第六話 疾風の風神
岡崎と坂本VS雷王丸の試合が始まったころ、一台のダンプカーが豊島ランドの工事関係者入口へとゆっくり進んでいた。
運転席では、
「フンフン フンフン ウンコだねぇ」
一人の男が鼻歌を口ずさみながらハンドルを握っている。鋭く切れ長の目に鷲鼻、長く伸ばした髪を無造作に揺らし、どこか余裕すら感じさせる男。その名は風神丸こと風間彰。かつては小結まで上り詰めた相撲取りであり、圧倒的な速さと力で相手をなぎ倒すことから「疾風の風神」と呼ばれた。しかし、薬物スキャンダルと不倫騒動によって相撲界を追放され、現在は尾上機械の現場工事員として働いている。
ダッシュボードには、一枚の写真が飾られていた。そこには、愛娘・風花の無邪気な笑顔が映っている。
まだ三歳の彼女を、憎き元妻から取り戻す。それが今の風間の最大の目標だった。
ダンプカーが停車すると、入口の警備員・ケンちゃんが近づいてきた。
「風ちゃん、今日はスケートリンクで特別試合があるから工事は休みだよ。」
「ああ、そうだったか。間違えて来ちまった。すまんケンちゃん……ところで、トイレを貸してもらえんか?ちょっと、ヤバいんだ……ウンコが漏れそうでな。」
必死な表情を作る風間に、ケンちゃんは呆れながらも笑った。
「仕方ねぇな、警備員室のトイレ使ってくれ。」
鍵を開けてもらうと、風間は足早に警備員室へと向かった。扉を閉めると、まず防犯カメラの位置を確認する。設置されたモニターには、豊島ランドのあらゆる角度が映し出されていた。
「ふん、悪くねぇ配置だ……だが、死角もある。」
風間は冷静に監視体制を把握し、計画を進めるための準備を整えた。
しばらくして、トイレから戻る風間。
「ケンちゃん、危なかったよー。スッキリした助かったぜ。」
「ああ、そりゃよかった。」
ケンちゃんはふとダッシュボードの写真に目をやった。
「風ちゃんの娘さんか?かわいいな、三歳くらいか?」
「風花だ……俺の大事な娘だよ。」
風間の表情が一瞬険しくなった。
「憎っくき母親から、風花を取り戻さなきゃならんのよ。」
「離婚裁判中なのか?」
「親権は母親が持つのが日本の法律なのよ。腐った国家だぜ。」
風間の目に、怒りの炎が宿る。
「そろそろダンプカーに戻らんのか?」とケンちゃんが言った、その瞬間だった。
「……さよならじゃ、ケンちゃん。」
疾風 張り手!!
風間の右手が閃く。疾風張り手が炸裂し、ケンちゃんの首が横に弾かれる。続けざまに左手が頬を撃ち、最後にサバ折りで背骨をへし折る。
「グあああああ!!」
ゴキッ。
乾いた音とともに、ケンちゃんの体が崩れ落ちた。
「尾上 彰義隊、任務を遂行する。」
風間は淡々とつぶやくと、血のついた手をズボンで拭い、素早く警備員の服へと着替えた。その間にも、ダンプカーの荷台から屈強な男たちが次々と降りてくる。彼らは風間と同じく警備員の制服を着ており、迅速に警備室を制圧した。
「計画通りだ。ここからは速攻で行くぞ。」
風間の指示に従い、彰義隊の特殊部隊は豊島ランドの内部へと静かに侵入していく。
これより、革命が始まる。
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警備員の制服に身を包んだ屈強な男たちが、闇に紛れるように次々とダンプカーの荷台から降り立った。無言のまま、それぞれの配置につくと、風間は鋭い目で周囲を見渡し、防犯カメラの死角と警備ルートを正確に把握した。
「準備はいいか?」
低く押し殺した声に、部下たちは無言で頷いた。
風間は、冷徹な表情で警備室へと歩み寄る。すでに仕留めたケンちゃんの死体を乱暴に隅へ押しやると、警備室の通信機器を操作し、園内のセキュリティシステムを無効化した。監視カメラの映像は過去の録画をループ再生させ、異常が察知されないよう細工する。
「これより、尾上 彰義隊は豊島ランドを掌握する。革命を成功させるぞ」
静寂の中、風間の冷酷な宣言が響いた。
静かなる侵攻――ダブルドラゴンの粛清
園内の奥、暗闇に紛れたダブルドラゴンの工作員たちは、自分たちが狩られる側になるとは夢にも思っていなかった。
最初の犠牲者は、正門を見張る男だった。
「ん?」
わずかな違和感を覚えた瞬間、彼の喉元に鋭い刃が突き立てられた。声を上げる暇すら与えず、喉を掻き切られた男はその場に崩れ落ちる。
「……っ!?」
異変に気づいた別の工作員が振り向く。だが、すでに風間の部下が背後に回っていた。音もなく首をへし折られ、絶命する。
続けざまに、工作員たちは一人、また一人と闇に消えていった。
血が飛び散り、悲鳴すら許されない速さでダブルドラゴンの精鋭たちは処理されていく。園内の至るところで、短く鈍い悲鳴と骨の砕ける音が響いた。
やがて、豊島ランドは死の静寂に包まれる。
革命の始まり
「よし、制圧完了だ」
風間は園内の中心部へ歩を進めると、無線で部下たちに指示を出した。
「計画通りに進める。次は……スケートリンクで革命のショータイムだ」
彼は冷たい笑みを浮かべながら、スケートリンクの方へと目を向けた。
そこでは、雷王丸と岡崎・坂本の壮絶な戦いが続いていた。
彰義隊は、幕末期の1868年(慶応4年)に結成された部隊です。徳川慶喜の警護や江戸の治安維持を目的として、渋沢成一郎や天野八郎らによって組織された。彼らは「尽忠報国」を掲げ、新政府に対抗する姿勢を示した。
しかし、戊辰戦争の一環である上野戦争で明治新政府軍に敗北し、彰義隊は壊滅した。この戦いでは、寛永寺を拠点とした彰義隊が包囲され、激しい砲撃を受けて多くの犠牲者を出した。




