第八話 尾上の正体、血の革命の始動
特別観覧室では依然としてカメラマンの行方を追っていたが、有力な報告はなかった。焦燥と緊張が漂う空間の中、尾上の携帯のバイブレーションが震えた。
「仕事の電話みたいなので失礼します。」
尾上はそう言い残し、静かに席を立った。扉を閉めた瞬間、彼の表情は一変する。携帯を耳に当てると、低く抑えた声が響いた。
「風間です。豊島ランドを制圧完了しました。」
と報告があった。
「待たせたな。」
特別観覧室を後にした尾上哲夫は、スケートリンク場の裏手に集まった尾上 彰義隊の前に立った。冷たい夜風が肌を刺す中、黒ずくめの男たちは静かに彼の言葉を待っていた。
尾上はゆっくりと深呼吸し、鋭い目つきで全員を見渡した。そして、ゆっくりと口を開いた。
「お前たちには、俺が何者なのかを話さねばならない。」
静寂が張り詰める。
「俺は尾上哲夫……だが、それはこの世に生まれたときに与えられた名前に過ぎない。」
彼の声には確固たる決意があった。
「本当の俺は……天野八郎。約150年前、彰義隊の副隊長として幕府のために戦い、そして敗れた男だ。」
男たちの間にざわめきが走る。風間は静かに微笑みながら頷いた。尾上は続けた。
「お前たちは、歴史が誰の手で作られてきたか知っているか?」
尾上は拳を握りしめ、悔しさを滲ませた声で言った。
「勝者だ。勝った者だけが、自分に都合のいい歴史を書き残す。敗者がどれだけ正義を掲げようと、それは踏みにじられる。そして、俺たち彰義隊は敗れた……幕府を守るために命を懸けた俺たちは、汚れた反逆者として葬られた。」
尾上の目には、150年分の怒りが宿っていた。
「俺たちは戦った。上野の寛永寺で、官軍相手に最後の砦を築いた。だが、戦力差は歴然だった。新政府軍の大砲が雨のように降り注ぎ、仲間たちは次々と倒れた。俺は必死に生き延び、潜伏した。しかし……」
尾上は奥歯を噛み締め、言葉を詰まらせる。
「裏切られたんだ……」
風が吹き抜け、静寂が広がった。
「潜伏先を密告され、俺は捕らえられた。牢獄の中で、まるで獣のように扱われた。食事もろくに与えられず、手足には鉄の鎖。傷口は膿み、体中が腐っていくのが分かった。それでも……それでも、俺は生きたかった。」
尾上の目が血走る。
「だが、誰も助けてはくれなかった。やがて体は動かなくなり、俺は飢えに苦しみながら、暗闇の中で静かに息絶えた。」
男たちは息を呑んで聞いていた。風間は誇らしげに尾上を見つめる。
「死ぬ直前、俺は誓ったんだ……『今度生まれ変わったら、暴力と金で世の中を変えてやる』と。」
尾上は一歩前に進み、声を張り上げた。
「……そして、俺が血反吐を吐きながら飢え死んでいく一方で、俺の隊長だった渋沢成一郎はどうなったと思う?」
彼は男たちを睨みつけるように見渡した。
「渋沢成一郎は生き延びた。そして、なんと渋沢栄一に取り立てられ、最終的には大臣にまで上り詰めたんだ。」
男たちの中から憤りの声が漏れる。
「同じ彰義隊の人間だったというのに、俺は獄中で朽ち果て、奴は権力を握った。金と名声を得た。俺と奴の人生の差は雲泥の差だ!」
尾上の拳が震える。
「そして今や、渋沢栄一は1万円札になり、日本の象徴として祭り上げられている!」
彼は声を荒げた。
「ふざけるな!!」
「奴らは、歴史を好き勝手に書き換えた!敗者は負け犬のまま、何も語らせてもらえない!」
「だが、俺たちは違う!150年の時を経て、今こそこの世に復讐する時が来た!」
男たちは拳を握りしめ、尾上の言葉に引き込まれていた。
「この世は腐っている。金を持つ者が支配し、力のない者は踏みにじられる。歴史は繰り返される……俺たちが何もしなければ、このまま負け犬のままだ!」
「だが、俺たちはここで終わらない!俺たちが、この世を変える!暴力と金の力で、新たな時代を作るんだ!」
尾上は拳を振り上げ、叫んだ。
「今夜、血の革命を始める!俺たちがこの世の支配者になる!」
男たちの怒号が夜空に響く。
スケートリンク場での血の革命が、今、始まる。




