第九話 決勝戦の会場変更
地下格闘技トーナメントの準決勝が終わり、静寂が訪れたリングの上。血と汗にまみれた闘技場は、まるで戦場の跡のように荒々しく、観客たちの熱狂は未だ冷めやらぬまま会場の空気に残っていた。
VIPルームの巨大モニターには、次なる戦いの対戦予告が映し出される。
決勝戦
【令和の人斬り】(岡崎 洋介)
VS
【稲妻の雷神】(雷王丸)
VIPルームの画面を見つめる観客たちの間にざわめきが広がる。トーナメント最強と目される二人が、ついに決勝で激突する。だが、その舞台は今、思わぬ形で揺らごうとしていた。
中国マフィア「ダブルドラゴン」幹部会議室。
警備モニターには、不審な影が映っていた。そこに映るのは、土方敏夫。警察の刑事の姿だ。
「日本の警察に、ここがバレたか…」
重苦しい空気の中、ダブルドラゴンのボス・金本が深く息を吐く。そして、厳しい表情のまま幹部たちに告げた。
「決勝戦は別の場所でやるしかないな。」
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すぐさま、金本は坂本組の坂本忍、尾上組の尾上哲夫を呼び出した。やがて、ダブルドラゴンの管理事務所に二人の大物が姿を現す。
「というわけで、決勝戦は急遽、1か月後に変更する。」
金本は不敵な笑みを浮かべながら続けた。
「場所は……東京の閉園した豊島ランドのスケートリンクだ。氷上デスマッチにする。」
一瞬の沈黙の後、坂本忍が低く問いかけた。
「無観客試合でええんか?」
「そうだ。警察の目を避けるため、人は集められん。出入りできるのは、工事関係者に扮したダブルドラゴンのマフィアのみだ。」
「金本様、当社ニッコリハウジングの紹介させて頂きました豊島ランド、お買い上げありがとうございます。」
尾上哲夫が猫なで声で擦り寄る。
「どうやって、あの豊島ランドを閉園させたがじゃ?」
坂本忍の問いに、尾上は薄笑いを浮かべながら答えた。
「それは企業努力ですよ。」
その笑顔の裏には、いかにもあくどい手段が隠されているのは明白だった。
そして、金本はさらに重要な発表を行った。
「決勝戦のハンデについてだが、前回の雷王丸戦でオッズが偏りすぎた。体重差がありすぎる。だからな、決勝戦は2対1のハンデ戦にする。」
その言葉に、尾上が即座に反発する。
「1対1で勝負するからこそ、闘いは白熱するんですよ! それを2対1なんて、雷王丸が強すぎるからって、皆さんが勝たせたくないんでしょうけど、それはちょっと酷くないですか?」
「なんちゃこのハンデで文句か!? ならば、うちの組と前面戦争じゃ!!」
坂本忍が怒りを露わにし、場の空気が一気に張り詰める。
「いえ、坂本さんに文句があるわけじゃありません。ただ、ルールが不公平かと……。」
尾上の冷静な返しに、金本が口を開く。
「尾上、お前も分かってるだろう? 雷王丸と岡崎の体重差は4倍だ。 このままじゃ勝負にならん。」
尾上は渋々と頷くが、次の疑問を口にする。
「……雷王丸と戦うもう一人の選手は誰です?」
その瞬間、部屋の扉が静かに開いた。
カツン……カツン……
木刀を手にした男が、ゆっくりと歩み寄る。
「俺がやるちゃき。」
坂本組 若頭・坂本龍太郎。
無造作に肩に担がれた木刀。その眼光は鋭く、氷上デスマッチに向けた覚悟を感じさせる。
尾上哲夫は、扉の向こうから颯爽と現れた坂本龍太郎の姿を見て、思わず口元を歪めた。
(ふん、あのバカ息子が相手か……これなら問題ない)
坂本龍太郎、坂本組の若頭ではあるが、その名は組の実力者としてよりも、親の七光りとして知られていた。父・坂本忍の威光があるからこそ今の地位にいるだけで、実力が伴っているとは到底思えない。
尾上は心の中でほくそ笑む。
(坂本のバカ親子……ここでまとめて潰してやる)
雷王丸を戦わせる以上、確実に勝てると確信していた。坂本龍太郎ごときが相手になるはずもない。しかも氷上デスマッチ、雷王丸の圧倒的な体格と膂力を考えれば、氷の上でも彼が不利になることはない。
むしろ、この状況は好都合だ。
もし雷王丸が勝てば、それは坂本組に対する大きな打撃となる。バカ息子が惨めに叩き潰される様を見せつければ、坂本忍の威厳も傷つくだろう。坂本組の影響力を削ぎ、尾上組の立場をさらに強くできる。
尾上は余裕の笑みを浮かべながら、ゆっくりと金本の方を振り返った。
「決勝戦……楽しみにしておりますよ」
その目には、底知れぬ野心と邪悪な計算が渦巻いていた。
こうして、決勝戦の舞台と体重差のハンデは決まった。
東京・豊島区にある閉園した豊島ランドのスケートリンク。
極寒の氷上で繰り広げられる2対1のデスマッチ。
血で血が凍る氷上での闘い。決勝戦で最後の死闘がはじまる。




