第二話 殺し屋の影
スペイン・バルセロナ
深夜。旧市街の裏通り、石造りの屋敷。
その地下には、ファルコン家が代々使ってきた秘密の会議室があった。
石壁に囲まれた空間に、炎のように赤いランプが灯る。
ロレンソ・ファルコンはソファに身を預け、グラスを傾けていた。
手には1枚の写真。空港で逃げる岡崎洋介の姿。
「Ya están aquí...(やつらは来た)」
背後の鉄扉が重く開く音が響いた。
現れたのは、筋骨隆々の巨漢。
その名はベン・ハーゲン。
身長198cm、全身に岩のような筋肉をまとったパワーファイター。
スキンヘッドに濃い顎髭、無表情の奥に狂気を孕んだ鋭い眼光。
黒いタンクトップから浮かび上がる腕の血管は蛇のように這い、背中には鉄製のバットを2本、X字に背負っていた。
「……呼び出しておいて、ワインか?」
ベンは低く笑った。
ロレンソは静かに写真を差し出す。
「岡崎洋介。オリビア・デル・リオの古い友人だ。数年前に命を助けられた恩がある。今でも彼女と深く繋がっている」
「……ふん。こいつをどうすればいい。叩き潰すか?」
ベンの声には毒があった。
だがロレンソは、首を横に振る。
「殺すな。尾行しろ。この男を泳がせて、オリビアの居場所を突き止めるんだ」
ベンの眉がわずかに動いた。
「珍しいな。お前が“待つ”なんて。あの女狐にはもう飽きたと思ってたが?」
ロレンソの目に、わずかな狂気が宿る。
「オリビアは、俺の家を壊した。俺の父を、誇りを……そして、未来を。だからこそ、完全に終わらせる。愛するものすべてを奪い、無力にし、絶望させた上で殺す」
「……なるほど」
ベンは、ゆっくりとうなずいた。
「つまり、岡崎は餌ってわけだな」
「そうだ。だが忘れるな奴は甘くない。彼の背後には、オリビアと共に修羅場を潜った者たちがいる。迂闊に手を出せば、こちらの居場所が露見する」
「任せろ。気配すら感じさせずに、奴の背後に立ってやる」
ベンは静かに背を向け、歩き出した。
その巨体から放たれる殺気は、なおも抑えきれず、空間を圧迫していた。
ロレンソは背後で呟く。
「あとは……罠を張るだけだ」
闇が深まっていく。
スペインの空の下、復讐の歯車が静かに、しかし確実に回り始めた。




