第十話 自宅へ帰宅
岡崎洋介が久しぶりに自宅の玄関をくぐると、そこには母親の涙に濡れた顔があった。
「洋介!」
母は駆け寄るなり、強く抱きしめてきた。その腕の震えから、どれほど心配をかけたのかが伝わってくる。
「心配したんだから……! お願いだから、極道になんて絶対ならないでよ!」
その言葉に、洋介は苦笑した。
「母さん、大丈夫だよ。俺はそんな道には進まない」
母は何度も頷きながら、なおも涙を拭おうともしない。その隣では伊藤美香が腕を組み、真剣な表情でうなずいていた。
「私が今後も洋介を見張りますんで!」
「美香ちゃん……あなたがいてくれて本当に良かった。もう家族みたいなものね」
母の言葉に、美香は照れくさそうに笑う。洋介も心の中で、
(確かに、美香がいれば俺は道を踏み外さずに済むかもしれない)と密かに思った。
しかし、その温かいひとときも、次の一言で一変した。
「オリビアが階段から落ちて、腰の骨を折る重傷だが命に別状はないらしい」
美香の表情が凍りつく。
「えっ!? オリビアが!? どうして?」
美香が驚きの声を上げる。洋介は言葉を選びながら、当たり障りのない説明をするしかなかった。
(俺がやった、とは言えるはずもない)
「……まあ、不運な事故だったみたいだ」
「すぐに病院へお見舞いに行かなくちゃ!」
美香はすぐにバッグを持ち、玄関へ向かおうとする。その姿を見ながら、洋介は胸の奥に罪悪感が押し寄せるのを感じた。
(そうだった……美香とオリビアは、友情で結ばれていたんだった……)
もしあの時、俺の手がほんの少しでも違う方向に動いていたら美香の親友を殺していたかもしれない。
「まだ、面会はできないみたいだから、連絡が来たら病院へ行こう。」
と俺は美香に言った、そして、ふっと息を吐き、改めて自分の拳を見つめる。
(オリビアに暗殺武術奥義を見せておいてよかった……あれでオリビアは咄嗟にナイフで防いだのだから)
静かに目を閉じた洋介の脳裏には、あの死のフラメンコを踊るオリビアの姿が浮かんでいた。
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1週間後、俺と美香はオリビアが入院している病院へと足を運んだ。
病室のドアを開けると、オリビアはベッドの上で静かに窓の外を眺めていた。その横顔には、どこか哀愁が漂っている。
「オリビア、お見舞いに来たよ!」
美香が明るく声をかけると、オリビアはゆっくりとこちらを振り返り、微笑んだ。
「美香、アリガトウ」
美香はオリビアの枕元に花束を置き、お見舞いの品としてどら焼きを渡す。
「これ、好きでしょ?」
「ワァ、ウレシイ! ドラヤキ、スキデス!」
オリビアは目を輝かせながらどら焼きを手に取る。その無邪気な笑顔に、美香も安心したように笑う。
だが、その次の瞬間。
オリビアはふっと表情を引き締め、俺の方をじっと見つめた。そして
「わたしヲ、抱かなきゃイケナインデスヨネ」
……何!?
突如として放たれた恐ろしいカミングアウトに、病室の空気が凍りつく。
「何それ!? 洋介、どういうこと!?」
美香が俺の腕をつかみ、詰め寄ってくる。
「ち、違う! 俺は何も——」
「退院シタラ、ワタシヲ“オヒメサマダッコ”シしてくレル約束デス」
「えっ、そっち?」
美香は拍子抜けしたように息を吐き、安堵の笑みを浮かべる。
「なーんだ。びっくりした」
だが、俺の背筋には冷たいものが走っていた。
オリビアの瞳が、まるで獲物を狙う猛禽類のように俺を見据えていたからだ。
そして、口元に妖艶な笑みを浮かべながら、こう言い放った。
「悪者さん、楽しみダワ」
……どこまで本気なんだ?
俺は思わずゴクリと喉を鳴らした。
その時。
病室のドアが開き、一人の男が姿を現した。
「よぉ、オリビア! それに岡崎、お前もいたか」
木刀を肩に担いだまま、不敵に笑う男、坂本龍太郎だった。
「わたしも、います。」
美香が坂本を睨みつけた。




