第17話 バルセオロナの夜明け
夜明けが、ついに差した。
バルセロナ旧市街の石畳。
砕けた地面の中央で、二つの奥義が交錯したその刹那
世界は、白く途切れた。
やがて。
風が戻る。
霧がゆっくりと流れる。
立っているのは、岡崎洋介こと岡田以蔵。
その胸は深く裂け、血が溢れている。
だが。
対面に立つ仲村レオンの身体もまた、真一文字に斬り裂かれていた。
【浮遊影 走り抜き斬り】
影の中を疾走した刃は、確かに届いていた。
薬丸自顕流・天誅斬りの軌道を、紙一重で潜り抜け。
その胴を、断ち割った。
静寂。
レオンの膝が、わずかに震える。
だが彼は倒れない。
刀を杖のように地に立て、岡崎を見据える。
その目に、恐れはなかった。
あるのは清冽な光。
「……見事だ、以蔵。」
血が唇から流れる。
夜明けの光が、その赤を金に染める。
レオンはゆっくりと空を仰いだ。
そして、静かに句を詠む。
「おもひおく 言の葉なくて ついに行く
道はまよはじ なるにまかせて」
思い残す言葉もなく、ついに旅立つ。行く道に迷いはない。
ただ成り行きに任せるのみ
その声は、穏やかだった。
思い残す言葉はない。
迷いもない。
ただ、成るに任せる。
それはかつて、西南の地で最期を迎える前に詠まれたと伝わる句。
中村半次郎こと桐野利秋。
武士としての潔さ。
そのすべてが込められた辞世。
岡田以蔵の瞳が揺れる。
血に濡れながらも、立っている。
レオンが微笑む。
それは戦いの鬼ではなく、
一人の武士の笑みだった。
「幕末で……会えなかったな。」
かすれた声。
「だが……今、果たした。」
刀が手から離れる。
カラン、と石畳に落ちる。
「地獄の閻魔がな」
岡田は刀を肩に担ぎ、静かに続ける。
「永遠の苦しみが続く無間地獄で、お前を待ってるぜ」
次の瞬間。
仲村レオンは、仰向けに倒れた。
ゆっくりと。
まるで地獄に堕ちるように。
その顔は―
すがすがしいほどの笑顔。
夜明けの空が、蒼く広がる。
岡崎は震える膝で立ち続ける。
やがて、ゆっくりと歩み寄る。
倒れた男を見下ろす。
そこにあるのは、敵ではない。
同じ時代を生き、
同じ血を浴び、
同じ名を背負った者。
「……あんたは、強かった。」
岡田の声が震える。
石畳に膝をつく。
仲村レオンの血が広がる。
「俺も後から行くぜ……」
誰に向けた言葉だったのか。
時代か。
宿命か。
それとも、自分自身か。
鐘が鳴る。
バルセロナの朝。
幕末四大人斬りの魂を宿した二人の決着は、
静かに終わった。
勝者は立っている。
だがその胸には、
決して消えない傷が刻まれていた。
ついに夜は明けた。
だが、
彼らの時代は、
今、ようやく終わった。




