決勝戦(中)
氷上に轟く雷王丸の咆哮。
大量の汗が蒸気となり、まるで雷雲のように漂う。
「ソロソロ カワイガリマス!!」
雷王丸の言葉に、氷上は一瞬張り詰めた静寂に包まれた。
しかし、その緊張を打ち破るように
「ま・つ・りだ! まつりだ! まつりだぁぁぁ!!!」
坂本が突如、北島三郎の『まつり』を熱唱し始めた。
雷王丸が不思議そうに見ている。
岡崎が木刀を構え、坂本はスケートリンクの左端へ滑り込む。
「まつりだ! まつりだ! まつりだ! 豊年まつり!」
力強く歌いながら、坂本は雷王丸の動きを計るように距離を取る。
「行くぜ岡崎!! 右からはお前! 左からは俺!」
岡崎も木刀を振りかざし、緊張感が一気に高まる。
しかし、雷王丸は目の前の二人を見ながらも、その意識は過去へと飛んでいた。
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過去(横綱就任式のあの日。)
厳かに響く太鼓の音。場内には緊張感が漂い、観衆の視線が一斉に彼に注がれる。
大銀杏を結い、真新しい化粧まわしを締めた雷王丸は、土俵の中央に堂々と立っていた。
「ヨコヅナノナヲ ケガサヌヨウニ イッショケンメイ ショウジン シマス」
静かに、しかし力強く宣言したあの日。
だが、その後彼は苦悩することになる。
「横綱相撲を取れ」
「卑怯なかち上げを使うな」
横綱には横綱らしい相撲が求められた。
彼の代名詞ともいえる「かち上げ」。
強烈な威力を誇るこの技は、相手を一撃で無力化する雷王丸の必殺技だった。
しかし、横綱になった途端に、それを封じられた。
「かち上げは肘打ちと紙一重だ」
「横綱たるもの、堂々と正面から勝負せよ」
だが、雷王丸にとって、それは自分の相撲を否定されることと同義だった。
本当にそれが「横綱としての相撲」なのか?
横綱としての威厳とは? 横綱としての行動とは?
力士としての誇りと、求められる理想の間で苦しむ日々。
そして、その苦悩の果てに、負け続けた雷王丸は土俵を去った。
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「まつりだぁぁぁぁ!!!」
坂本の熱唱が、雷王丸を現実へと引き戻す。
氷上に立つ今の自分。
過去に封じたはずの「必殺のかち上げ」が、今蘇ろうとしていた。
雷王丸の拳が、ゆっくりと握りしめられる。
「オレハ カミナリ ライジン ノ カミナリ!!」
ドンッ……!!!
雷王丸が足を大きく振り上げた。
雷神の四股!!!」
バキィィィィィッ!!!!!!!
氷が砕けた!!!
雷王丸の巨大な脚が氷を叩きつけ、リングの表面がひび割れる。
鋭い氷の破片が飛び散り、まるで氷上に雷が落ちたかのような光景だった。
坂本はバランスを崩した。
「しまった!!!」
傾いた足元 崩れゆく氷 逃げ場なし!!!
雷王丸の鋭い眼光が坂本を捕らえる。
「カワイガリマス!!!」
次の瞬間――
バシュッ!!!!!!!!
雷王丸の右肘が跳ね上がる!
必殺、稲妻のかち上げ!!!
ガッ!!!!
坂本の顎が弾け飛ぶように跳ね上がり、視界が一瞬でホワイトアウトする。
坂本の体が浮いた!!!
しかし、雷王丸は止まらない。
「トドメェェェ!!!」
雷神の張り手!!!!!!
バゴォォォォォォン!!!!!!!
雷王丸の巨大な手が、吹き飛ぶ坂本の顔面を真正面から叩きつけた!!!
ドシャァァァッ!!!!
坂本の体が弾き飛ばされ、砕けた氷の上を滑っていく。
完全に意識が飛んだ。
坂本の身体はスケートリンクの真っ赤な巨大な剣山パネルへと吹き飛ばされていった。
「さー かー もー とー!!!意識をとり戻せえーーーー!」
大声で叫ぶ岡崎の拳が震えた。




