第八話 友情の再会と青空の誓い
夜明けの光が、バルセロナ旧市街の石畳に静かに差し込み始めていた。
ひんやりとした裏通りを抜け、俺たちは古びた石造りの屋敷へと辿り着いた。
その地下室の暗闇の中に、彼女はいた。
「美香……!」
オリビアが震える声で叫ぶ。
その瞬間、鎖に繋がれていた伊藤美香が顔を上げた。
「オリビア……オリビアぁぁ!!」
二人は迷うことなく駆け寄り、力いっぱい抱き合った。
オリビアの肩が大きく震え、嗚咽が漏れる。
美香も、ぐしゃぐしゃに顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
俺は、その光景を少し離れた場所から、静かに見守っていた。
「よかったな……」
心の中で、誰にも聞こえない声で、そう呟いた。
事件は間もなく収束した。
スペイン警察の捜査が入り、マフィア・ファルコン家の幹部たちは次々と逮捕された。
しかし、ロレンソ・ファルコン。あの男だけは、闇へと逃げた。
だが今は、それも遠い出来事のように思えた。
そして、翌日。
スペインの片田舎、小さな教会で静かな結婚式が開かれた。
真っ白な雲が浮かぶ、透き通る青空。
教会の鐘が高らかに鳴り響く中、オリビアは純白のドレスを身にまとい、バージンロードを歩んでいた。
その表情は、光を湛えた湖のように清らかで、眩しかった。
タキシード姿の沖田が、微笑みながら彼女を迎え入れる。
普段は無表情で冷たかった男が、今は、少年のような優しい笑顔を浮かべている。
坂本が、そっと呟いた。
「まさかあの無口な沖田さんが、こんな笑うとはな……」
美香は、涙を拭いながら言った。
「オリビア、ほんとに綺麗……」
そして、洋介もまた、しみじみと空を仰いだ。
「やっと……ひと段落だな。」
二人の誓いのキスと共に、参列者たちの拍手が教会に響き渡る。
その瞬間、オリビアはふいに振り返ると、手にしていたブーケを高く掲げ、美香の方へと軽やかに投げた。
宙を舞う白い花束。
美香の胸の中に、ふわりと収まる。
「次はアナタよ」
オリビアがウインクをして微笑んだ。
美香の頬が紅く染まり、恥ずかしそうに笑いながら、花束をぎゅっと抱きしめる。
教会の上空では、白いカモメたちが大きな輪を描きながら、のんびりと舞っていた。
静かで、美しい空だった。
鐘の音が静かに響き渡り、空にはやわらかな朝陽が広がっていた。
純白のブーケを抱えた美香は、少し微笑んで岡崎に歩み寄る。その瞳には、長い旅路を共に乗り越えた深い想いが宿っていた。
そして、静かに、けれど確かな声音で言った。
「……こんな素敵な結婚式を、私たちもやりたいね。」
岡崎はその言葉に一瞬だけ目を見開き、そして静かに、美香の肩をそっと抱き寄せた。言葉はいらなかった。ただ、二人の間に流れる時間が、すべてを語っていた。
鐘の音が、祝福のように高らかに響いた。
『令和の人斬り 外伝:スペイン血風録』 完結




