第四話 事情聴取
朝の光が差し込む通学路を、岡崎洋介と伊藤美香が歩いていた。
「おとといの事件のこと、まだ信じられないよね……」
美香が足を止め、不安げな表情を浮かべる。
洋介は静かにうなずいた。(岡田以蔵のことかな)
「岡田以蔵が俺たちを助けてくれた。」
「うん。あの瞬間、確かに私たちを助けてくれた。私そのあと気絶したけど」
美香がそう口にしたとき、不意に背後から鋭い声が飛んできた。
「君たち、ちょっといいかな?」
振り返ると、そこには警察手帳を掲げた男が立っていた。
刑事の沖田壮一だった。
「昨日の連続通り魔事件について、少し話を聞かせてもらおうか。」
美香は一瞬たじろぐも、しっかりとした口調で答えた。
「……昨日、私たちは通り魔に襲われました。でも、そのとき岡田以蔵が現れて、助けてくれたんです!」
「岡田以蔵?!」
沖田の目がわずかに鋭さを増した。(あの方が言っていた岡田以蔵)
「そうです。あの幕末の四大人斬りの岡田以蔵です。」
一瞬の沈黙。
そして、沖田は鋭い目つきで隣の岡崎洋介へと視線を向けた。
「君、名前は。」
「岡崎洋介です。」
「妙だな。岡田以蔵は、200年前に斬首されたはずだ。」
その言葉に美香がハッとする。
「そ、それは……でも、確かにあの場にいたんです!」
「それなら、彼はどこへ消えた?」
沖田の追及に、美香は言葉に詰まった。
そんな彼女の肩に手を置き、洋介は口を開いた。
「俺たちは、ただ必死にあの現場から走って逃げたんだ。」
「逃げた?」
「ああ。怖くて、夢中で逃げた。だから、それ以上のことは分からない。」
洋介は平然と嘘をついた。
沖田はその顔をじっと見つめる。
しばらくの沈黙の後、小さく息をついて言った。
「そうか。あとで何か他に気づいたことがあれば、連絡をくれませんか。宜しくお願い致します。」
沖田壮一は、岡崎洋介へ警察の名刺を渡した。
だが、その目にはまだ疑念の色が浮かんでいた。
(こいつ、何かを隠している。あの方に報告をしなくては、)
刑事の勘が、そう告げていた。沖田壮一は徒歩で引き返し、パトカーへと乗車した。
やがて、高校の門が見えてきた。
そこで、美香は思い切ったように洋介に向き直る。
「ねぇ、どうしてあのとき、あんなに素早く動けたの?」
「ちょっと、確かめたいことがある。」
「確かめたいこと?」
「ああ。試したい剣術があるんだ。」
洋介はふっと口元に笑みを浮かべる。
「美香、お前のおじいさん、河上舟斎に会わせてくれないか?久しぶりに、稽古をつけてもらいたい。」
美香の祖父、河上舟斎、剣術の達人として知られる老人。
美香は驚きながらも、頷いた。
「わかった。おじいちゃんに頼んでみる。」
このとき、美香はまだ知らなかった。
洋介が何を試そうとしているのかを
そして、それが歴史の闇に眠る、暗殺武術の技であることを。