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幽霊の返済方法

作者: 雉白書屋

 ある夜のこと。眠っていた男はふいに目を覚ました。眠りの中で何かの気配を感じたのだ。いや、もしかすると、その“何か”が自分を目覚めさせたのかもしれない。

 体を起こし、暗闇に目を凝らした男はそう思った。なぜなら、そこには幽霊がいたのだから。


「あ、あ、あ……」


 言葉にならない声が漏れた。目をしばたたき、背筋に冷たいものが走る。何か恐ろしい目に遭う――そう思った瞬間、体が震え始めた。

 しかし、じっくり顔を見てみると、あることに気づいた。


「あ、あんたは……確か、おれに金を借りた奴じゃないか?」


 男は町の貸金業者であり、目の前の幽霊の顔には見覚えがあった。幽霊はかすかに頷き、か細い声で話し始めた。


『はい、私は生前あなたからお金を借りました。でも、返済することなく死んでしまい、このような姿に……』


「み、未練てやつか。だから復讐に来たってのか? おいおい、銀行にも断られて泣きついてきたのはあんただろ。金利だって合法だし、こっちはむしろ損してるんだからな!」


 実際に損したかどうかは覚えていなかった。そもそも、恨みを抱いた幽霊相手に理屈が通じるとも思えない。だが、虚勢でも張っていなければ、背筋の寒さに押し潰されそうだった。

 幽霊が少しうつむいた。男は唾を飲み、やはりここは謝っておくべきか……と、少し弱気になった。

 しかし、幽霊はそのまま頭を下げた。


『いえいえ、復讐なんてとんでもありません。お金を貸していただき、あのときは本当に感謝していました。まさに地獄に仏でした。ですが、返済できなかったことが、成仏の妨げになっているようなのです……』


「そ、そうなのか……だが、そんなことをおれに言われてもなあ」


『どうか、私に返済の機会をください。お願いします』


「いや、それはむしろありがたいが……幽霊がどうやって返すんだ? バイトもできないだろ」


『はい。でもいろいろ調べるうちに、いい情報を手に入れたのです』


「いい情報……?」


 幽霊の話によれば、ある男がかなりの額の脱税資金を自宅に隠しているという。しかも、今は旅行中で家は無人。鍵は玄関脇の植木鉢の下に隠されており、防犯カメラも設置されていない。


『というわけで、そのお金で返済という形にしていただきたく……』


「それはつまり……おれにその金を盗めってことか? おいおい……」


『はい……。後ろ暗いお金ですし、通報されることもないでしょう。それに、毎日チェックしているわけではないみたいなので、盗まれたと気づくのはずっと後かと……』


「だからってなあ……」


 男は疑った。話があまりにうますぎる。これは罠かもしれない。だが、ここで断って幽霊に毎晩付きまとわれるのも困る。それに、魅力的な話ではあった。

 しばらく逡巡した末、男は幽霊の提案を受け入れることにした。もともと職業柄、加虐的な一面があった。非合法なことに手を染めるのにもさほど抵抗はない。

 翌晩、男は幽霊の案内でその家へと向かった。頼りない月の光が夜を淡く照らす。住宅街は静まり返り、辺りには人の気配がまったくない。窓から誰かが見ている心配もなさそうだ。念のため周囲を一周してみたが、警察が張り込んでいるということもなかった。

 男は幽霊に見張りを任せ、静かに敷地内へと足を踏み入れた。

 玄関脇の植木鉢をどけると、確かに鍵があった。どうやら話は本当だったようだ。鍵をそっと差し込んだ瞬間、疑いは消えた。


『お疲れさまでした……これで、成仏できます』


「ああ、あんたもご苦労さん」


 男は自宅に戻り、手に入れた札束を触りながら、窓の外へ消えていく幽霊を見送った。

 うまくいった。指紋は手袋でガードし、顔は帽子にマスク、サングラスで隠した。それに、脱税の金というのも嘘ではなさそうだ。押し入れの古い掃除機の中に隠してあったのだ。ただの貯金にしては用心が過ぎる。

 男は満足そうにうなずき、布団に潜り込むと、すぐに深い眠りへ落ちていった。

 しかし、それからしばらく経ったある夜……。


「うおっ、お、お前は……」


『覚えていらっしゃいますか……? 生前、あなたからお金を借りた者です……実は、耳寄りな話を聞きまして……。ある競馬のレースで八百長が行われるという話なんですが……』


 また別の幽霊が現れた。

 それから別の夜には……。


『ある会社の不祥事を耳にしまして……うまく脅せば、口止め料が手に入るかと……』

『防犯意識の低い家がありまして……しかも大金が……』

『ある芸能人のゴシップがあるんですが……』


 男のもとには定期的に幽霊が現れ、有益な情報を持ち込んできた。

 男は迷うことなく行動し、順当に財を築き上げていった。

 強盗に恐喝に盗聴、時には詐欺まがいの手も使った。だが、一度も捕まることはなかった。幽霊たちが細かく段取りを教えてくれるのだ。

 豪邸を手に入れ、高級車を乗り回し、何不自由ない暮らしを送り続けた。

 そして、男は老い、ついに最期のときを迎えたのだった。

 静かな夜、寝室のベッドの中で男はふと目を開けた。何かの気配を感じたのだ。


「あ、お前らは……」


 そこには、成仏したはずの幽霊たちがずらりと並んでいた。

 男は一瞬驚いたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。


「そうか、あの世から迎えに来てくれたんだな……悪くない幕引きだ……」


 男は深く息を吐いた。まぶたが重くなり、視界の端がじんわりと滲む。

 次第に意識が遠のいていく。そのときだった。耳元で囁かれた。


『あなたは成仏できませんよ』


「な、何……?」


『この世に執着がありますからねえ』

『あなたが築いた財産に……』


「や、やっぱり恨んでたのか? だが、復讐が目的なら、警察に捕まるように仕向ければよかったじゃないか……!」


『恨んでいたか? 当然じゃないですか……』

『ですが、逮捕させたところで、気が晴れませんよ』

『あなたの魂を引き裂いて、ようやく私たちは本当に成仏できるのです』

『ああ、ほら、出てきた……』


 男の意識は暗闇の中、ゆっくりと沈むように重く、重く……やがて、ふわりと浮く感覚がし、部屋の景色が目の前に広がり始め、それから鋭い痛みが――

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