?


 しかし、カンパニーご自慢の判断システムは適応案件として依頼を処理している。

 フィーネの視線を捉え、テラがうなずいた。

「いいの?」というまなざしに、さらに深くうなずく。

「では」

 端末から直接サインと電子認証印を入力して支部長の承認を受ける。これで“月光”は正規の依頼を受け、カンパニーはそれを保証したことになる。


「支部の倉庫に届いている物資を積み込み次第、出発してくれたまえ」


 にひゃり、と男の笑みが歪んだ。






to be continued……





 


 



 




この続きは2025年8月1日に公開の予定です。




ちなみに、私は白米の上にホワイトシチュウをかける“シチュウライス”も好きです♪




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