第三話 カフェでの密談
スペイン・バルセロナ旧市街。
昼下がりの静けさを破るように、ルシアが手配したタクシーがカフェ“Los Secretos”の前に止まった。
後部座席から降り立つのは、岡崎洋介と伊藤美香、そして坂本龍太郎。
「ここか……」
坂本は小さく呟きながら、鋭い目で周囲を見渡す。
「ルシアからの情報は確かだと思う。でも、気を抜くなよ」
岡崎が言った。
美香は不安げに言った。
「本当に沖田さんがここに?」
「この招待状に書かれていた名前。“オリビア デル リオと沖田壮一”……あいつが相手で間違いない」
岡崎はポケットから結婚式の招待状を取り出した。
3人は店内へと入る。奥の席で、静かにコーヒーを飲む男が一人、沖田壮一。
立ち上がると、その身体は筋肉の鎧のように引き締まり、元刑事らしい精悍さを残していた。
「……沖田さん!」
「久しぶりだな、岡崎君。」
沖田壮一は落ち着いた表情で立ち上がった。あの冷静な眼差しは、かつて刑事だった頃と変わらない。だが今は――。
「オリビアと……結婚するんだってな。」
「そうだ。俺は警察を辞めて、今はスペインでオリビアと共に……ファルコン家を追っている。」
沖田の声には決意が込められていた。
「オリビアは、過去を清算するためにこの地に戻った。そして、ファルコン家への潜入と暗殺を実行していたんだ。」
坂本龍太郎が椅子にどっかりと腰を下ろし、腕を組む。
「なんちゅうことを……わしら、完全に巻き込まれとるやないか。」
岡崎は頭をかきながら苦笑する。
「でもまあ、オリビアを助けられるなら、それでいい。」
だが、その穏やかな空気は、突如として破られた。
バァン!!
カフェの正面扉が勢いよく蹴破られ、複数の黒服が雪崩れ込んできた。
「伏せろ!!」
沖田が叫ぶと同時に、近くのテーブルを倒して盾にする。椅子を手にし、黒服の一人を殴り飛ばした。
坂本も応戦。床に落ちていたグラスを素手で割り、鋭くなった破片で相手の腕を切り裂く。
「ワシをナメたらいかんぜよ!」
だがその最中――
「きゃああああっ!!」
伊藤美香が、何者かに後ろから羽交い締めにされた。
「¡Rápido!(早くしろ!)」
その声と共に、屈強な男が姿を現した。筋骨隆々、金色のサングラスにスキンヘッドの殺し屋ベン・ハーゲンだ。
「¡Vámonos!(行くぞ!)」
ベンは、美香を軽々と肩に担ぎ上げる。その目には怒りと憎しみが燃えていた。
「オリビア……あの女狐め……俺の弟を殺した報いは、これから受けてもらう。」
彼は部下たちに指示を出すと、煙幕を焚き、混乱に乗じて美香を連れ去っていった。
「美香ァァァァァ!!」
岡崎が追おうとしたが、逃走車はすでに発進していた。
「くそっ……!」
沖田が冷静に言った。
「相手は、ファルコン家直属の殺し屋ベン・ハーゲン。彼女を人質に取ることで、オリビアを引きずり出す気だ。」
坂本は椅子の破片を握りしめながら言う。
「そのつもりやったらのう……こっちゃあ、協力せにゃならん理由があるがぜよ。」
岡崎は拳を握りしめた。
「行こう。美香を、必ず取り戻す!」
俺たちとファルコン家との本格的な戦いの幕が、今、バルセロナで開かれようとしていた。




