決勝戦(中・ 中)
坂本の身体はスケートリンクの真っ赤な巨大な剣山パネルへと吹き飛ばされていった。
「さー かー もー とー!!!意識をとり戻せえーーーー!」
大声で叫ぶ岡崎の拳が震えた。
((俺に変われ……!))
岡崎の脳内に、幕末四大人斬り・岡田以蔵の声が響いた。
次の瞬間、岡崎の目つきが変わった。
まるで別人のような、鋭く冷酷な眼光。岡田以蔵は目覚めた!
暗殺武術 串刺し低空刀投げ!!
岡田以蔵の魂が宿った岡崎は、刀を槍のように持ち、アンダースローで低空を這うように滑っていく坂本龍太郎に向かって投げつけた。
しかし、意識を失いながらも坂本龍太郎のスピードは速い。
巨大な剣山パネルまで——あと2メートル。
その瞬間、アクシデントが発生した。
ガシャンッ!!
スケートリンクの静寂を引き裂くように、ガシャァァァァン!! という轟音が鳴り響いた。
突如、スケートリンクの壁上に設置されていた移動式のテレビカメラが落下し、回転しながら一直線に坂本龍太郎へと向かっていった。
ドガァッ!!!
鈍い衝撃音とともに、坂本の身体がカメラに直撃され、その場で急停止する。彼のスケート靴が氷を削り、粉々になった氷片が舞い散った。
「ぐっ……!!」
朦朧とする意識の中で、坂本はなんとか持ちこたえようとした。だが、その瞬間
ヒューーーー(空気を切り裂く音)
暗殺武術 串刺し低空刀投げ!!の木刀の刀が
闇を切り裂くような声とともに、岡田以蔵が放った刃が、低い弧を描きながら坂本へと飛んでいった。
スパァァァァッ!!
寸分の狂いもなく、刃は気絶から覚めかけた坂本の首に突き刺さる。
「——!!!」
坂本の瞳が一瞬、驚愕に染まった。しかし次の瞬間、身体が弾き飛ばされ、黒い壁へと一直線に吹き飛ばされる。
ドォォォォン!!!
壁に激突した坂本の身体は、まるでダーツの矢のように突き刺さる形で固定され、首が異様な角度で曲がった。
ギギギ……45度……
不自然に傾いた坂本の首は、まるで壊れた人形のように動かない。
「坂本 生きてるかああ!!!」
誰かの叫び声が響く。しかし、すでに坂本はまたもや意識を失っていた。
スケートリンクには、落下したテレビカメラの破片と、坂本の血の飛沫だけが静かに散らばっていた。
___________________________
スケートリンク場の特別観覧室の、金本、坂本、尾上は、この様子を見ておおいに揉めていた。
「なんだこれは!? どういうことだ!!」
尾上哲夫は声を荒げた。
(坂本組の若頭である坂本龍太郎が、無残にも剣山に刺さって死ぬ。)
と心の中で喜んでいた尾上だったが、この不可解な出来事に顔色を変えた。
尾上は、すぐさま坂本忍と金本知憲に詰め寄る。
「お前ら、何をした!? これは不正だろう!!!」
しかし、坂本忍も金本も冷静に答えた。
「知らぬ、存ぜぬ。」
(ふざけんな!お前らのどちらかが犯人に違いない)
尾上は怒りに震えていた。
尾上は血相を変えてさらに叫ぶ。
「不正だ! 不正だぁ!! これは陰謀だ!!!」
そんな尾上を見て、金本はふっと小さく笑い、携帯を取り出した。
「……わかった。テレビカメラを映していたやつをひっとらえて、事情を聞く。」
そう言うと、金本は小柄な老人に電話をかけた。
その頃、謎の小さな老人こと老子は車いすのオリビアと部下たちとともにスケートリンク場の休憩室のロッカールームにいた。
「老子、すまんが……テレビカメラを映していたやつが逃げたらしい。殺すか、捕らえてくれ。」
通話の向こうで、老子の冷静な声が響いた。
「かしこまりました。」
短い返答の後、老子は静かに立ち上がった。ロッカールームには、車いすに座るオリビアと数人の部下たち。彼らは厳重に警戒していたが、老子の指示でその場を離れることになった。
「お前たち、カメラマンを探すぞ。」
老子の言葉に、部下たちは頷き、休憩室を出て行く。その背中を見送りながら、オリビアの目が鋭く光った。
(あの老子がいなくなれば、他の男たちは雑魚も雑魚、複数は無理でも一人なら何とかなりそうだわ)
——チャンス到来。
オリビアは、拘束されたままわざと身体を小さく震わせる。そして、突然、涙声で叫び出した。
「ワタシ、トイレ行きたい!もうガマンできない!レディに恥をカカセル気?お前ら中国人は国際ルールモ シらナイノカ!」
オリビアの甲高い声に、残された部下たちは顔をしかめた。
「オマエラ、あなたのママでも、オシッコもらしにスル気かよ!? そんなコト、国際人権団体ガ、許スワケナイダロ!?!?」
マフィアの一人が頭を抱えながら、ため息混じりに言った。
「……マジでめんどくせぇ……」
「もういい!誰か適当に連れて行って、さっさと済ませてこい!」
オリビアの騒ぎに、他のマフィアたちも完全に手を焼いていた。男たちの前で堂々と「漏れる!」と叫ぶ女性を放置するわけにもいかず、彼らはしぶしぶ行動に移るしかなかった。
「……チッ、この女。面倒くせぇな。」
「でも、今は老子の指示が出せないからな。下手に怒らせるとまずい。」
仕方なく、中国マフィアの一人が車いすを押し、女子トイレの入り口まで連れて行く。
「早くしろよ、見張ってるからな。」
扉の前で見張りを続ける部下を横目に、オリビアはトイレに入るとすぐに行動を開始した。掃除道具入れを探り、使えそうなものを手に取る。
——トイレブラシ、バケツ、モップの柄……。
「フフフ、使えそうね。」
その時、女子トイレの個室の扉の向こうから、低い声がかかった。
「オリビアさん、何をしているんですか?」
オリビアが振り向くと、そこにはカメラマン姿の沖田壮一が立っていた。
沖田はオリビアをスペインまでスカウトしに行ったので二人は顔なじみなのだ。
「ワーオ、ソウイチ!なんでココニイルノデスカ?」
沖田はオリビアの服に仕込んでいた盗聴器を見せる。
「マダ、それつけたままでしたネ」
そして沖田は微かに笑いながら、小さな包みを取り出す。
「天樂様より、オリビアさんに渡せとのお告げです。」
包みを開けると、中には鋭利なフリスクナイフが6本。そして、仕込みナイフが組み込まれたカスタネット。
オリビアの唇が、ゆっくりと笑みに歪んだ。
「アリガト、ソウイチ……。これでワタシ、闘いの舞台ニ立テル。」
オリビアと沖田壮一はトイレの前で見張っていた。中国人マフィアを軽くのして気絶させるとロープで縛り上げてトイレの奥の掃除道具入れへと監禁をした。
「オリビアさん、もうすぐここへ私の元上司の刑事たちが、やってきます。そうしたら、その混乱に紛れて、ここから脱出をしましょう。」
「分かっタワ。ソウイチ。でもワタシ車いすダカラまともにはタタカエナイわよ」
ほほ笑みながら答えた。
沖田壮一は中国人マフィアの服へと着替えるとオリビアの車いすを後ろから押して女子トイレから出るのだった。




